先生のお庭番
朝井まかて 2014 徳間文庫
美しい物語だ。
外国の人の目を通すことで、当たり前だった景色の美しさに気づく。
当人同士以外の目を通すことで、引き裂かれた男女の関係も、美しい物語となる。
タイトルだけではどんな物語かぴんとしなかったのであるが、植物が好きな方から貸していただいた。
しぼると先生の薬草園を管理する園丁が主人公である。だから、先生のお庭を番するお庭番。
決して、忍者の物語ではない。
シーボルト。日本人通辞よりも発音が不正確なオランダ語を話す、オランダ商館医。
19世紀の日本で、外国人が逗留できるのは長崎出島に限られており、逗留できる欧米人はというとオランダ人に限られていた。
とはいえ、海外の事情に明るくない日本人にはあれこれと説明することにして、実際は諸国から調査員が偽って流入してきていたようである。
現に、シーボルトもまたドイツ人だった。
そんなあやしい外国人がいっぱいの出島に派遣された少年熊吉は、シーボルトに心酔し、采配を任されて、のびのびと薬草園を作る。
当時のヨーロッパはプラントハンター達の時代でもあるから、現地の協力者ということになるだろうか。
剣より、花を。
風刺もいっぱいこめられていると思うが、シーボルトの台詞には、熊吉だけではなく、私もちょっとしびれた。
熊吉は真面目で勤勉な気性。植物を大事に愛する思いと、シーボルトを尊敬して貢献したい気持ちの両方で、目いっぱい、腕も、知識もふるう。
茶の種をばたびあ(ジャワ)に送り、現地で茶栽培を始める手助けをする。
オランダに日本の草木が生きたまま運べるように、知恵を絞る。
図鑑もなければ、分類法も確立しておらず、流通も限られるような植物を育てていく様は、読んでいてわくわくするものがあった。
熊吉はシーボルトのもとで4年を過ごす。
大人になるにつれて、人々がシーボルトの妻であるお滝を蔑んでいることも感じ取る。
シーボルトの言動に疑いを持ち、自分の目で見て頭で考えて行動ができるようになる。
美しい日々が、終わる時が来る。
主人公の成長と、時代の物語が見事に重なり合っている。
それらの日々を胸におさめて、もう一つの花が咲くような最後が素晴らしい。
幻滅を超えて、輝き続ける美しい日々。
Wikipediaによると、Hydrangea otaksaという学名は、植物学上有効ではないそうだ。
ツッカリニとの共著『日本植物誌』の中で、シーボルトがアジサイに与えた名前である。
しかし、ほかの人が先に名前をつけていた種類と同一のものとみなされ、後から着けたotaksaという名前は無効なのだそうだ。
その名前の由来が「お滝さん」だというのは、牧野富太郎という植物学者の推測に基づく。
otaksaというアジサイの名前は幻のようである。シーボルトとお滝さんの関係もまた幻のようである。
その儚さが、調べてみると、改めてせつなくなった。
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