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香桑の近況

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    合計323冊
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**平和を祈ること**

2017.02.08

暗幕のゲルニカ

原田マハ 2016 新潮社

これはなんという小説か。
闘いなさい、と青ざめる主人公に声がかけられる。
ものの100ページも読まないうちに、鳥肌が立った。

本当にあった出来事をもとに書かれている。
イラク空爆前夜、当時のアメリカ国務長官コリン・パウエルの記者会見の際、そこにあるはずのタペストリーが暗幕で隠されていたという出来事があったそうだ。
国連本部に飾られていたはずのタペストリー。
それが、ピカソのゲルニカのレプリカだった。
実物大で、ピカソ自身が監修したというタペストリーだった。
この一件があり、タペストリーの所有者は、国連本部から他の美術館に移したという。

その出来事に立脚されているが、物語中の「現在」は仮名を与えられた人物達が生きる、少し仮想の現在になっている。
その少し仮想の21世紀と、「ゲルニカ」を描いているピカソとそれを撮影するドラ・マールが生きる20世紀が、同時進行に語られる。
少々、複雑な進行をしているわけだが、ゲルニカの空爆と9.11やイラクへの空爆がぴたりと重なり合い、その野蛮に対するアートからの抵抗が呼応する。
そして、ドラのピカソへの愛と、瑤子のイーサンへの愛が共鳴しあう。
どこまでが事実に基づいており、どこからが創作であるのか、溶け合ってわからないほど。
物語がどこへたどり着くのか、ページを繰るのももどかしくなる。

ゲルニカ。
その絵をいつかどこかで見ているのかもしれないが、私はどこで見たのだろう。
スペインには行ったことがない。
ニューヨークには、1982年、1992年に行っているが、これはゲルニカ返却後になる。
母がピカソの青の時代が好きだったから、どこかでなにかのピカソの特別展に行ったことはあるのだ。そんな時にレプリカを見たのかもしれない。
私の記憶がフェイクなのかもしれないが、それにしても、今より若く、幼かった私は、ゲルニカのよさや凄さがまったくわからず、首をかしげて終わった気がする。
この主人公のような、すなわち、作者のような感受性が羨ましい。

この本を読み終えた私は、この数十年、いくつもの戦争のニュースと災害のニュースとに接してきた。
子どもの時には遠いものに感じていた戦火の悲惨も、明日はわが身のようにひしひしと感じている。
殺したがり、死にたがり、殺させたがり、死なせたがる人々の気持ちが、まったく理解できない。
私の敵は、戦争である。暴力である。憎悪である。
まったく懲りない、学ばない、憶えない、無責任な忘れっぽさである。
安っぽい正義感や陶酔感、近視眼的な楽観主義や愛国主義、他者を憎悪することでしか自分を保てないようなチープな自尊心や優越感、そんなものが嫌でたまらない。
政治が利用してもしれきないところにある美しさを愛していたい。政治に利用されたときから、それは美ではなくなる。

自由と平和。これがどれほど、貴くて、儚いものか。
私もまた、この貴いものを守る側に立っていたい。改めて思った。
自由を愛し、平和を尊ぶ、祈りに満ちた物語だった。

2017.02.02

日本会議の研究

菅野 完 2016 扶桑社新書

読み終えて、溜息ひとつ。
読んでよかったがなんとも気が重い。
気が重いが、これが現状なのだろう。
これを現状だと思うと、腑に落ちる。
この気の重たい内容は、実際に読んでいただきたい。

2017年1月6日。ベストセラーが出版差し止めというニュースに驚いた。
この判決はなかなか出るものではないと思っていた。
現に、ニュースの見出しには、過去の判例無視という表現さえ踊った。
ただし、事実ではないと裁判所が削除修正を求めているのは、訴えられた6箇所のうちの1箇所のみ。
著者と出版社を応援するつもりで、慌てて購入を試みた本だ。
その場でKindle版をダウンロードし、後日、書店で現物を購入した。
その後、扶桑社と著者は、該当箇所を黒塗りにして出版を続けている。
裁判を起こした方には起こした方の事情があるのだろうが、私はこの本を読んでよかったと思う。

私は、美しいという価値観を振りかざすスローガンが気持ち悪い。
美とは直観的に理解するものであり、理性で議論する範疇を超えている。
美は、なんとなくの共感であり、説明がつかない次元に立脚することである。
美による統治は、知性的な分析や反省、理性的な対話や理解を封じてしまう。
言い訳のつかぬことを押し通し、言い返すことを許さない価値観が美である。
だから、美しいを連呼し、押し付けられることが、とても気持ち悪い。
この気持ち悪さの理由が、この本で明らかになったと思う。

日本会議という寄り合い所帯をまとめる紐帯となるのは、君が代であるとか、日の丸であるとか、ぼんやりとしたなにか保守的なもの、伝統的(と思われやすい)もの、であるようだ。
ウンベルト・エーコが、『永遠のファシズム』で「ファジーなファシズム」という言い方をしていたことを思い出す。
その日本会議という形で政治を動かす得票を集める人たちは、特定の宗教と密接に関係している。
そして、話は私の生まれる前にまでさかのぼる。

60年と70年の安保。その学生運動の時、大学生だった人たちも70代だ。
それから時は流れた。それだけの時が流れた。
にもかかわらず、いまだに、左翼に対する攻撃という運動を続けていたい人たちがいる。
その年頃の人たちなら、今更、言動が変わることはないだろう。
彼らの最終目標は、私はとても受け入れがたい。
どういうものであるかは実際に読んでもらいたい。

2006年。教育基本法が改正された。
私はひどく憤ったことを憶えている。
基本法だ。基本となる法律を変えるということは、その上に乗っかるその他の法律等々まで影響をこうむるのだ。すべてのありとあらゆる努力と工夫を講じて尚どうしようもなかった時にしか変えてはいけないものではないのか。そこまでの努力をしたのか。
しかも、教育だ。教育を変えようとする政権には注意を払うべきである。私はそう習った。
なぜならば、ナチスが最初に着手したのが教育だったからだ。

改めて、調べてみた。
2006年の政権は、誰が持っていたのか。
ちょうど、第一次安倍政権の時だったのか。
政権をとって最初に成立した主な法案だったのか。
そうか。そういうことか。そういうことなのか。
私の中で腑に落ちた。私なりに、本書の内容を検証できたと思う。
この本を否定したり、非難したりする人がいるほど、ここに書かれていることは的はずれじゃないのだろう。
政教分離すらできない政権を、私は支持しない。

2015.04.07

独裁者のためのハンドブック

ブルース・ブエノ・デ・メスキータ&アラスター・スミス
四元健二・朝野宜之(訳) 2013 亜紀書房

間違いなく、お勧めだ。
きわめて興味深く、面白かった。
読む人は選ぶかもしれないし、興味を持つ人は更に少ないかもしれないが。
それがもったいないと思えるし、政治がこんなに面白くてわかりやすいことに驚いた。

歴史から現在までの政治や企業における独裁者達が登場するため、イメージしやすい。
時に皮肉交じりで、軽妙な口調で語られるし、タイトルがタイトルだけれども、これはとても真面目な政治な本だ。
民主政治と独裁政治は地続きであること。
この二つを分けずに、同一のモデルで読み解くことで、見えてくるものがある。
民主国家はたやすく独裁国家にスライドできる。
それが、怖い。
ヴィジョンとして見えてくるから怖い。

理解しておくべきことは、まず、政治は、名目的な有権者集団(取り替えのきく者)、実質的な有権者集団(影響力のある者)、盟友集団(かけがえのない者)の三層の土台があることだ。
私自身は疑いようもなく、名目的な有権者集団であり、政治の支配者にとって取り替えのきく者であるな。
この取り替えのきく者たちを支配する、主に盟友集団のサイズが、独裁政治か民主政治かを区別する。

そして、支配者たるもの、よい政治(もしくは経営)を行うことが目的ではなく、その権力を握り続けることが目的であると、著者らはぶっちゃけてしまう。
そのあたりが、これは理想的な政治を啓蒙する本ではなく、現実的な政治を分析する本である。
よい政治をしようとした政治家の政治家生命は短く、むしろ独裁者のほうが長く君臨するのは、独裁者としてやっていくためのコツがあるからだ。
独裁者としてやっていき続けるためには、これらを守らなければならない。

支配者を支配するルールは、次の5つだ。

1)盟友集団は、できるだけ小さくせよ。
2)名目上の集団は、できるだけ大きくせよ。
3)歳入をコントロールせよ。
4)盟友には、忠誠を保つに足る分だけ見返りを与えよ。
5)庶民の暮らしを良くするために、盟友の分け前をピンハネするな。

この目線に立つと、海外援助は投資であることが理解できるし、災害救助がいかに独裁者の懐を暖めてきたかも見えてくる。
ただ寄付するだけの善意が問題に加担してきたことを受け入れるのは、心理的に抵抗感はあったが、こういうことは知っておきたい事実である。現状である。
そして、現状は刻々と変わり続け、ここに書いてあるような現状打破へのヒントが追いつかなくなってはいないだろうか。
原著が上梓された後に台頭してきた、数々のある種の暴力的な集団においては、その集団が継続していくために、リーダー達がどのように上記のルールを守っているのだろうか。
そういう視点で見ることで、今は敵にしか見えない集団を理解し、その弱点を把握し、攻略(交渉にしろ、対立にしろ)の契機を発見できないかなぁ。
国家のような大きな集団だけではなく、サークル活動や企業など、多種多様な集団にも適応できる考え方であり、日常生活に応用可能という実用面も持っている。
考えさせられることが多かった。とにかく、多かった。

この御時世に読んで、ひしひしと感じることがある。
今の日本は大丈夫だろうか。

2015.02.02

犯韓論

黄 文雄 2014 幻冬舎ルネッサンス新書

一冊の新書の中に、韓国、日本、台湾を頂点とする三角関係が描かれている。
政治的に、ではない。文化的に、それぞれは関係しあい、影響しあい、無関係ではありえないが、同一の同質のものとはくくり得ないそれぞれの文化や文明を持っている。

著者は台湾出身の方である。中国ではない。台湾ならではの歴史、背景を持っている方である。
すなわち、日韓関係の当事者というしがらみの外からの目線で語ることができる。
韓国の人が記した近代史を何冊かは読んできたつもりであったが、語調も目線も違ってくる。
そこには、この著者の持つバイアス、背景も投影されているとは思う。
一台湾人から見た日本、韓国、日韓関係というところが、非常に興味深かった。

ありていに言って、正しい歴史認識ってなんだ!?と思う。
「正しい」は「歴史」にかかるのか、「認識」にかかるのか。
しかも、いずれにせよ、それは誰にとって「正しい」のだろうか。
本書は、韓国は自国の歴史の蓄積がされてこなかったという歴史があること、そこからファンタジーが容易に歴史的事実と混同されやすいことを、解説してくれている。
歴史の蓄積がされにくかった要因として、属国であったために自国史の編纂がなされておらず、中世の貴族達の教養は自国史ではなく中国史に立脚していたこと、また、王朝交代ごとに書類や資料を焼失させており、交代王朝の正当化のために粉飾してきた。
もちろん、政権の正当化のために都合よく歴史を書き換えることは日本でも行われてきたことであるが、そういうものだと信じ込むかどうかの読み手のリテラシーの程度も含めて、一概には言えないものの、やっぱり差はあるのかもしれない。
と、ここまで書いて、韓国王宮ファンタジーを歴史ドキュメントと勘違いしていそうな自分の家族を思い浮かべて、自分の言葉の着地点を見失った。

ともかくとしてだ。
対韓国、対中国への理解と対処を進めるための一助となるように書かれた一冊であるが、昨今のグローバル化したテロリズムへの理解と対処にも通底して、日本は、日本人はどうしたらいいだろう、と考えることに役立つと思われる。
「思いやりは日本人古来の民族的特質である。それが悪いわけではないが、他人本位の思いやりは避けなくてはならない」(p.228)との苦言は、意味深いなぁ。
日本が理想でもなければ完璧でもないことをわかった上で言うけれども、このボケていられるぐらいの平和が、これからも続くように祈る。
平和であることの恩恵が失われつつあるような痛みと悲しみを感じながら、平和を祈る。

2013.02.18

その日東京駅五時二十五分発

西川美和 2012 新潮社

「壊れるときは、始まるときだ」(p.74)

その言葉に、はっとした。
様々なことが壊れてしまった1945年8月15日。
その日の東海道本線始発は東京駅を5時25分に出る。

主人公は電車に乗り込みながら、西へ向かう。
一足早く解散した隊の特殊な事情を背負いながら、誰よりも早く敗戦を知り、誰とも共有できずに、西へ帰る。
故郷である広島へ。

その「現在」と、出征前から出征、訓練と、「過去」が入れ替わりに語られていく。
電車が進むにつれて、主人公の心もまた進んでいくのだ。
それは小説でありながら、現在進行形の手記であるかのような、現実感がしっかりとあった。
先の戦争を語りながら、懐古的にもならず、劇的になることもなく、むしろ日常的すぎるぐらいに過ぎていく。
その日の記憶。

どことなく、リービ英雄『千々にくだけて』を思い出す。
すべてが壊れてしまった。変わってしまった。
9.11の記憶。
3.11の記憶。
それが、8.15の記憶の通底音として立ち現れてくるのだ。
自分は知らないはずのその日が、自分の知っているあの日に、重なっていく。

これは、とてもいい小説だ。
久しぶりに本屋さんで、呼ばれて呼ばれて連れて帰った。
味わい深く、深く低く、体の芯に余韻が響く。
中編ぐらいの、どちらかといえば薄くて、すぐに読める本だと思う。
多くの人に読んでもらえたらいいな。
いつか、その日の記憶として。

2012.08.07

空飛ぶ広報室

有川 浩 2012 幻冬舎

久しぶりに有川さんが描く自衛隊。しかも、長編。
目次を見て、ああやっぱり、と思った。
「あの日の松島」
それを書く作家は有川さんしかいないだろうし、有川さんなら書かないわけがない。
ほんの少しでもむくわれてほしいな。いたわられてほしいな。
知らず知らず涙が出た。

有川作品を読んでいなかったら、ブルーインパルスが松島基地にいることを知らなかっただろう。
3.11の報道で松島基地の映像を見て、声にならない悲鳴を上げて、しかも、九州新幹線開通のためにブルーが福岡に来ていることを思い出して、いささか安堵して。
でも、一番近くにある基地が被災した時、どこをどう拠点とするのだろう、とか、素人ながら首をかしげたり。
もともとは私自身も自衛隊に対してネガティブな印象を持っていた。
小説という世界であるが、そこに一片の美化がないわけじゃないとしても、数々の災難救助活動に関する報道と、現在の国際社会の状況に加えて、有川作品を通じて、私の中の自衛隊に対する感情はずいぶんと様変わりした。

つまり、それが、広報の仕事だ。
主人公は不慮の事故でパイロット資格剥奪された空井。
パイロットでなくなった彼が配属されたのが航空幕僚監部広報室だ。
そこで空井がアテンドを任されたのは、記者からディレクターに異動させられたばかりの稲葉。
夢を断たれた2人が、自分の立ち位置を見直し、新しい目標を見つけ、プロとして成長していく物語である。
ほの甘いラブ要素は控えめぐらいでちょうどいい。この物語は甘すぎないところが逆にいい。
だって、「普通の人たち」の物語なのだから。

買ってすぐに一気読み。
読み始めてすぐに引き込まれて、進むんだけれども厚かった。
途中で仮眠を挟んで、仕事の合間も読んで、やっと読了。
最後の松島のくだりで、涙を禁じえなかった。

支援者支援という言葉がある。
災害支援の一領域だ。災害を支援する側も、二次的、三次的に傷つくことが知られている。
家族が行方不明でも活動をし続けた消防団の人たちを筆頭に、医療関係者、教育関係者、行政関係者、保健福祉関係者、宗教関係者、さまざまな領域で、自らも被災者でありながらも被災者の支援をしてきた人たちがいる。もちろん、自衛隊も。
彼ら自身、傷つきもするし、疲れもする「普通の人たち」であることを忘れないでほしいな。
傷ついたらその傷を治す努力をしてほしいし、疲れたらその疲れを癒す工夫をしてほしいな。
目に見えない傷や疲れや、その悲しみを、いたわってほしい。
人間なんだもの。普通の人なんだもの。人の子なんだもの。
機械だけじゃない。人間だってメンテナンスが必要なんだから。
助けを求める文化をあまり持たない人たちは心配になるなぁ。

2012.07.23

追放者の矜持(上・下):ヴァルデマールの絆

マーセデス・ラッキー 澤田澄江(訳) 2012 中央公論新社

〈使者〉アルベリッヒ。
カース出身の武術指南役の若き日の物語が登場だ。
セレネイがまだ世継ぎの王女であった頃からテドレル戦争まで。
ヴァルデマールにとっての大きな試練だった日々。

苦みばしった感じの、嫌われ者であっても動じない、厳しいが信頼のおけるおっさんという、おっさん好きにはたまならないアルベリッヒ。
おっさんになってからのアルベリッヒも大好きだが、若き日のアルベリッヒの堅物ぶりも大好物。
まさか、彼が主人公の物語を読めるとは思わなかった。

内表紙をめくると、この本は9.11のテロで亡くなった消防士に捧げられており、使命の前では命を投げ打ってでも役割を果たそうとする使者たちの姿に重なる。
と同時に、自爆テロをした人たちも、ある面では、使命の前に命を投げ打ってでも役割を果たそうとした人たちである(巻き込まれる被害者にとっては限りなく傍迷惑だが)。
そのように両面からものごとを見るとき、人はジレンマを感じる。そんなことができるのは、アルベリッヒに他ならない。

ヴァルデマールと当時敵対していたはずのカースの軍人が、ヴァルデマールの使者となる。
そこでは、信義や忠誠、名誉やアイデンティティといった価値観の問題が大きな主題となってくる。
敵国で信頼を得る市民になりうるのか、どちらの国を、民を、裏切ることなく、名誉を保ちうるのか。
アルベリッヒの悩みは、多民族国家アメリカの中で9.11後に暮らしてきたイスラム系の人たちの悩み、第二次世界大戦中の日系人の悩みに通底しているのだ。
正義とは何か。
アルベリッヒの悩みと答えの中に、作者自身のためらいと理想を感じた。

これまであまりカースの文化が語られたことはなかったが、言語の違いなどを見ていると、アジアっぽいイメージなのかな。
すると、黒髪で、凄腕の剣の使い手で、名誉や恩義を重んじているアルベリッヒは、著者にとってはサムライっぽい感じなのかなぁ。
そんなことを思いながら読んでいたら、アルベリッヒのヴィジュアルがFFⅤのカイエンに重なった。
やっぱり、好きだなぁ。

誰よりも誇り高く、名誉を重んじ、義や徳を身に着けた人。
そんな人を知っている。とても大好きな人が、そんな人だった。
大きな喪失の傷を抱えて、すっかりやさぐれいている感じまで似ている。
私には、その喪失を埋めることも、癒すこともできなかった。
私は彼の盾の友になりたかった。むしろ、〈共に歩むもの〉になりたかった。
無条件の愛と信頼を注ぎ、その空虚を満たしたかった。
彼がもう大丈夫だと安心できるように、支えと癒しを与えるものになりたかった。
でも、私はただの人。物語の人物のようになれるわけでもなく、ましてや人ではないものには。

2012.06.10

彩雲国秘抄:骸骨を乞う

雪乃紗衣 2012 角川書店

一人ずつ去っていく。
中年期以降の人生の課題である。
見送ること。置いて行かれること。
老いていくことは置いていくことになる。
最後に自分自身もまた逝くからだ。

彩雲国物語を読んだ人にしか、お勧めしづらい。
しかし、彩雲国物語をハッピーエンドのまま、「いつまでもいつまでも幸せに暮らしました」と胸の宝箱にしまっておきたい人には勧めない。
ここの描かれるその後の日々は、何かを得る日々ではなく、何かを失う日々であるからだ。

悠舜、旺季、晏樹を追いながら、これまで失うことの多かった人たちの人生が語られる。
どの話も切ない。本編において、敵役であり、最後に負けた旺季はどのような人物だったのか。
最後の大貴族。本編でも魅力的で存在感のあった旺季を中心に改めて描くことで、戩華王との争乱の時代とその死も語られていく。
この三人は、秀麗や劉輝と異なり、戦争の経験を背負っている。死を背負っている。自らが殺してきた多くの命を。
骸骨を踏みにじりながら生きてきた。その自分が骸骨を乞う時が来る。

そして、劉輝。
大事なものを失いながら、心を穴だらけにしながら、引きずるように生きてきた王。
すり減って脆くなった王の心を癒しながら、潤しながら、豊かに満たしていく秀麗との愛情に満ちた日々。
こんな風に愛し合えればどんなに素敵なことだろう。途中から涙が出てしょうがなかった。
美しくて悲しい、輝きの日々。いつまでも輝き続ける日々。心を満たし続ける輝き。

紫仙や黒仙は何を思ったのか、明瞭には語られない。
しかし、まさか、藁人形だけが残ったりしたら、黒髪の軍師も不本意だと思うけどなぁ。

最後に、それまでの気分を入れ替えるように、悪夢の国試組の国試の時の物語が添えられている。
鄭悠舜、紅黎深、黄鳳珠、菅飛翔、来俊臣、姜文仲、そして、劉志美。
本編で決して登場回数が多かったとは言えない人物もいるが、誰もがかなり個性的で印象的。
いや~、やっぱり鳳珠が好き。この顔触れの中ではまともな方なんだけど、ちょっと変わり者で好きだなぁ。
お気に入りキャラとこの本の中で出会えた人はラッキーということで。

志美を通じて改めて、戦後を生きることの難しさが語られる。
阪神淡路大震災で人口に膾炙され、東日本大震災でも話題になったPTSDというものがある。
この異常な事態に対する自然な反応としての心身の症状は、もともと第一次世界大戦や第二次世界大戦、ヴェトナム戦争といった戦争帰還兵に特有の問題行動や症状から、研究が始まった。
その意味において、この本で描かれる喪失を抱えながら生きていくという課題は、東日本大震災を経て、多く共有されうるものであると言える。
と同時に、シリアのニュースを見たり、スーダンやソマリア、内乱や戦闘が続く土地はまだまだ多い。その世界で、この物語は繰り返され続けている。現在進行形で。
だからこそ、今現在は戦闘状態にはないこの国で、戦争をおそらくは体験としては知らないであろう世代に読まれる意義が、きっとあるのだと思う。
泣きながら、そんなことを思った。

2012.05.22

暗い夜、星を数えて:3.11被災鉄道からの脱出

彩瀬まる 2012 新潮社

本当に、人の数だけ、あの震災の時に目にしたものは違うのだ。(p.114)

あの日、その場にいた人の数だけ体験があり思考があり記憶ある。
しかし、それを言葉に記すことができる人は少ない。
偶然にもその場を旅行していた若い女性の小説家によるルポルタージュだ。

3月11日に常磐線で移動中に被災し、からがら高台に逃げる。
その夜の記憶の生々しさ。続く、数日。
埼玉に一旦は戻ってからも、体力は回復せず、不安と罪悪感に駆られる。
そして、著者は再び、福島に入る。

私がある程度の放射線に鈍感でいられるのは、私が既に子を生み育てる可能性を持っていないからだ。
私の親戚を見渡せば、がん患者だらけの家系だ。その自分ががんになる危険性が高まっても、ええやないか。なることには変わりがない。
人間がばら撒いたものなのだ。その利益も享受してきた。ならば、自分の体で回収するぐらいしてもいいぞと腹を据えている。
私自身はそう思うが、まだ若く、これから次世代を生み育てる可能性を持っていたり、今現に子育てに携わっている人には、過剰なほどに注意深くあってほしいと願っている。
だから、作者がたまねぎを目の前にしたときのためらいを肯定的に受け止めたい。それを正直に文章に書き込んだ勇気に好感を持つ。

なにしろ、確かなことが少ない。
チェルノブイリからようやく25年。報告書が出たと聞いても、英語だからと見送った。
知らないことも多すぎるが、わからないことも多すぎる。科学は万能ではないことぐらい、よくわかっているはず。
わかっているから、不安になるのは仕方がないんだよなぁ。思考停止しそうなぐらいの不安がこみ上げてくるのだって、自然な反応なのだよなぁ。同時に、ある程度は鈍感に思考停止しておかないと、そこで生きていけないほどに不安になるものだろう。
スリーマイルとは規模が違う。でも、広島と長崎で、人は生きてきた。それはよすがになるのだろうか。よすがにすることができれば、それは広島と長崎を経た人にとっても、希望に繋ぎなおすことができる。
この目に見えぬものへの不安感を抱えて生きていくためのおとしどころを、私はまだ模索している最中だ。

何度も泣きそうになりながら読んだ。というか、涙がにじむ。
こんな記録から目をそむけようとする人もいるだろう。それを責めはしない。
しかし。
私は弱く脆い。だとしても、鋭敏でありたいと願っている。
目を閉じて、目を伏せて、目を避けていたくなるようなものにも、敢えて目を向けていたい。
ざらざらと削られ、えぐられ、傷つくような思いをしても、自分の敏感さを保っておきたい。
研ぎ澄ましておくこと。張り詰めておくこと。磨き上げておくこと。それが私の道具であるから。
大丈夫。だからといって、決して倒れないし、潰れないし、壊れてしまわないよ。

 *****

ここからは、自分の記憶を書き残しておきたいと思う。

その日のことは忘れられない。
婦人科の待合室に置かれたテレビ画面を、最初は誰も気づかずに通り過ぎていた。
これはただごとじゃないのに?
わざと声を上げてみた。
看護師さんが振り向く。臨席で座って待っていたカップルが目を上げる。
「震度7だって!」誰かが声を上げる。
診察が終わった後、職場に戻らず、帰宅させてもらった。私はテレビの前から離れられなくなった。

東北に知り合いは少ないが、関東には比較的多い。
メールやSNS、ネットゲームを通じて、知り合いの安否を確認していった。
青森や岩手の人と連絡がつくまでは3日ぐらいを要したと記憶している。仙台の知人の安否を知るにはもっと時間がかかった。

安否の確認の次には、遠隔地に住む自分に何ができるかを考えた。
情報の空洞化が起きることは、阪神淡路の記録を読んで知っている。
必要な情報で私に提供できることはと言えば、異常な事態に対する自然な反応として不安が高まりやすいことを周知すること。
ネット上でDLできる災害時の心理的ケアのリーフレットを探した。後になっては、原発関係の情報も探した。見つけた情報はいくつかの方法で配布した。
チェルノブイリの事故を調べた知識から、福島原発の第一報を聞いたときから、メルトダウンしないわけがないと危惧していた。

生命の危機がある状態では心理的なケアどころではない。
3月11日の時点で、生命の直接的な危険は少ないが大きな不安に駆られており、心理的な支援を必要としていたのは、津波に襲われはしなかったが、震度5や6の揺れを感じた関東から北関東の人たちだった。
その後、不安は地震に対するものから原発に対するものへとゆるやかにシフトしていった。長引く不安を、私の関われる範囲ではあるが、抱える、支えるよう、心がけたつもりである。
ささやかなメッセージやつぶやきの交換でどれほどのことができたかは心もとないが、しかし、いくらかは役に立てたと思いたい。

また、地震の当日から直後に情報提供を心がけたのは、義援金の寄付先の案内であった。
日赤に対する寄付の使い道について、阪神淡路のときは後から批判が大きかった。それでも、真っ先に飛び込んでいく力を持つのは日赤である。地震直後は日赤のHPもアクセス可能だったが、その日の22時か23時頃にはダウンしていたと思う。
そのほか、自分がどのような活動を支援をしたいかを定めてから寄付をするべきだと考え、いくつかの信頼できる団体を紹介したり、寄付の方法を紹介した。手持ちの現金が少なくても、ポイントカードのポイントを寄付する方法だってある。
被災しなかった人は自分だけが無事であるという罪悪感があり、なにか自分でもできることを見つけることが、少しでも心穏やかになるために役立った。

簡単ではあるが、これが、私の、あの日とそこから続く一週間ほどの記録である。
だが、私にとっては悪いことばかりではなかった。
あの日々があって、やっと出会えた人がいてくれたから。
人々にとって、悪いだけの思い出にならぬよう祈っている。

2012.03.05

失われた町

三崎亜記 2009 集英社文庫

別れはいつも突然で、予期していないときに襲ってくる。また一つ、訃報に泣く。
失ったことを悲しんではならないなんて、それがどれほど難しいことか、胸がつかえる思いでこの本を読んだ。
別れはいつも理不尽で、いつくるかわからないもの。それがわかっているから、だから、会える間に、大事な人に会いたくなる。
今すぐ、押しかけて行きたくなった。怒られるだろうなぁ……。

思い出だけをよすがに、ここから先、どれだけ私は耐えられるのだろう。
泣ける間は、まだそれだけ、思い出が生々しく残っているということ。
色あせること、風化すること、忘れてしまうことを私は恐れる。
しかし、思い出だけを抱えて、30年が経ったら。
思い出の中の彼だけが若いのか。それでも忘れてしまうより、ずっといい。
最初の数ページから泣いた。どのエピソードにも泣かされっぱなしだった。
なんだか顔がむくんでいる気がするのは、気の所為じゃないと思う。

『となり町戦争』と同じように、まるで現実のこの世界のどこかで起きているような小説。
よく読んでいけば、舞台は現実世界とは少し違う要素があることがわかってくる。
どこかにありそうな地名、どこにでもいそうな人名が錯覚させるが、これは一種のファンタジー世界だ。
聞き慣れないお茶の名前、風変わりな印象の音楽、どこか戦争の気配がする社会情勢。
そこでは、およそ30年ごとに町が消えるという不思議な現象がある。
その現象に巻き込まれ、大切な人を失いながら、被害を食い止めようとする人々がいる。

7つのエピソードは、主人公を変えながら、立場を変えながら町が失われるということを描きだす。
いくつもの出会い、さまざまな関係が、入り混じりながら、失う痛みは癒されることがなくとも、未来への希望を紡いでいく。
いつか失われるからこそ、それはとても理不尽なものだからこそ、「今」が愛おしい。
年齢が近いせいか、桂子さんに一番思い入れした。共に過ごした時間は短くとも、愛された記憶に満たされて、たたずまいを変えた彼女のように生きていきたいと思う。

あれから一年を否応なく思い出させるテレビの番組宣伝。
この一年間、一体、いくつの町が消えたのだろう。この地球の上で。
ダムの下に消える街。過疎が進んで消えていく町。市町村の統廃合で消えていった地名。
爆撃をされた町。地震におそわれた町。津波に飲み込まれた町。
そんな失われた町を思いながら読んだ。
残された人たちはどのようにしてこの先を生きていくのだろう。

人には決して癒されえぬ悲しみや苦しみがあることを知る音だった。それらを抱えたまま、それでも進んでいかなければならないという貫くような意志と想いが託されていた。(p.516)

本を読みながらなら、泣いていいよね?
本を読んでいるから泣いているだけだもの。
「思い出を、ありがとう」(p.259)と私も伝えられたらいいのに。
もう一度、会いたいなぁ。亡くなった人にも、もう一度会いたかったなぁ。

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