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香桑の近況

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絵本・写真

2020.05.11

きょうりゅうのずかん

五十嵐美和子・富田京一(監修) 2020年6月25日刊行予定 白泉社

きょうりゅう。

この言葉には、大人になってずいぶん経った今でも胸が躍ります。
漢字で恐竜と書けるようになる前から、好きなもののひとつでした。
#NetGalleyJP さんで読ませていただきました。

この絵本、ページ数に比して情報量が多いことと言ったら!
ちゃんと種類ごとに紹介されている恐竜たちは、私が小さい時に見たものと少し違った姿です。
ティラノサウルスはゴジラ立ちからニワトリ立ちに変化しました(立ち方の呼び方は、私が勝手に名付けたもの)。
ブラキオサウルスより大きな恐竜も増えました。
羽毛がふさふさしているなんて、昔は想像がつかなかったものです。
トリケラトプスやステゴサウルスは健在です。

みんな、とっくに化石になっているので、健在というのも変だけど、こうして今も彼らが愛されていることが嬉しい。
小さな恐竜好きさんたちが目をキラキラさせているところが想像できて、にこにこしながらページを繰りました。
化石のでき方や彼らが滅びた理由、現在も見られる恐竜や恐竜に関わるお仕事についても触れらています。
大人もこどもも目をキラキラさせる絵本です。きっと。

Photo_20200511231801  

のら猫のかみさま

くすのきしげのり(作)・狩野富貴子(絵) 2019 星の環会

猫だから。
ただそれだけで選んだ絵本です。
#NetGalleyJP さんで読ませていただきました。表紙の画像も、そちらからお借りしました。

この絵本を読めるようになるのは、小学校にあがったぐらいでしょうか。
漢字にはていねいにルビがふってあります。
犬や猫の毛並みの柔らかさを感じる絵は、少し大人びた穏やかな色合い。
動物たちの表情は優しくて、文も絵も、心根の美しい絵本です。
もしかしたら、この意味は大人になってから徐々にわかるものかもしれません。
幼い心に、なにかよきものの種をまく、そんな一冊だと思いました。

もう何年も前の冬。我が家に野良猫の親子が来ていました。
お腹をすかせていて、うちにいた猫の残したものをあげるようになりました。
先代猫が風になると同時に、その親子の子どもたちが我が家の猫になりましたが、母親猫はどこに行ってしまったのか。
絵本の主人公とその母親猫が重なり、彼女を思い出してとても切なくなりました。

教えてくれることはひとつではありません。
彼らは一生懸命に生きているのだということ。
ひもじいなかで必死にで生きている命があるということ。
優しさや幸せはさりげなく、気づいたらあるかもしれないこと。
ありがとうは魔法の言葉であること。。。

絵本は子どものものという思いがあるので、自然に丁寧な言葉で感想を綴りたくなりました。
ですますの言葉遣いが似あう、上品な絵本です。
きっと、読んだあなたものら猫のかみさまになれるのです。

2020.04.28

オルセー美術館で探せ!


ニコラス・ピロー/作 木村泰司/日本語版監修
2020/06/26発刊予定 フレーベル館

こういう絵本、大好きだ。
オルセー美術館には行ったことがなくても、ここに出てくる絵は、どれもこれもがビッグネームの作品ばかり。
ゴーギャンに、ミレーに、ゴッホに、ルノワールに、マネにモネに、ドガにクリムト…、
作品自体がよく知られている絵も多くて、オルセー美術館に行くならこれを見なくちゃと言われていそうなものばかり。
絵ばかりではなく、ロダンの「地獄の門」のような彫刻作品も出てくる。

オルセー美術館のマスコット的な作品であるシロクマの彫刻が、それらの作品の中に隠れている。
そのシロクマ君を探そうという絵本なのだ。

とても楽しい。時々、難しい。
シロクマ君がとても可愛らしいうえに、「そこかい!」「それかーっ」と思わず笑いたくなるような隠れ方をしているのだもの。
子どもと一緒に楽しむこともできれば、大人がくすくすと楽しむことだってできるだろう。
絵がとても鮮明に美しく印刷された本になりそうで、画集としても楽しめそうである。シロクマ君アレンジだけど。
巻末にはしっかりとした解説もあるので、おうちぐらしの友として、美術の勉強をしてみるのもいいと思った。

#オルセー美術館でさがせ #NetGalleyJP

2020.02.28

おひなさまの平安生活えほん

堀川理万子 2020 あすなろ書房

物語の形を借りて、ひなまつりの食事から歴史、色々なひな人形を紹介するところから始まる。
そこから平安時代の生活の紹介していく学習絵本。寝殿造りに着物の種類や各部分の名称、食事や娯楽、季節の行事など。
これだけ可愛らしく彩りも綺麗な絵で紹介されているのだ。情報量は多く、古典を読むときの副読本にしてもいい。

子ども用なの?とちょっと驚いた。
思えば、小さな子どもがこれは何?どうして?と好奇心旺盛に尋ねるとき、おとながすべて答えられるとは限らない。
ひなまつりの意味や、ひな人形の説明を尋ねられたとき、この絵本で一緒に読むことができると、おとなにも発見があるだろう。
多くのひな人形が大垂髪という江戸時代の宮中の風習を反映しており、平安時代の風習ではないところまで、抜かりなく教えてくれるぐらいなのだ。
しかも、主人公たちは、ひな人形を手掛かりに、古い時代へ想像の旅に出かける楽しみ方も教えてくれた。

この絵本、ひな人形とセットで販売してもいいぐらいだと思った。
子どもの絵本、侮るべからず。

#おひなさまの平安生活えほん #NetGalleyJP

2019.10.31

時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし

小島美羽 2019 原書房

孤独死のリアル。
自分はいつか孤独死をするだろう。
その未来を、怖いけども確かめるような気持ちで手に取った。

予想以上のリアルさに、手に取ったことを後悔する。
ここまでリアルに再現してあるとは予想外で、ミニチュアではなく現場そのものであるかのような写真の一つ一つに、ぞっとした。
生々しさに、ぞっとした。

とはいえ、人が死んだ跡のことを、ここまで率直に描いたものを初めて見た。
死の痕跡を通じて、その人の生を汲み取るような、著者の目線と感性が素晴らしい。
著者は「個人のことを家族のように思いながらいつも作業している」(p.138)という。
だからこそ、ミニチュアで再現された部屋の様子は生々しいが、けして興味本位ではないことが伝わってくる。
最後は孤独死だったとしても、「故人の人生はけっして、不幸でも孤独でもなかった、と思うのだ」(p.85)という言葉に希望を感じた。

ごみ屋敷のことや自殺のことは、職業柄の関心もある。ごみ屋敷という結果をもたらすようなためこみ症(Hoarding Disorder)は、DSM-5から疾患として見なされるようになった。所用物を捨てたり手放すことが難しくて、ためこんでしまうのだ。だが、ここでは実例を知る人のいくつかのごみ屋敷になるルートのようなものが示されていて、興味深かった。
また、自殺者の部屋が驚くほど片付けられていることから、死んでもなお他者になるべく迷惑をかけないように配慮したであろうことが察せられて、たまらなく切ない。自殺の現場の依頼は、年に60-70件あるというから、多い。
が、一番、胸が締め付けられたのは、第6章。
残されたペットたち、と題されたこの章は、猫を飼っている自分自身、明日は我が身として考えなければならない。

伴侶がいたとしても、死ぬ時は一緒であるとは限らず、どちらかは残されて一人で死ぬだろう。
子どもがいたとしても、その死の間際にかたわらにいるかどうかは、別の話だ。
施設や病院にいたとしても、死ぬ瞬間は一人で味わうものである。
孤独死は誰にでも起こりうる。今は自殺が占める割合が高いそうだが、これからの時代はますます増えていくものではないかと、勝手に考えていたりする。
だから、これは、誰にとっても無関係ではない本だと思う。

2019.06.03

トロイメライ

村山早紀・げみ 2019 立東舎

ページを開くと、文章の上下に挟むようにして、装飾が描かれている。
それが贅沢で、手にするだけでわくわくした。
装飾のデザインは物語ごとに違っていて、物語の世界を補強している。

『春の旅人』と並べて置きたい。
どちらも桜が満開の春を思わせる表紙であるが、どちらも切ないような苦しいような、ほろ苦いSFを表題作としている。

SFというのは、思考実験だ。
もしもこうなったら、どうなるだろう。
その仮定を繰り返しながら、なってほしくはない未来を想像させることで、少しでもよりよい未来を目指そうよと、囁きかける営みだ。
こんな未来でいいの? こんな風になってしまってもいいの?と、作者がすぐれた想像力で掴んだ予感を、それとなく教えてくれる。

戦争をする未来でいいの?
『トロイメライ』は今にも泣きだしそうな、暗くて悲しい予感に満ちている。
人がたやすく死ぬ世界で、なんとか心を保ってきた人々まで巻き込んで、心のよすがになっていた存在まで奪われる未来。
反対したら、どこかに連れていかれてしまうような社会。
おとなたちみんなが選んでしまった、その行く末。なにもしないこと、考えないことだって、選んだことには変わりがないのだもの。

本を読むにはぴったりの時機がある。
身が震えるような思いがした。今、このタイミングで、この物語。
ちょうどよいタイミングで、物語を読むことができるような、そういう配材がある気がする。
きっと、トロイメライという美しいメロディーが響く作品も、書かれた2007年の空気が閉じ込められているけれど、2019年に本になることがぴったりだったんだと思う。

どんな叫びも、物語として本に閉じ込められたら囁くことしかできないから、本というものは、その囁きに耳をひそめ、心に響かせることができる読み手との出会いを気長に待っているのだと思うのだ。

悲しいことや嫌なことが重なると、私もちょっとよれよれしちゃうけど。
よれよれしちゃうことが、少しずつ、増えてきているけれど。
子どもたちがこんな悲しくてもろい決断をしなくていいように、おとなは踏ん張らないといけないなぁ。

表題作以外の二つの短編も、それぞれ魅力的だった。
あったかくて、思わずとにっこりとするような、そんな魅力を持つ物語だ。
切なくても、ほろりとしても、にっこりとしていたくなるような。

げみさんの美しいイラストにも、何度も見とれた。
なかでも、p.73のイラストが好きで、そこだけ何度も見ちゃうから、早くも本に開き癖がついてしまった。

2018.12.14

猫を彫る

はしもとみお 2018 辰巳出版

幸せは猫の形をしている。

この写真集を見て、ぽんと思い浮かんだ。
遠目に見ると、写真と見まごう。
写真は写真だが、実物ではなくて木彫だったりする。
そのことに驚く。
眼差しや仕草が活き活きとしていて、とても自然で。
その愛らしさに頬が緩む。

Twitterで作品を見た時から、素敵だなぁと思っていた人の写真集。
書肆 吾輩堂で、その日に入荷しばかりだった本と出会うことができた。
私が気に入ったきっかけになった、猫の修学旅行という作品も収められていたから、迷わず購入。

彫刻のモデルになった猫たちは、福岡県の相島だったり、鹿角市だったりにいるそうだ。
家猫以外の猫たちの彫刻が混じっているのも楽しい。
なかなか彫刻の実物を見る機会はないことを残念に思っていたが、これはもう、実物に会ってしまったら連れて帰りたくてたまらなくなるだろう。
本でよかったことにしとこうかな。

しかし、なんで、作者さんは男性だと、私、思いこんでいたんだろう。

トラネコボンボンの365日 世界一周 猫の旅:明日はニャンの国? 猫といく冒険

中西なちお 2018 誠文堂新光社

なんて、おしゃれなんだろう。
そう思ったら最後、書架に戻すことができずに購入した本。
出会ったのは書肆 吾輩堂という、猫の本と猫の雑貨の専門店だ。

どのページも色合いが美しく、この絵を部屋に飾りたいなぁなんて思ってしまう。
12月22日(土)から29日(土)までの間、東京のギャラリーで原画展があるらしく、そこで販売もされると知り、行ける人が羨ましい。

世界のどこまでも連れていける空想キャット。
もう、留守番はさせなくてよい、そんな猫と一緒に回る世界一周。
いろんな民族衣装や建物を楽しむ猫たちが、愛らしくてかわいい。
透明感のある優しい色合いが、おしゃれできれいで、見飽きることがない。

絵本とも、写真とも、異なる世界一周の本。
自分が行ったことがある場所を見つけても楽しいし、行ったことがない場所を眺めても楽しい。
気が向いたページを開いてはめくり、また閉じてはめくり。

一番最初に惹かれたのは、p.90の3月25日のモロッコの青い町並みの絵。
その前後のアルジェリアの青い部族の絵も、タイの藍染の村の絵もすごく好き。
青が好きだけど、黒と茶の絵も好きで、原画展に行ったら、あれもこれも欲しくなって大変になるだろうなぁ。
この本と出会えただけで、満足しとこ。

むかし飼っていた猫には留守番をさせることが多く、一緒に旅に行けたらなあといつも思っていました。
猫はいつも文句も言わずに待っていたのでなおさら申し訳なく、
亡くしたときは、いつも留守番させて一人ぼっちで待たせてしまったな、と後悔しました。
以来、空想キャットと一緒に暮らしています。(p.3)

私も私の空想キャットと旅をしたい。本の世界を。

2018.10.31

さよならのあとで

ヘンリー・スコット・ホランド 髙橋和枝(訳) 2012 夏葉社

手のひらに載るような、小さな絵本。
素朴な装飾と古風な字体の表紙。
ひっそりとしたたたずまいで書架に並んでいた。
存在感は控えめなはずなのに、目が惹かれ、手に取ると、離せなくなった。

1ページに1行か2行。
たっぷりの余白と余韻をもって語られる詩。
たっぷりの空間に柔らかな線で描かれた絵。
その空白が、時間をゆっくりと進める効果を持つ。
一つ一つの言葉や絵に、思いを込めながら読むことになる。

死は何でもないものです。
私はただ となりの部屋にそっと移っただけ。

移ってしまって見えなくなったその人からの温かい語りかけの言葉だった。
さよならのそのあとで、それでもなにも変わっていないのだと教えてくれる言葉。
優しくて穏やかな、慰めに満ちた一冊だ。

自分が身近な存在を亡くしたときに思い出したい。
大切な存在を亡くした人に手渡したくなる。
あるいは、まだ死というものを体験していない幼く若い人に、こういうものであるんだよと学んでもらうことにも役立つだろう。

2018.08.03

おともだち たべちゃった

ハイディ・マッキノン 2018 潮出版社

恐ろしい外見なのに、うじうじとしているモンスター。
彼はお友達を食べてしまい、ひとりぼっちになったモンスターだ。
そして、新しいお友達になってくれるひとを探している。

とてもシンプルな物語であるからこそ、いくつもの解釈が成り立つ。
読み聞かせる大人が解釈を付け加えると途端につまらなくなりそうだ。
もやもやとした余韻が、考えさせられるところが、すごくいいと思った。

ユーモラスな絵柄に反して、少し後味が悪いところがいい。
「たべちゃった」というとぎょっとするが、「きずつけた」と置き換えれば、この主人公のような後悔の念は、大多数の大人は体験したことがあるのではないだろうか。
だからハッピーエンドを期待するのであるが、だからラストにたじろぎ、この物語には救いがない、終わりがない物語だと感じるだろう。

言い換えれば、この物語は成長譚ではない。因果応報譚と考える。
これをやすやすとお友達ができてめでたしめでたしにしてしまうと、冒頭で主人公が「おともだち たべちゃった」という罪を無かったことにしてしまう。
だから、主人公は報いを受けなければならない。
しかし、読み手は、主人公を弾劾しながら読むのではなく、主人公の後悔に共感しなかがら読むので、許されなかったことに後味の悪さを感じるのだと理解できる。

このような読みをすると、これは救われてはいけない物語である。
世の中には取り返しがつかないこともあるのよ。お友達を大事にしましょうね、なんて言葉を付け加えてしまうと、途端にチープになる気がして面白くない。
そう感じたので、もう一つの自分の考えたことを言葉にしようと思う。

最後のモンスターの背中を見ると、このモンスターは主人公と同じ後悔を抱え、同じようにさまようことが予測される。
「おともだち たべちゃった」という行為を繰り返すということは、これは実は主人公自身ではないだろうか、と想像した。
なぜ、かれがモンスターになったのか。それは「おともだち たべちゃった」からではないかと考えてみよう。

かれのもともとの姿はすでに失われており、モンスターとなり果ててしまった。
かれの飢えや渇きは止まらない。大事なものを食べてしまい、ひとつの存在になったが、心は満たされることがなかったからだ。
かれは同じ過ちを繰り返す。差し出された手をつかみ、他者を取り入れ、同一化してしまう。同一化して他者がいなくなれば、残るのは孤独だけである。
かれは自分の姿かたちをうしなって飲み込んだひとの姿になったのかもしれないと、私は連想したのだ。

さらに、もう一つの解釈の可能性を考えることができる。
それは、かれが「おともだち」のなにを「たべちゃったの」のか?という問いから発する。
このレビューの中で、最初に挙げた解釈は、主人公がおともだちに食べられてしまう物語通りの理解。
ふたつめの解釈は、主人公が新しいおともだちも食べてしまったのではないかという可能性。
みっつめの解釈は、新しいおともだちが主人公の心だけを食べた=もらった可能性だ。
いいやつだったのに、いいやつだったから、彼の孤独、後悔、衝動性をもらって、去って行く。

このような対人関係の間違いを繰り返す人は多い。
相手と一体化したいという願望の強さは、幼児的なファンタジーである。
母子一体となったハッピーな時代の記憶の余韻が、他者にも同じような一体化をなすように要請する。
離れると怖い、離れていくことだ不安だ。そんな気持ちを持ちやすい人は、ますます相手にしがみつこうとして、相手が離れていくことを繰り返しやすい。
自分で抱えられない不安を投げ入れられた人は、その浮き沈みの激しい感情に耐えさせられることに疲れてしまうからだ。
いつも同じ対人関係を繰り返す人は、主人公と同じモンスターになってはいないだろうか。
こうして考えると、これは衝動制御の物語や摂食障害の物語、対人関係を維持することが難しい人格の偏りの問題を抱えている人の物語として読むことが可能になる。

おともだちになることよりも、おともだちでい続けることのほうがずっとずっと難しいのだ。
子どもはこのモンスターと出会い、一緒に友達を探し、最後はまた人に戻ってきてほしい。

 *****

#NetGalleryJPより。

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