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香桑の近況

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絵本・写真

2018.12.14

猫を彫る

はいもとみお 2018 辰巳出版

幸せは猫の形をしている。

この写真集を見て、ぽんと思い浮かんだ。
遠目に見ると、写真と見まごう。
写真は写真だが、実物ではなくて木彫だったりする。
そのことに驚く。
眼差しや仕草が活き活きとしていて、とても自然で。
その愛らしさに頬が緩む。

Twitterで作品を見た時から、素敵だなぁと思っていた人の写真集。
書肆 吾輩堂で、その日に入荷しばかりだった本と出会うことができた。
私が気に入ったきっかけになった、猫の修学旅行という作品も収められていたから、迷わず購入。

彫刻のモデルになった猫たちは、福岡県の相島だったり、鹿角市だったりにいるそうだ。
家猫以外の猫たちの彫刻が混じっているのも楽しい。
なかなか彫刻の実物を見る機会はないことを残念に思っていたが、これはもう、実物に会ってしまったら連れて帰りたくてたまらなくなるだろう。
本でよかったことにしとこうかな。

しかし、なんで、作者さんは男性だと、私、思いこんでいたんだろう。

トラネコボンボンの365日 世界一周 猫の旅:明日はニャンの国? 猫といく冒険

中西なちお 2018 誠文堂新光社

なんて、おしゃれなんだろう。
そう思ったら最後、書架に戻すことができずに購入した本。
出会ったのは書肆 吾輩堂という、猫の本と猫の雑貨の専門店だ。

どのページも色合いが美しく、この絵を部屋に飾りたいなぁなんて思ってしまう。
12月22日(土)から29日(土)までの間、東京のギャラリーで原画展があるらしく、そこで販売もされると知り、行ける人が羨ましい。

世界のどこまでも連れていける空想キャット。
もう、留守番はさせなくてよい、そんな猫と一緒に回る世界一周。
いろんな民族衣装や建物を楽しむ猫たちが、愛らしくてかわいい。
透明感のある優しい色合いが、おしゃれできれいで、見飽きることがない。

絵本とも、写真とも、異なる世界一周の本。
自分が行ったことがある場所を見つけても楽しいし、行ったことがない場所を眺めても楽しい。
気が向いたページを開いてはめくり、また閉じてはめくり。

一番最初に惹かれたのは、p.90の3月25日のモロッコの青い町並みの絵。
その前後のアルジェリアの青い部族の絵も、タイの藍染の村の絵もすごく好き。
青が好きだけど、黒と茶の絵も好きで、原画展に行ったら、あれもこれも欲しくなって大変になるだろうなぁ。
この本と出会えただけで、満足しとこ。

むかし飼っていた猫には留守番をさせることが多く、一緒に旅に行けたらなあといつも思っていました。
猫はいつも文句も言わずに待っていたのでなおさら申し訳なく、
亡くしたときは、いつも留守番させて一人ぼっちで待たせてしまったな、と後悔しました。
以来、空想キャットと一緒に暮らしています。(p.3)

私も私の空想キャットと旅をしたい。本の世界を。

2018.10.31

さよならのあとで

ヘンリー・スコット・ホランド 髙橋和枝(訳) 2012 夏葉社

手のひらに載るような、小さな絵本。
素朴な装飾と古風な字体の表紙。
ひっそりとしたたたずまいで書架に並んでいた。
存在感は控えめなはずなのに、目が惹かれ、手に取ると、離せなくなった。

1ページに1行か2行。
たっぷりの余白と余韻をもって語られる詩。
たっぷりの空間に柔らかな線で描かれた絵。
その空白が、時間をゆっくりと進める効果を持つ。
一つ一つの言葉や絵に、思いを込めながら読むことになる。

死は何でもないものです。
私はただ となりの部屋にそっと移っただけ。

移ってしまって見えなくなったその人からの温かい語りかけの言葉だった。
さよならのそのあとで、それでもなにも変わっていないのだと教えてくれる言葉。
優しくて穏やかな、慰めに満ちた一冊だ。

自分が身近な存在を亡くしたときに思い出したい。
大切な存在を亡くした人に手渡したくなる。
あるいは、まだ死というものを体験していない幼く若い人に、こういうものであるんだよと学んでもらうことにも役立つだろう。

2018.08.03

おともだち たべちゃった

ハイディ・マッキノン 2018 潮出版社

恐ろしい外見なのに、うじうじとしているモンスター。
彼はお友達を食べてしまい、ひとりぼっちになったモンスターだ。
そして、新しいお友達になってくれるひとを探している。

とてもシンプルな物語であるからこそ、いくつもの解釈が成り立つ。
読み聞かせる大人が解釈を付け加えると途端につまらなくなりそうだ。
もやもやとした余韻が、考えさせられるところが、すごくいいと思った。

ユーモラスな絵柄に反して、少し後味が悪いところがいい。
「たべちゃった」というとぎょっとするが、「きずつけた」と置き換えれば、この主人公のような後悔の念は、大多数の大人は体験したことがあるのではないだろうか。
だからハッピーエンドを期待するのであるが、だからラストにたじろぎ、この物語には救いがない、終わりがない物語だと感じるだろう。

言い換えれば、この物語は成長譚ではない。因果応報譚と考える。
これをやすやすとお友達ができてめでたしめでたしにしてしまうと、冒頭で主人公が「おともだち たべちゃった」という罪を無かったことにしてしまう。
だから、主人公は報いを受けなければならない。
しかし、読み手は、主人公を弾劾しながら読むのではなく、主人公の後悔に共感しなかがら読むので、許されなかったことに後味の悪さを感じるのだと理解できる。

このような読みをすると、これは救われてはいけない物語である。
世の中には取り返しがつかないこともあるのよ。お友達を大事にしましょうね、なんて言葉を付け加えてしまうと、途端にチープになる気がして面白くない。
そう感じたので、もう一つの自分の考えたことを言葉にしようと思う。

最後のモンスターの背中を見ると、このモンスターは主人公と同じ後悔を抱え、同じようにさまようことが予測される。
「おともだち たべちゃった」という行為を繰り返すということは、これは実は主人公自身ではないだろうか、と想像した。
なぜ、かれがモンスターになったのか。それは「おともだち たべちゃった」からではないかと考えてみよう。

かれのもともとの姿はすでに失われており、モンスターとなり果ててしまった。
かれの飢えや渇きは止まらない。大事なものを食べてしまい、ひとつの存在になったが、心は満たされることがなかったからだ。
かれは同じ過ちを繰り返す。差し出された手をつかみ、他者を取り入れ、同一化してしまう。同一化して他者がいなくなれば、残るのは孤独だけである。
かれは自分の姿かたちをうしなって飲み込んだひとの姿になったのかもしれないと、私は連想したのだ。

さらに、もう一つの解釈の可能性を考えることができる。
それは、かれが「おともだち」のなにを「たべちゃったの」のか?という問いから発する。
このレビューの中で、最初に挙げた解釈は、主人公がおともだちに食べられてしまう物語通りの理解。
ふたつめの解釈は、主人公が新しいおともだちも食べてしまったのではないかという可能性。
みっつめの解釈は、新しいおともだちが主人公の心だけを食べた=もらった可能性だ。
いいやつだったのに、いいやつだったから、彼の孤独、後悔、衝動性をもらって、去って行く。

このような対人関係の間違いを繰り返す人は多い。
相手と一体化したいという願望の強さは、幼児的なファンタジーである。
母子一体となったハッピーな時代の記憶の余韻が、他者にも同じような一体化をなすように要請する。
離れると怖い、離れていくことだ不安だ。そんな気持ちを持ちやすい人は、ますます相手にしがみつこうとして、相手が離れていくことを繰り返しやすい。
自分で抱えられない不安を投げ入れられた人は、その浮き沈みの激しい感情に耐えさせられることに疲れてしまうからだ。
いつも同じ対人関係を繰り返す人は、主人公と同じモンスターになってはいないだろうか。
こうして考えると、これは衝動制御の物語や摂食障害の物語、対人関係を維持することが難しい人格の偏りの問題を抱えている人の物語として読むことが可能になる。

おともだちになることよりも、おともだちでい続けることのほうがずっとずっと難しいのだ。
子どもはこのモンスターと出会い、一緒に友達を探し、最後はまた人に戻ってきてほしい。

 *****

#NetGalleryJPより。

2018.04.02

春の旅人

村山早紀・げみ 2018 立東舎

この本に桜の花の季節に出会えてよかった。
春の柔らかな日差しや、淡い紅色の花びらが世界を彩る季節にぴったり。
戸外で開いたら、ページの中に同じように美しい景色が広がるはず。

村山早紀さんの3つの短編と、げみさんのイラストのコラボ。
「花ゲリラの夜」と「春の旅人」は文章をイラストが彩る。
「ドロップロップ」はイラストが主役で、文章が脇を固める。
そんな掛け合いを感じる作品集だ。

げみさんの描く絵は、色合いが柔らかくて心地よい。
思い出の景色は白く淡く、時にはくっきりと象徴的。
物語を読みながら景色を思い浮かべるように、イラストが浮かび上がる。

村山さんの物語は、易しくて優しい魔法の言葉。
厳しいことや苦しいことを乗り越えていく力をくれる。
表紙の少し不思議なイラストの意味もわかる。

ページごとの天地に模様が入っているような本が好きで、そこも好み。
めくるたび、どのページも特別で、子どもの頃に買ってもらった懐かしい絵本を思い出す。
その美しさに思わず頬が緩むのだけど、シビアなテーマをぶっこむ村山さんが、かっこよくてしびれる。
この人の紡ぐ言葉は優しいだけではなく、まっとうで、背筋が伸びるお思いがした。

「地球のきょうだい」
なんて素敵な呼びかけだろう。
なんて壮大な呼びかけなんだろう。
花ゲリラも胸が躍るような思い付きだが、この呼びかけが私に一番響いた。
優しいだけ、美しいだけではない。
春ごとにツバメにおかえりなさいと声をかけ続けたいから、自分のことでいっぱいいっぱいの日にも、「きょうだい」と遠くから呼びかけてくれる青い光を心に留めておきたい。

2017.08.18

わたしのげぼく

上野そら 2017 アルファポリス

猫と別れた記憶のある人、猫と長い時間を過ごしてきた人には、たまらない一冊だ。
私の友人知人たちで猫好きな人たちを、巻き込みたくなる涙腺破壊力だ。
猫じゃなくてもいい。犬でもいい。うさぎでもいい。鳥でもいい。
人ではない家族とかつて一緒に住んでいたことのある人たちに贈りたい。

主人公は表紙の偉そうな猫さん。ハチワレのオス猫さん。
飼い主家族の少年を「げぼく」と呼びながらも、愛情たっぷりな猫さん。
その猫さんの紡ぐ言葉が、いつの間にか、自分の愛した猫たちの言葉に重なり、心の柔らかなところをわしづかみにして、ぐいぐいと涙をしぼりとられた。

昼休み中の職場で、上司の目の前だというのに、止まらなかった。
思い切り不審な目で見られたが、この絵本ならば仕方ない。
泣くとわかっていても再びページを開けてしまうような、中毒性まで有している。

これはどう考えても、大人向けの絵本だ。
ティッシュペーパーを先に用意してから読むことをお勧めする。

おじいちゃんとパン

たな 2017 パイインターナショナル

祖父と孫の微笑ましいやりとりに、ほっこり。
おじいちゃん特製の美味しそうなトースト、にっこり
途中、ぎょっとして、びっくり。

ささやかで穏やかで優しい気持ちになれるおいしそうな絵本。
Twitterで好評だったので購入してみたが、あたりだったと思う。
ここの出版社、印刷が綺麗なので、そこもじっくり見てもらいたいポイント。

2012.08.04

九州の滝:100の絶景

Dsc_04861_2 熊本広志 2007 海鳥社

最近の愛読書。
正確には、読まずにうっとりと眺めている。
涼しげでいいのだ。この季節、水が恋しくなるから。

屋久島で大川の滝に出会って以来、滝にはまっている。
水の音に耳を傾け、しぶきを体に浴びながら、全身で感じるのが好き。
80mを超える瀑布の迫力は素敵だけど、10mぐらいの落差で幅広の滝も見てみたい。
次はどこに行こうかな。そんなときに参考になる一冊。
滝の落差、所在地、問合せ先と電話番号や周辺地図まで掲載されている。

カメラマンの人らしく、どんな風に写真を撮ったのかも書いてある。
撮影好きの人には、そんなところも参考になるのかな。

貸してもらったまま数週間、そろそろ返さなくちゃいけないけど、手放しがたい。
自分でも買っちゃおうかな。
そして、いつ行ったか、誰と行ったか、記録していきたいかも。
100をコンプするのは大変そうだけど、この中からお気に入りを1つ2つ見つけられたらいいと思う。

2012.06.05

羊男のクリスマス

村上春樹 1989 講談社文庫

ほんわかのんびり。
ちょっぴり理不尽。
もこもこふわふわの羊男は、立場が弱い。気も弱い。
しんみりするのは、祭りの後は寂しくなるものだから。
イラストの優しい風合いに支えられて、暖かく仕上がっている絵本だ。
クリスマスの贈り物を、羊男と一緒に心の中に受け取ろう。

職場で回ってきた本。
私にとって、もしかして、初めて最後まで読めた村上春樹の本かも。
読み終えて、シナモン味のドーナツか、スティック状のねじりドーナツか、どちらか、あるいは、両方を食べたくなった。
昼休みに、某大手ドーナツ屋さんに行ってみたら、どちらもなかった。
スティック状のシナモンドーナツがあったら、山ほど買って、冒険のお弁当にできたかもしれないのにね。
しょうがないから、オールドファッションハニーと米粉ドーナツよもぎを買って、素直に職場に戻った。
冒険はお預け。残念。

ふふふ。
クリスマスまでなんて、あっという間なんだよ。きっと。

2012.04.21

禅語

石井ゆかり 2011 パイインターナショナル

表紙の白い蓮の花の美しさにうっとりして手に取った。
PIEの本は写真が綺麗で、ついつい欲しくなってしまう。
写真の美しさから入ってもいい。言葉の意味深さから入ってもいい。
どちらからでも味わえる。しかも、少し小ぶりで手に馴染む。

喫茶去や本来無一物、明鏡止水といった、見覚えはあるが意味はいまひとつ自分では説明がつかない言葉。
漢詩や慣用句、あるいは、単語といってもいい言葉。
それぞれの言葉に意味や由来を付け加えた上で、エッセイが添えられている。
通して一気読みするよりも、1日に1つか2つ、ゆっくりと味わいながら読んでいきたい。
その文章のページにも、何気ない図柄が配されていたりして、趣のある本なのだ。

「薬病相治」という言葉を知った。
なるほどと思った。
私の日頃の営みはまさに相治す。
私は薬であり、病である。

祇是未在。
他不是吾。
まだまだ学ぶべきことは多い。

春在一枝中。

雪月花の美しいときはあなたを思い出して想うよ。

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