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香桑の近況

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## 今は昔:武士の世

2017.02.21

あきない世傳 金と銀3:奔流篇

髙田 郁 2017 時代小説文庫

あほぼんな若だんさんが死んで、その弟である惣次から求婚された幸。
断れるような立場ではなし、かと言って、惣次は勘気なところが心配な人。

話の続きが気になっていただけに、一気に読んだ。
やっぱり……と残念な気持にもなるが、夫婦仲良くめでたしめでたしでは、話が続かなくなる。
幸には幸せになってもらいたいだけに、複雑な気分で読み終えた。
ネタばれにならないようには、これぐらいまでしか書けない。

物語は横に置き、今回、楽しんだのは江戸時代の大阪の情景と町衆達のつつましやかな生活ぶりである。
人と建物しか視界に入らない生活を送りがちになるが、目を向けていないだけでそこには花が咲き、耳を傾けていないだけでそこには鳥が鳴いている。
一筆啓上とさえずる頬白の声は初夏の響き。雁の初音は秋の訪れ。そこに引き売りの声が重なる。
月が満ち、また、月が欠け。着物に綿を入れたり、それを脱いだり。人は季節を感じ、愛でる。
季節が駆け足で流れ行く様子の情景描写が丁寧で、五感に訴えてくる。そこが美しくて、とても素敵だなぁと思った。

ここに描かれている身近な自然は、実は今も身近で感じられることが多い。
呉服の美しい色合いに慣れていくのも楽しいが、物語の景色が現実にある現在と繋がっていることを感じるのも一興だと思う。

ネタばれになるが、最後にやっぱり一言。
五鈴屋にはあほぼんしかおらんのかーっ。

2017.01.07

国芳猫草紙:おひなとおこま

森川楓子 2016 宝島社文庫

今年初めての読書は、タイトル買いした一冊。
国芳といえば、ユーモラスでかわいい猫達。
これはきっと愛らしいと思い、手にとってみた。
初読みの作家さんである。

鰹節問屋の又旅屋の娘のおひなが、絵を習いに通うのが歌川国芳の家。
国芳の家には、兄弟子達が数人おり、更に多数の猫達が暮らしている。
器量よしで賢いおこまという白猫の冒険を、おこまの猫目線で語るのと同時に、おひなの人間目線でも語っていく。
その冒険がなかなかのもので、名家のお家騒動にも関わってくるのだ。
猫達がわいわいと出てくるおかげか、その事件のあらましにも関わらず、全体として可愛らしい感じがした。

河鍋暁斎が歌川国芳に指示していたことなど、歴史的な事実も踏まえてある。
後書きによると、国芳の猫を主人公とした草紙があって、それを下敷きにしているそうだ。
『朧月猫草紙』というその物語を、翻案しつつ、膨らませたものが、この物語だ。
『朧月猫草紙』の現代訳もあるそうで、機会があれば読みくらべてみたいものだ。
著者の猫への愛情、原作への愛情が感じられた。

2016.10.03

あきない世傳 金と銀 二 早瀬篇

髙田 郁 2016 時代小説文庫

なんでや。
なんで私ばっかり責められなあかんねん。
店主ゆう重荷を背負うてるんは、私だすで。
ほかでもない、私だすで。惣次やない。
こんな傾いた店を背負わされて、私は言わば被害者や。
私で4代目ゆうても、店が船場にあるわけやなし。
所詮、天満の呉服屋や。川向こうには勝てへん。
ちぃとも稼げへんのは私のせいやない。
時代は現銀売りや。お家さんが屋敷売りみたいな古臭い売り方にこだわるんが悪い。
こんな御時世やなければ、私かてもっと大きな商いしておましたわ。
私の苦労なんて誰も知らへんのに、私ばっかり責めるのはおかしいやないか。
家の者が大事にせえへんから、嫁はんかて実家に戻ってもうたやないか。
あんな子どもを後妻や言うてあてがわられても、笑いものになっただけだす。
私は、店主ですで。
私が店主やなんで。
なんで、なんで、こないな目ぇあわないかんのだすか。
私かて、私かて……もっと大空に飛び立つようにはばたいてみたかったわ……。

……とか、言ってそうだなぁ、と想像してみた。
想像してみたが、いくら想像してみても、ちっとも同情も共感も持てない。
なにもかも人の所為にして、自分は悪くないと言い訳して、努力をしようとしない。
周りを責めるだけ責めて、つらいのは自分だと主張して、自分を慰めてもらおうとする。
それが、阿呆ぼんである。

この巻になって、なんで第一巻が「源流篇」だったのか、タイトルの意味がやっとわかった。
きっと大きな川になっていく。そういう物語なんだろう。
その2巻なのであるが、阿呆ぼんの印象が強すぎた。
こんな阿呆ぼんでいいのだろうか。
主人公の夫になるのが、ここまで阿呆ぼんだとは空前絶後である。
ひどくないか。大丈夫だとは思えない。主人公がかわいそう過ぎる。
嗜みのある阿呆ぼんなことが、唯一の救いである。
幸の成長を喜びながらも、喜びきれない複雑な気持ちで一気読みした。

この展開は予想外ではあったが、大歓迎だ。
幸の活躍の場面は、どれもこれも胸がすくものだった。
これでこそ、次巻が楽しみになる。

2016.09.23

超高速!参勤交代リターンズ

土橋章宏 2016 講談社文庫

『超高速!参勤交代』に続いて、こちらも読了。
第二弾というのは、なかなか難しいだろうなぁと思いつつ、こちらも一気読み。

なんといっても、敵役の松平信祝がますます気持ち悪くなって逆襲してくる。
多少、やりすぎなぐらいの悪ノリである。まさに暴走。
その逆襲に対して、どのように湯長谷藩の七人の侍+αが対決するのか。

小説ではあるが、映像化を前提にしている所為か、心理描写を言葉で読ませない。
表情や仕草、声音あるいは沈黙で、映像で現されたもので心理を読ませる作品だと思う。
そういう手法なので、文字だけを追っていると味気ないかもしれない。
読み手は、頭の中で映画を見るようにこの本を読むことになるのではないか。

そういう意味で、読みどころというより見所と書きたくなるのが、やっぱりの忍者対決。
正確に言えば忍者じゃないのだけれども、色々な特技を持った尾張柳生七本槍達と、別々の流派の得物を持った湯長谷藩の面々との対決は、映像に映えると思う。
更に言えば、多数の軍に少数で切り込んでいくような場面もある。私の頭の中のイメージ映像は、戦国BASARA2の関が原かなぁ。
自分だけの映画を撮れば、少々の無理も面白くするための仕掛けと思えるはず。

最後はハッピーエンドになると信じて読み進めたが、意外な展開が続く。
名台詞も多いし、きっと映画も面白いことだろう。

超高速!参勤交代

土橋章宏 2015 講談社文庫

厚さがある割には、読み手の速度も高速になる。
映画で見そびれたタイトルだったが、なるほど、これは面白い。
映像に映えるんだろうなぁ、と、スクリーンで見そびれたのが改めて残念。

時は、享保年間。8代将軍の吉宗の頃。
悪徳老中から、参勤交代をたった5日間でせよ、という、無茶ぶりをされた弱小藩。
磐城国の湯長谷藩は、大根の漬物と温泉が名物で、大名行列を整える財力はない。
しかも、時間もない。そもそも、人もいない。
奇想天外なこの設定ではあるが、時代劇らしい要素を感じる痛快な物語になっている。
他方で、児童虐待やアルコール依存、閉所恐怖など、非常に現代的な要素も含まれていて驚いた。

これ、主人公は、藩主の内藤政醇ではなく、道案内役の東国一の忍・段蔵ではなかろうか。
私の中の主人公は、段蔵でいいや。そう思おう。
錆びた声なんて表現がすごく素敵ではないか。その上、これがまたいい役なのだ。

2016.08.31

ほかほか蕗ご飯:居酒屋ぜんや

坂井希久子 2016 時代小説文庫

おいしいご飯につられて手に取った。
本屋さんで、作者のサイン本を見つけたのもなにかのご縁。
時代小説で、料理人が出てきて、というのも、みおつくし料理帖以降、定番になってきたようだ。

ウグイスの飼育で糊口をしのぐ、武家の次男坊の主人公。
父や兄の堅物ぶりを息苦しく思い、主人公にウグイスを託す大店の主人達に可愛がられながら、おいしいご飯に舌鼓を打つ。
憎めない登場人物たちが入れ替わり立ち代り、居酒屋ぜんやの暖簾をくぐり、菩薩のごとき笑顔のお妙に愚痴をこぼす。

細かいところにはつっこまずに、雰囲気で読むのがよいようだ。
素材を見ながら料理を考える。相手の喜ぶ顔を思う。
そんな楽しみに似ているような読み心地。

この人もデビューしたてのようだから、続きを読ませて欲しいなぁ、がんばってほしいなぁ。

2016.07.31

あきない世傳 金と銀 源流篇

髙田 郁 2016 時代小説文庫

時は享保、舞台は大阪天満。
新たなヒロインは幸という。

好奇心、向学心があり、読書や勉強に興味を持つ、当時としては風変わりな少女。
学者の家に生まれ、女子として振る舞うことをしつけられつつも、こっそりと書字に親しんできた。
手の綺麗なものは信用するな、商いは物を右から左に流しているだけだという、父親の偏った教育を受けてきた。
にも関わらず、幸は「一生、鍋の底を磨いて過ごす」女衆として、五鈴屋という呉服商で住み込み奉公することになる。

まだまだ物語の序盤というか、導入部。
最初は不幸続きでとっつきにくく感じがものの、読むほどにだんだんと引き込まれていった。
なにしろ幸という少女が、成長していく様子がまっすぐでほほえましい。
当時の女衆の中では、勉強好きという点が風変わりだけども、くるくるとよく働く。
どうやら、なかなかの器量よしなところもあるらしい。
彼女が、今後、どのように成長し、活躍していくのだろうか。

みをつくし料理帖とは、違ったタイプのヒロインが、違った時代、違った場所、違った世界で動き出した。
とはいえ、郁さんの描く物語だから、苦しいこともいっぱいあるんだろうなぁ……。

ここで終わるのか!?というところで、閉じた1巻。
次巻が待ち遠しい。

2015.11.16

本能寺の変:431年目の真実

明智憲三郎 2015 文芸社文庫

これは面白かった。
小説ではない。学術論文でもない。
明智光秀の血を引く著者は、本能寺の変の前後の資料を、その信頼性を吟味しながら再調査することで、織田信長、明智光秀、豊臣秀吉らの人柄と行動を検証する。
現在の研究は、織田信長なら豊臣秀吉という直後の施政者が、自分に都合よく情報操作している点を考慮せずに資料を用いているところから、全体がゆがんでしまっている点の指摘が、非常に痛快である。
それは、たとえば、司馬遼太郎史観のような、司馬遼太郎が書いているからそれが真実か事実であるかのような誤謬など、ほかにも同種類のゆがみを指摘は可能であろう。
古くは、中国エリアの代々の国が、王朝が交代するたびに、前王朝の歴史を編んできたわけであるが、それは現王朝の正当化に資するバイアスがかかったものであることは、よく知られていると思われる。
だとすれば、国内でも同様のことが行われていないと、まったく考慮に入れていないほうが能天気だと思うのだ。

歴史小説で積み重ねられた織田信長や明智光秀らのイメージがあると思うのだけれども、それが一挙に覆された感がある。
豊臣秀吉はもともとあまり好きではなかったからいいのだが、徳川家康がうっかりいいやつに見えてしまったことが不本意だった。
なるべく信頼性の高い資料をもとに、蓋然性が高い合理的な推論を重ねていったとき。
今とはもう少し違う人物像や事件像が、ますます明確になっていくのかもしれない。

2015.08.25

あい:永遠に在り

髙田 郁 2015 時代小説文庫(ハルキ文庫)

実在の人物を描いた長編。
関寛斎という幕末から明治にかけてを生きた医師と妻を描く。
歴史に残るのは夫のほうであるが、妻であるあいを主人公としたことで、活き活きとした生活感があり、豊かな喜怒哀楽を感じる。
生涯を描いているから、それは死の時まで続く物語だ。
長い長い物語だ。長く切ない物語。切なくて愛しい物語だ。

愛らしくて頼もしい、あい。
貧しい農家に生まれ、物事のよい面を見ようとした性分で、頑固者の夫を立てつつ支える。
一生懸命な二人の生き方は、自分にできるかと問われれば、とてもではないが自信はない。

時代背景としては、NHKの大河ドラマでも幕末はよく取り上げられるけれども、その時代を市井から描いている点でも興味深い。
人生がふとしたことで大きく変わる時代だったことがよくわかる。
まだまだ人生が短かった時代であるのに、これだけ長生きをしたのはさすがに医師とその家族だからか。
その人生の局面を、逢、藍、哀、愛と表しているところも、素敵だ。

読み終えて、しばらく涙が止まらなかった。
こんな風に。
あいのようになりたいと思った。
あいのようにしていきたいと思った。
この先、きっといろんなことがあるとしても。

どうでもいいことではあるが、この文庫。
どれが文庫の名前なのか、いまだによくわからん。

2014.09.02

天の梯:みをつくし料理帖10

高田 郁 2014 時代小説文庫(ハルキ文庫)

よい思い出も今は遠くなった。
いや、違う。
身を切られるような痛みも、心を裂かれるような痛みも、過去へと遠のいて、今はよい思い出となったのだ。

料理人としての道。
そこは変わらないながらも、これまで道に迷ってきた澪だ。
最初、澪にはいくつかの目標があった。
ひとつは、天満一兆庵の再建。
ひとつは、幼馴染の野江を探し出し、救い出すこと。
ひとつは、天満一兆庵の若旦那である佐兵衛を探し出すこと。
ひとつは、つる家を盛り立て、つるの名前を残すこと。
ひとつは、料理人として一人立ちすること。
ひとつの目的がふたつの目標を産み、みっつの道にわかれ……と、四方八方へと道別れして、思いが千々に乱れることもあった。
食は人の天なりという言葉に、自分の心星を見出した澪が、ひたすらに自分の料理をしてきたことで、いくつもの目標が叶えられていく。
澪が自分自身に望むことを禁じていた願いまでも叶えられていく。

後半は少し駆け足にも感じた。
もっともっと読んでおきたいという気持ちが働いたのかもしれない。
圧巻は野江の身請けの場面。こう来たか!とうなる。
レシピを読むまでもなく、美味しそうな料理は変わらず、最後まで輝く。
気になる人たちが次々に入れ代わり立ち代り姿を現す。摂津屋が特においしいところを持っていったけれども、どの人物もそれぞれ株をあげた巻だった。
野江は最後まで寡黙であり、これがあくまでも澪の物語であることを示す。誰よりも澪自身の人生が、これから先も幸せになりましたと書いてあるような展開になって嬉しい。
苦しいことが続きすぎて読むのがつらくなるような巻もあったけど、この終りまでを読むことができてよかった。
やっぱりね、ハッピーエンドがいいよね。目元が潤むようなハッピーがいいよね。
番外編があるとのことだけれども、これで本編は完了。
めでたしめでたし。

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