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香桑の近況

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小説(日本)

2017.11.16

魔導の矜持

佐藤さくら 2017 創元推理文庫

敗走戦が一番難しいと聞いたことがある。
逃げることもまた戦いである。

シリーズ3冊目となる今作の主人公を誰か一人と決めることが難しい。
デュナンという少女の逃避行から目を離すことができなくなる物語。
魔導士への弾圧が厳しくなるラバルタで、魔導士の見習いであるが落ちこぼれ。
人とは少し違うことを苦にして、自信を持てずにいる女の子だ。

そのデュナンが、妹弟子・弟弟子らを連れて逃避行をすることになる。
一緒に旅をする仲間に、1作目と2作目の登場人物たちも加わって、いくつもの運命が絡み合いながら、あの戦いの後の世界が紡がれていく。
それぞれの立場、それぞれの悩みや苦しみ、それぞれの戦いを見ていると、どの人物たちも愛しくてたまらなくなった。

これは、ディストピアを救う物語ではないが、ディストピアで生き延びる物語だと思う。
苦しくてしんどくてたまらないときに、思いがけない一言やささやかな出会いが、許しや癒しになることがある。
生き延びることができたとき、世界には悪いことばかりではないと気づく。たとえ、世界はなにも変わっていなかったとしても。
生きのびることだけ頑張れたら、きっと、なにかいいことだってあったりする。
頑張って生きていない人間なんていないのだから、誰にだってそんなことがあるかもしれない。
世界は悲惨がいっぱいのままではあるが、きっと主人公達はこれからも生きていく。

ともに戦う誇らしい仲間を得たような気持ちで読み終えた。
晴れやかなような、爽やかなような、少し胸を張って、前を向いて、姿勢を正したくなるような気分だ。
あなたはあなた。自分は自分。そのままでいいと、登場人物に呼びかけたくなる声は、周り回って読み手に戻ってくる。
落ちこぼれなどない。人はそれぞれ違っていていい。字が読めなかろうと、人と違う力を使えようと、人と感じ方が違っていようと、それはそれでいい。
登場人物たちの成長のきっかけを描く物語であり、そこに触れて帰ってきた読者自身が、隠れ世に行きて戻りし体験をする主人公になるだろう。
私はこのシリーズが絶品のファンタジーであり、王道のファンタジーであると思うのは、この点だ。

『系譜』や『福音』の主人公たちの成長を見守ることができるから、先にそちらを読んでから、この『矜持』を手に取ってもらいたい。

 *****

作者の方に謝りたくなることが一点。
私は文章を読むときに、映像を思い浮かべずにいられないたちだ。
この本を読むのと前後して、DQ11の真エンディングをようやく見ることができた。
そのせいか、フェリクスの登場する場面を想像する時に、思わず、ホメロスを思い浮かべてしまったのだ。うん。あのホモロスだ……。
色々と頭の中の想像が間違った方向に行ってしまいそうになりました。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
でも、言わずにいられなかったんだw

2017.11.14

されど、化け猫は踊る:猫の手屋繁盛記

かたやま和華 2017 集英社文庫

好きで好きでたまらなくなると、感想が言葉にならなくなる。
ナツヨムというブックフェアで、よむにゃのブックカバーにつられて一冊目を買った。
『猫の手、貸します』というタイトルと、おさむらいの格好をした白猫の表紙。
猫のブックカバーをもらいたんだから、猫の本もよいかと思って軽い気分で選んだ。
一冊目を読んで、主人公に惚れ込んで、翌日には2冊目以降を手に入れた。

四角四面な堅苦しい性格の宗太郎が、白猫の姿になったのは、猫又の仕業である。
その呪いのようなものを解き、もとの人間の姿を取り戻すために、猫の手を貸すなんでも屋のような看板を掲げる。
大身である実家に迷惑をかけてはならないので、慣れない長屋暮らしを始めたわけである。
ねこ太郎さんと呼ばれたり、猫神様と手を合わせられたり。
猫扱いされたり、化け猫扱いされたり、猫又に振り回されたりで、どたばたとした毎日が楽しくつづられる。
巻が進むごとに、ねこ太郎……もとい、宗太郎の実家はもしや?とうかがい知れてくるのも魅力のシリーズだ。
コミカルな話が多く、読み心地がよくてとんとんと読み進めることができたが、4冊目となるこの巻は違った。

黒猫たちが愛しい。愛しくてたまらない。
あまりにも健気で、かなわないとわかっていても、応援したくなる。
いつかかなってほしいと祈りたくなる。
星を見上げて祈りたくなる。

猫たちは、本当に飼い主思いだ。
長年、猫たちと生活して、痛いように感じる。
こんな風に、猫たちに惜しまれるような同居人になりたいものであるが。
猫たちを看取らずに逝くと、彼らを放り出すことになるからそれもまずいが。

武蔵も、仲間外れになっていないといいな。

かたやま和華 2014 猫の手、貸します:猫の手屋繁盛記 集英社文庫 
かたやま和華 2015 化け猫、まかり通る:猫の手屋繁盛記 集英社文庫
かたやま和華 2016 大あくびして、猫の恋:猫の手屋繁盛記 集英社文庫
かたやま和華 2017 されど、化け猫は踊る:猫の手屋繁盛記 集英社文庫

2017.10.12

百貨の魔法

村山早紀 2017 ポプラ社

なにげない情景描写に、思わず目が潤む。
なんでこんなに、感情が揺さぶられてしまうのか。
そういう心を動かす魔法の書がこの一冊だ。

なんでこう、琴線が共鳴を始めるのだろう。そう考えながら読んでいたとき、ふっと気づいた。
村山さんの物語には、色と音と匂いに満ちている。
綺麗な色合いや、きらきらと輝く光。太陽の光も、人工の光も、そこを照らす。
人々のざわめきや子どもたちの嬌声、空間を包む音楽に、鼻歌。
食べ物のにおいや香水のにおい。
そんな五感に訴えかけてくる彩がとても豊かなのだ。
そういう刺激の一つ一つに無意識が揺さぶられる。
たまらなく郷愁がかきたてられるのだ。

戦争時に町の半分が空襲にあって焼けてしまった風早の町。
孤児として生き延びた人たちが大人となり、商店街を立ち上げた。
星野百貨店は創業50年。町の復興の中心、経済の中心、文化の中心だった。
時が流れて、建物は古さを感じられるようになり、こじんまりとして見られるようになった。
百貨店産業にとって厳しい現代において、ゆるやかに沈もうとする大船のような不安感と寂寥感が随所に漂っている。
しかし、沈んでしまったわけではない。
そこで人々を笑顔にしようと働く人々がおり、小さな出会いやささやかな奇跡が生まれている。
どこか郷愁を誘う景色や気配に、笑顔で働く人々のそれぞれが抱える事情に、心を揺さぶられる。

成長の物語ではない。
しかし、次世代の成長を見守る物語である。
代替わりの物語と言ってもよい。
苦しい時代を生き延びて、今の日本を作ってきた人たちからの、祈りと願いと励ましがこめられている。
それは、明日を信じるための魔法である。
もう一度、明日を信じられるようになってほしいという魔法である。

京都の高島屋と福岡の岩田屋。この二つを思い出した。
私は学生時代、お中元とお歳暮の間だけ、百貨店でアルバイトをしていた。
音楽が流れる中、開店時にスタッフが一列に並んで、いらっしゃいませと出迎える風景を久しぶりに思い出した。
自分は主に包装をしていたわけだが、その時に、正社員の男性から言い聞かされたことがある。
テナント店の包装や紙袋ではなく、百貨店の包装紙や紙袋を使うことで、その百貨店でわざわざ購入したという付加価値がつくんだ、ということだった。
百貨店のプライドを感じた一言として、何年経っても忘れられない。

更に幼い時の記憶であるのか、家族から聞かされた話が混じっているのか。
屋上に小さな遊園地があり、最上階にフードコートがあり、家族が休みにちょっとおめかししてお出かけしに行く場所としての、地方の百貨店の景色もなんとなく私の中に残っている。
大手の百貨店チェーンの傘下となってしまったが、地元の百貨店の名前を残すその店舗は、今も私にとってはお出かけすることが楽しみな場所だ。
高い天井の真新しい建物になる前の、懐かしい姿をぼんやりと思い描きながら、星野百貨店の中を歩き回った。

何気ないはずの社員食堂の描写に泣いてしまったことには、自分でも驚いた。
その職場で働けることは、なんて幸せなことだろう。
働く人々が、働く場所に愛情を抱くことができることは幸せだ。
そんな場所は、客からも愛される場所になることが間違いない。
働く人にとっても、客にとっても、そこは平和であり、真心であり、希望であり、癒しであり、我が家である。
読み手にとっても、この本は、きっと、平和であり、真心であり、希望であり、癒しであり、我が家となる。
傷つき疲れた心に、明日を信じる勇気を思い出させてくれる魔法の本だ。

 *****

ここから先は、今、この時にこの本を読めたこと、その奇遇と僥倖について、自分のために書いておきたいことであるから、折りたたむことにする。

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2017.10.05

御松茸騒動

朝井まかて 2017 徳間時代小説文庫

シンプルな表紙が印象的だ。
松茸が一本と、すだちが一つ。
そして、このタイトル。
気になって気になって、タイトル買いした本だ。

江戸詰めの尾張藩士の小四郎。
小さい時から算術が得意で、同僚や上司のやる気のない仕事ぶりに不満たらたら。
その態度が煙たがられて、国元に異動させられてしまう。
松茸不作の原因を探れと、御松茸同心なる職を拝命する。

腐りそうである。
でも、腐らない。
それが、堅物のきゃた郎とまであだ名をされる小四郎なのだ。

早くに死んだ父親。その父親の古くから友人の三べえ。
松茸のとれる御林のある山を守る山守の老人。
何年も前に同じ御松茸同心に拝命されたまま、山で生活しているという栄之進。
彼ら年上の男性たちに微笑ましく見守られながら、小四郎が骨太な男に成長していく。

立身出世のような成功はない。
しかし、成長はある。
その成長ゆえにかなえることのできたクライマックスは、胸が熱くなったり、目頭が熱くなったりするかもしれない。
一生懸命な小四郎が、山に関わる男たちを動かしていく様子に、読み手までひきこまれて応援せずにいられなくなった。

突拍子がないように見えた松茸をめぐる物語は、能率の悪い職場であるとか、借金をくりかえしてばかりの国家予算であるとか、伝説の上司であるとか、今時の世情とぴたりと重なる。
そのくせ、しかつめらしくならずに、くすくすと笑いながら読み進めることができる。
家族にも貸したが、まるで同じ様子だったようで、私も家族も、一気読みした本だった。
たった一冊のなかにおさまる物語であるが、爽やかな感激を味わうことができた。

この物語より、さかのぼること、何年ぐらいだろうか。
小四郎の父親や三べえが現役だった宗春公の時代の尾張は、天野純希『サムライ・ダイアリー:鸚鵡籠中記異聞』に描かれている。
見える景色は少し違うが、作者の違う二つの作品がぴたりと結びついたようで、それもまた楽しかった。

2017.09.26

ころころ手鞠ずし:居酒屋ぜんや3

坂井希久子 2017 時代小説文庫

旅先の本屋さんで偶然見つけた3冊目。
ついに例の事件が動き出す。
あの人の行方もわかる。

今回の私の一押しの料理は、なんといっても蒸し蕎麦。
なんじゃそりゃな話がとても楽しい。
美味しそうなのは表題の手鞠ずし、食べてみたくなったのはお雑炊であるが、インパクトの面では蒸し蕎麦。
とても遊び心のきいた場面となっている。
職場で腹の虫と笑いをこらえながらの読書となった。

時々、只次郎に「気品」なんて言葉が添えられていると、え!?と思ってしまう。
失礼な話であるが、只次郎の愛嬌のばかりに目が行くものだから、ちゃんとした二本差しってところを忘れてしまっているのだ。
思い切り「う、まぁい!」と声をあげているほうが、私の中での只次郎らしい姿である。
すっかり、そうなっちゃった。

そのそうなっちゃった感じは、お妙さんも同様だったらしくて、只次郎が武士だということを思い出したり、見せかけ通りの人物ではないらしいと感じてはやきもきしたり、意地を張ってしまったり。
そういう少し面倒かもしれない女子っぽさに、お妙さんの素を感じて可愛らしく、微笑ましかった。
旨いものを食わせてやるという精神がひどく気に入っているので、このまま必殺技として定着してくれるといいな。

お勝さんがなんだか柔らかくなった気がするし、柳井殿が素敵である。
御隠居たちは元気であるし、升川屋夫婦もまだまだ初々しい。
裏店の顔ぶれもにぎやかで、今のところは平和なものだ。
例の事件をめぐっては、事件は動き出したものの、まだまだ二転三転しそうな波乱含みな終わり方をしている今回。
勢い、目が離せなくなっている。

ルリオがうっかり手放されることにならなくてよかった。ほっ。

2017.09.21

紅霞後宮物語 第零幕:2、運命の胎動

雪村花菜 2017 富士見L文庫

ようやく文林が登場し、未来の夫婦が出会う巻。

小玉が順調に軍のなかで活躍し、頭角を現しつつある時期の物語である。
なんでこの人、皇后になったんだろう?という戸惑うことになった。
こんなに軍人としての適性を発揮していくのに、なんで後宮にいなければならないのか。
本編の第一巻の主人公の戸惑いを、今になって私が感じた。

と、同時に、文林よ、彼女をくれぐれも大事にするんだよ、と言い聞かせたくなった。
大事にしたくなっているとか、言うている場合じゃない。
大事にするんだ。しなければならない。それぐらいの傑物だぞ、と。
この第零幕を読む限りにおいて、あんなにこじれなくてもよかったのに、と思っちゃう。
相手が小玉ならば、仕方ないのだろうか……。

小玉と明慧が二人並ぶ景色を見られたのはよかった。
楊三郎氏が意外にも出番があったのも嬉しかった。
著者の方が精力的に書いてくださるのも、読者としては嬉しい限り。

2017.09.05

砂漠の歌姫

村山早紀 2006 軽装版偕成社ポッシュ

世界の美しさと人の愚かさを、優しく包み込むような物語だ。
子ども向けに描かれた本であるが、だからこその語り掛けの穏やかさが心地よい。

砂漠の中の古い歴史を持つ町が舞台だ。
その大陸の長い歴史を背景に、少女たちの冒険が始まる。

戦う女の子を応援をしたい。
そんな気持ちで次に手に取ったのが、この本だ。
ファンタジーを読みたい気持ちに火が付いてようやく読みはじめた。
読み始めてしまえば、子ども向けだろうと、大人向けだろうと関係ない。
見知らぬ街で一人、歌姫になる学院の生徒として生活しなければならないユンと共に、冒険にのめりこむだけだ。
魔法の水晶に地下迷宮。年を取らぬ不思議な先生。飛竜の乗り物。古の預言と契約。
魅力的なアイテムがこれでもかと出てきて、わくわくする気持ちを抑えられなくなった。

その最後まで、とても好みの一冊だ。

村山さんの物語は、戦う女性が多い。
イザも、ファリサも、どちらも魅力的なお姉さん達だ。
かっこよくて、少し影があって、美しくて、信念があって、頼もしくて、結構、武闘派。
こんなかっこいい大人の女性に自分がなれているかはわからないけれども、ユンの目線で彼女たちに憧れて見たり、リアルな自分の眼差しで彼女たちを可愛らしく微笑ましく見てみたり。
自由の歌を口ずさみ、勇身を右手に、優しさを左手に握りしめ、自分の心と頭で感じて考えて生きている。
男性が不在というわけではないが、女の子たちだって主人公になって冒険したいのよって元気のよさを感じる。
女の子たちだって、主人公になって冒険していいんだよって、励ましが詰まっている。

2017.06.21

紅霞後宮物語 第六幕

雪村花菜 2017 富士見L文庫

最後の一行がいい。

それに尽きる。
感想がそれしか出ないぐらい、いい。読んでよかった。
いまいちすっきりしなかった前巻の意味も、あとがきを読めば納得。

ここから戦争に出陣していくわけであるが、ここまで話が続くとは思わなかった。読めるとは思わなかった。
物語の中には時間の流れがちゃんと存在しており、登場人物たちの成長や老化が感じられる。
この先、だれが生き残るのか。
伝説になるぐらいだから、小玉の活躍はたぶん約束されているのだろうけども、死んでいくであろう人々を思うと、少しためらう気持ちがある。
しかし、この夫婦、やっとここまで成長してきたので、引き続き見守りたい。

ほんと、こういう主人公、好きだよなぁ。
戦う女性が主人公の物語は好物なのだが、この最後の一行はかなり好きだ。
キャサリン・アサロ『スコーリア戦史』のソースコニーの名台詞と並べておこうと思う。

罪の声

塩田武士 2016 講談社

ぶあつい。このずっしりとした重みが、読み終えた時に、違う重みになる。
なんという物語なのか。

グリコ・森永事件に題材を取った小説である。
私にとっては名前とキツネ目の男のイラストの印象のほか、概要については記憶もおぼろだ。
そんな事件だったのかと初めて知ることもあり、どこからどこまでがフィクションになるのか、私には境目が朧だった。
事件の真相を追ううちに、その先にあるものを考えずにいられなくなる。
何があったのか。誰が起こしたのか。それだけではない。
その後、彼らの家族はどうなったのか。彼らにも家族がいたのではないか。

実際のルポルタージュを読んでいる感覚になり、既視感を覚えた。
そうだ。清水潔さんの著作を読んでいるときの気分に似ている。
物語の語りの中心にいるのは二人。そのうちの一人が、未解決の昭和の事件であるギンガ・萬堂事件を取材するように言いつけられた新聞記者だからだろう。
もう一人の主人公は、京都でテーラーを営む青年。この青年が実家から一本のテープを発見するところから過去への旅路が始まる。
そのテープは事件に使われたものであり、そのテープの声は子どものころの自分だったから、だ。

取材する者と、犯罪加害者の家族かもしれない者。
二人の視点から、別角度から照射するように、事件のあらましが少しずつ見えてくる。
取材する者と想起する者それぞれの視界が重なり、やがて二人がそろって事件を見た時、過去の事件を見直す意味も立ち現れる。
大きな事件のその後。そこに残された人々の傷の一つ一つを取り上げていく筆致は具体的かつ現実的で、的確だ。
被害者でもない、加害者でもない。でも、被害者の家族の会はあっても、加害者の家族の会はないのだ。

誰かを断罪するためではなく、誰かを救済するための情報発信。
なんのためのジャーナリズムなのか。これはリアルに反映されてほしい問いかけだ。
興味本位の、偏見に満ちた、印象操作による、集団による私刑になってはならない。
誰にどのような利益をもたらすための報道なのか、報道する側にはどこかで意識してもらいたい。
大本営発表になってはおらぬかと、リアルでメディアを批判的に見ることが多いため、しみじみと噛み締めたい物語だった。

そして、閉じてしばらくしてから思う。
この物語の中でも、キツネ目の男は最後まで謎のままに消えていることに。

2017.05.20

異世界居酒屋「のぶ」三杯目

蝉川夏哉 2017 宝島社文庫

ジャンルわけするなら、食テロ小説。
読むにつけても、あれがおいしそう、これがおいしそうと、食欲を刺激されて仕方がない。
しかも、どれもが居酒屋メニュー……のはずだが、こんなに充実した居酒屋なんて滅多にない。
お稲荷様の加護を受けて、なぜか異世界で商うことになった居酒屋「のぶ」も、早くも三冊目。

今日も様々なお客さんが暖簾をくぐり、舌鼓を打つ。
そのお客さんが、だんだんと豪勢になっていき、これ以上はないような客層に恵まれている。
歴史の表舞台に立つのは問題がある店なのだが、しかし、ここで確かに歴史が動いていることを忘れるぐらい、メニューのひとつひとつがおいしそうで、お酒もおいしそうで、登場人物ひとりひとりの食べっぷり飲みっぷりにつられそうになるのだ。
のぶについての報告書を読んで、実際に訪れてしまうお嬢さんが出てくるが、気持ちは本当によくわかる。

章が短めであるので、軽く読めて、拾い読みしようとすると最後まで読みたくなる。いや、読んでしまう。
同じような毎日の繰り返しに見えて、確実に時が流れている物語だ。
登場人物たちは、転職したり、結婚したり、それぞれの人生を少しずつ進めていく。
その人間模様は心温まり、この物語の魅力は実はそちらのほうにある。

いつか、このお店がこの世界では閉じる日が来るのだろうか。
現実では、異世界には関係ないこの世界でも、永遠に続くお店なんてないけども。
御伽噺のように、いつまでもいつまでも繁盛していましたってなってほしい気がする。

改めて、食テロ小説として挙げるなら。
居酒屋「のぶ」は間違いなく個人的にはベスト3にはいる。
ほかは、高田郁『みをつくし料理帖』と、香月日輪『妖怪アパートの幽雅な日常』かなぁ。
でも、有川浩『植物図鑑』と、村山早紀さんの風早街サーガもおいしそうで。
ご飯がおいしそうかどうかは、私にとって大事なポイントだってことが、自分でよくわかった。

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