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香桑の近況

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実用書など

2019.05.17

大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A

石田 眞・浅倉むつ子・上西充子 2017 旬報社

この本を必要とするのは、大学生だけではない。
すべて働く人が知っておいて損がないことが、どこかしらにあると思う。
労働契約や罰金、有給休暇やハラスメント、裁量労働制ってなに?ということなど。
就職前の活動から、退職に至るまでのあれやこれやは、働いていると無関係ではいられないことが書いてある。

労働法や労働問題を専門とする先生たちによるまっとうなアドバイスだから、身近な大人よりも信頼してよいと思う。
決して分厚い本ではないし、Q&A方式で具体的なトラブルを挙げて説明してある点でも、参照しやすい。
普段から読み込むまではしなくても、身近にあるとよい本。

アスピーガールの心と体を守る性のルール

デビ・ブラウン 2017 東洋館出版社

対人関係に苦慮しやすい発達障害傾向のある少女たちのために書かれた本だ。
アスペルガーの少女という意味の、アスピーガールという可愛らしい呼び方にこだわらず、お付き合いがうまくいかない、お付き合いというものがまだよくわからない、という人たちに読んでもらいたい。
これは性のハウツー本ではなく、人付き合いのためのハウツー本だから。
きっと、必要としている人は多いと思う。

文字を読むと疲れてくるという人なら、目次を見て、気になったところだけでも読んでほしい。
できれば、男の子たちにも知っていてもらいたい。
大人の人たちも、彼らがどんなことで困りやすいか、どんなアドバイスが役立つのか、知ってもらいたい。
望まないセックスから身を守る。当たり前のことをわかりやすく、優しくて気さくな言葉で書いた、とっても素敵で、素晴らしい本だ。

表紙も可愛らしくていいなぁ、と思った。
性という一文字に過剰に反応してしまう人もいるとは思うけれども、もし見かけたら、恥ずかしがらずに手に取ってもらいたい。
ちっとも、恥ずかしいものじゃないのだから。
あったかくてまっすぐな、応援の言葉に触れてほしいなぁ。

2019.04.05

世界一美味しい煮卵の作り方:家メシ食堂ひとりぶん100レシピ

はらぺこグリズリー 2017 光文社

この本の大きな特徴はお料理ごとに予算が書いてあること。
外食で食べるときのお値段と見比べてみるとよいと思う。

そして大事な裏技が書いてある。

「料理なんて適当でOK!」

本当にその通りで、レシピ通りの材料が手に入らない時には違うもので代用したり、付け加えたり、減らしたり。
市販のものだって、どんどん取り入れて利用すればいい。
毎日の料理ってそういうものであることを踏まえた上で、もっと気軽に作ってみようよと提案する本になっている。
料理がなんだか小難しくて面倒くさくて、ハードルが高いと感じている人にお勧め。

タイトルから煮卵だけで一冊の本になっているのかと勘違いしていたので、私も驚いた。
これ一皿で一食になるような、ご飯ものや麺類が多いかな。
自分なりの味付けを探したり、栄養のバランスを考えるようになる手前の、まず作ってみるところから始める人を、これでいいの?と驚かせたい。

2019.03.29

常備菜

飛田和緒 2011 主婦と生活社

表紙のマカロニサラダが美味しそうで購入した。
というか、気づいたら先に家族が購入していた。
本屋さんに平積みにされていた時、何度も目がとまった。
手に取りやすい小さめサイズで、見た目がとても愛らしい。
この本から、同じ大きさのレシピ本を集め始めた。

いつも台所にあるような材料で作れる、毎日のおかず。
紹介されているレシピはシンプルで、好みに合わせてアレンジしやすい。
今回は、NetGalleyJPの《料理レシピ本大賞 歴代大賞作品を実際に作ってみたキャンペーン》に参加するために、ひじきのサラダを作ってみた。
ひじきと新玉ねぎ。レシピでは、すし酢であえることになっているが、家にはなかったことと、家族が海藻のにおいが強いと嫌がるから、ライムや黒酢、ポン酢などを適当に加えて、ごま油をひとたらし。
白と黒の組み合わせがユニークで、お気に入りのサラダ。緑を加えてもはえるし。今回やルッコラやクレソンをあわせてみたが、夏場に紫蘇やミョウガ、カイワレ大根とあわせても好き。
まさか、ひじきをサラダで食べるとは思ってもいなかったので、とても印象深いレシピだったりする。

もう一つ、紫玉ねぎがちょうどあったので、白菜のコールスローも作ってみた。これはこの色合いで作ってみたかった。
白菜の淡い黄緑色と酸に触れてピンクがかった紫玉ねぎのコントラストが、とても可愛らしくて綺麗なのだ。ディルをトッピングしてみる。
キャベツのコールスローも好きだが、白菜で作ると一層柔らかくて穏やかなサラダになる気がした。

まだ作ったことがないレシピもこの本の中にはあるけれど、私が定番にしたものもあれば、家族が定番として作るようになったものもある。
我が家の定番を増やしてくれた、大事な一冊。

つくおき:週末まとめて作り置きレシピ

nozomi 2015 光文社

以前からブログで知っていた方の本。
なるべく自炊で節約したいけれども、週末ぐらいしか料理ができない。そんな人におすすめの一冊。
実際に著者のペースでお料理をするには慣れも必要かもしれないが、マルチタスクをスムーズに行うためのタイムスケジュールも示されている。
なかなかいっぺんに料理をすることに慣れれないという人には、このタイムスケジュールも参考になるだろう。

これも≪料理レシピ本大賞 歴代大賞作品を実際に作ってみたキャンペーン≫のなかに挙がっていた。
私が選んだのは「みそ豚」。豚肉を味噌漬けしておいてから、玉ねぎと炒めるというお料理。
手順も少なく、実際にやってみると簡単。だが、濃厚な味がとても美味しい。

私はワケギがあったので、それを加えてみたけれど、野菜をあれこれ変えながら楽しむこともできるだろう。
キャベツやレタスも合いそうだ。ニラとキャベツと玉ねぎで回鍋肉風にしてみてもよい。アスパラやブロッコリー、パプリカもきっと美味しいに違いない。
炒める時に唐辛子を一振りしても味に変化がつけられる。
休みの日に多めに味噌漬けを作っておいて、週に2回でも、野菜を変えながら作ってもいい。
とてもいいアイデアのお料理だと思い、これは我が家の定番にしようと思った。

ラクうまごはんのコツ

瀬尾幸子 2104 新星出版社

とても丁寧な本だなぁと思った。
なにも難しいことは書いていないのだけれども、美味しいご飯を自分で作れるようになりたいなと、気合が入ったときに初めて手に取ってほしい。
道具も材料も、なにも特別なものはいらないのだけれども、それぞれについてわかりやすくきちんと説明してある。

紹介されているレシピも、よく見慣れたものばかり。
いわば、家庭科で習ったお料理を、大人になった今、大人の目線と理解力で振り返るところから、「ちゃんとわかった」「ちゃんとできる」に繋げるような作りになっていると思う。
あの時には言われたとおりにやっただけのことが、実はこんな意味があったんだとわかるかもしれない。

この本も≪料理レシピ本大賞 歴代大賞作品を実際に作ってみたキャンペーン≫の中の一冊。
私が選んだのは、切り干し大根とさつま揚げの煮物。
先日、自分なりに作ったときには少し歯ごたえが残った切り干し大根の煮物だった。
それがどうだ。この本の通りにやると、とろけるようにふっくらと柔らかい煮物ができあがった。
とても簡単なのに。なんだろう。この裏切られた感じ。ずるい。

2018.10.29

世界一やせるスクワット

坂詰真二 (監修) 2017 日本文芸社

スクワットはどういう効果があるか。
適切に行うにはどうしたらいいか。効果的にするにはどうしたらよいのか。
スクワットの種類やそのほかの運動について、写真つきで丁寧に説明してある。
きちんと健康的なからだを作っていくためのアドバイスとして、手に取る価値がある一冊だ。

運動をしないといけないとわかっていても、私が苦手意識を持っているのがスクワット。
下手にやれば膝が痛くなりやすい。どうすれば正しいか、わかっていないとやりづらい。
やれるだけやってみよう、ちょっとだけでもやってみよう、の、ハードルが高いトレーニングだと思っていた。
でも、ちょっとだけでもやってみようかな。そんな気持ちになれた。

本当は、一週間でもやってみてからレビューを書こうと思ったんだけども、風邪で寝込んでいたのでこれからの課題。

2018.10.13

性の多様性ってなんだろう? 

渡辺大補 2018 平凡社

中学生ぐらいの人に向けて書かれた本だ。
筆者が若い人と語り合うような構成になっている。
とても読みやすく、若い人が性について戸惑い、悩むときに、支えになるような一冊である。

性は、身体の性別やDNAのタイプ、性自認、性役割、性志向など、多次元の概念から構成されている。
丁寧に考えていくと、人というものは人それぞれであることにたどりつく。
多様性であることを肯定していく語り手の言葉は読み進めるほど、安心感を持った。
誰かが性のことを悩むとき、問題は悩ませている社会であり、システムであり、その社会を作っている大人たちの責任であると、きちんと指摘しているところがいい。

この本に無関係な人はいない。性に関心がない人も、性を有している。
性的な視線にさらされているかもしているし、無意識のうちに性役割や文化を受け取っている。
だから、性を語ることは、すべての人について語ることになる。
この本を、LGBTの理解するための本と紹介するのはもったいないと思った。
すべての人が、自分は自分、これでいいんだと思えたら、少しだけ楽になれる。

男性と女性が結婚して、二人ぐらい子どもを持つことが当たり前だと思っている人たちがいある。
それが「普通だから」と思考停止している人に、それって本当?と確めたい。
これは、大人に読んでほしい本だなぁ。

2018.01.22

サイコパス解剖学

春日武彦・平山夢明 2017 洋泉社

精神科医として、サイコパスのはっきりとした定義がないことを、春日氏は語る。
定義がないものを、平山氏が、こういうのはどうか、こういうことはどう考えたらいいかと、これでもかーこれでもかーと俎上の上に出してくる。
それってサイコパスかな?違うと思うなぁ。あ、でも、それはありか。と、サイコパスっぽいものを思い浮かべながら、この二人の言うサイコパスというものを捉えるのが第一章だ。

対談で語り合う二人の感覚と、自分の感覚の摺り寄せに、ひどくもやもやした。
わかりやすいなと思った特徴は、「他人を便利な道具、あるいは使えない道具として見ている」(p.42)だ。
反省や後悔しないこと。他者をコントロールしたがること。なにかずれている感じ。
論理はあるのに倫理ではない、ずれ具合が気持ち悪さの源泉になるようだ。

そのずれている感じや突き抜けている感じへに、人は憧れを持ってしまうのではないかと、平山氏は指摘する。
「サイコパスは文学的フィクション、『普通の人たち』による妄想の産物という気がするけどね」(p.48)という春日氏の指摘は、かなり大事な気がする。
これは、レクター博士のような典型的と言われる純粋なサイコパスとしか言えないようなキャラクター(もしくはパーソナリティ)のことであるのだろうけども。
そういう誰かに、むしろコントロールされて安心するという人というのも、それはそれで、どっかおかしい。

現実に起きたいくつかの大量の、あるいは、残虐な殺人の加害者を例にあげながら対談が進むあたりは興味深かった。
が、長谷川博一氏『殺人者はいかに誕生したか』を読んだ私は、その中の幾人かについては、サイコパスだからというだけでは割り切れないじくじくした思いがした。
そうせざるをえないなにがしかがある人と、なにがしかがない人の違いがあるように思う。
そして、そのなにがしかがない人は、想像上の産物なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
少なくとも、だれにでもサイコパスの芽があるのではないかという考え方は、フロイト以来の伝統的な考え方ではないかと思った。
誰しも、心の中に病理を抱えている。

それでも、「普通の人たち」はサイコパスという言葉を必要とする。
その言葉でしか言い表せないものがあるという、利便性や有用性に基づく必要性もあると思う。
自分にとって不可解だったり不愉快だったりする相手をののしるための言葉を、差別だなんだと自粛した結果として、日本語では非難されるから非難されにくい表現を転用しているという意味で。
やつらと自分は違うんだ、と、彼我を分けて、安心するために。

2017.02.28

余命三年時事日記 1

余命プロジェクトチーム 2016 青林堂

途中で、読むのがしんどくなった。
あわないものはあわないので、しょうがない。

中道でいたい。と思うので、右のほうも、左のほうも、目配りしておきたいと思っている。
この数年、戦後の記憶の根強い世代の韓国嫌いに対して、悪い人ばかりじゃないよ、メディアでとりあげられる人が偏っているんだと思うよ、反韓意識を煽りたい人もいるんだと思うよと言い続けて疲れてしまった。
韓国や中国の中での反日の言動の数々の報道には、私も腹が立つこともあるし、とりなすのが疲れてばかばかしく感じるようになった。
もう仲良くしようとしなくてもいいんじゃないかという気持になったり、皮肉な、あるいは攻撃的な言説を選ぶようになったり。
これが韓国疲労病ってやつかもしれない。
ところが、元来、天邪鬼なたちなので、自分の右に傾きすぎていた秤を、とんとんと、方向修正したくなってきた。
この本の内容が内容であるだけに、どうもこういう言い訳をしてからじゃないと、感想を述べづらい。

この本はブログを編集したものだそうだ。
ブログの書籍化とは難しいなぁと思う。
余命三年と告知されてからブログを書き始めたのだそうだ。
このブログ、初代と呼ばれる最初に書き始めた方は既に亡くなっているという。
その後を引き継いでいるのがプロジェクトチームになるのだろうが、文章の校正をするときに、書き直しづらかったこともあるのかなぁ。
ところどころ、文章の読みづらさや前後の齟齬、時制の違和感などがあるのは仕方がない。
一般人向けにマイルドな内容をピックアップして本にしたそうであるが、内容というよりも、話の流れで、読み手はわかっているものとして書かれている部分の意味がよくわからなくてついていけないこともあった。

また、現状ではなく、数年前の状況に即して書かれている部分も散見された。
にも関わらず、国内国外の政治についての分析については、なるほど、そういう見方もあるのか、と、興味深い。
全体を通じて、部分部分では納得もするし、同意するところもある。
この文脈を理解しておくと、日々のニュースが違った意味合いを持つものに見えてくるのは面白い。
この面白さが、秘密を共有しているような、自分が理解できる「選ばれた人間」になったかのような喜びを読み手に与える魅力になるのだろう。

しかし、在日韓国人について問題を掘り下げるにしたがって、私の中で違和感が増していった。
読んでいて、どうしても、私の友人知人がちらつく。
彼らは在日韓国人であるが、勤勉に就労している人たちであり、むしろ普通の人たちであって、彼らを含んで在日韓国人と一括されると嫌なのだ。
生活保護受給者ではないので不正受給者ではありえないし、ヤクザでもないぞーって。
私は楽観的ではないので、読み手の日本人がすべて現実的に判断可能でありかつ良識的に行動可能であると信じないため、通報を呼びかけるくだりになると、違和感が拒否感になった。
通報の勧めは、監視と密告の社会の勧めである。どこの社会主義国だよ・・・と思うと、気持ち悪く、それ以上、読み進めることが苦行となった。

一括処理は運動の基本である。
複雑性や多様性は、スローガンのインパクトを弱めるからだ。
わかりやすい一言にまとめること、運動には不可欠なのだ。例としては、選挙をあげることができる。日本のではなくて、アメリカ大統領選がわかりやすい。
わかりやすさで、クリントン氏はトランプ氏に及ばなかったのだと思う。
だが、一括処理することの乱暴さが、私は苦手なのだ。数々の例外がとりこぼされることで、現実から遊離したものになりはててしまう危険性も無視して、ごり押しするのだもの。
右に行き過ぎても、左に行き過ぎても、そうではない他者を切り捨てるところが、どっちに転んでもファシズムだ。
ファシズムはどうしても私のしょうにあわない。あわないものはあわないのだから、しょうがない。

こうして見てみると、日本の左右というのもよくわからないものだなぁ。
詳細に論じる気力がわかないが、ねじれがいっぱいあることを再確認した。
私が愛するのは自由と平和である。寛容と共存を尊び、公正と敬意を心がけたい。
私には私がまだわからぬことがあることと、私の心が感じ取ることを、大事にしておこう。

Here is something you can do.

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