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2022年7月

2022.07.19

あなたは、誰かの大切な人

原田マハ 2017 講談社文庫

ホテルの朝ごはんに、トルティーヤ入りのメキシカンスープが並んでいた。
アボカドやライム、コリアンダーやハラペーニョなどが、自分でトッピングできるように並べてあった。
私はハラペーニョは少な目で、コリアンダーは多め。
チキンブロスのじんわりと沁みるような優しい味わい。
ああ、これだ。きっと、これだ。
「月夜のアボカド」でエスターが作ってくれたカルド・トラルペーニョはこんな風に優しくて沁みる味だったに違いない。
本で読んだばかりのお料理が、期せずして目の前にある。
その偶然にびっくりした。

後で調べてみたら、カルド・トラルペーニョにはひよこ豆は入るがトルティーヤは入らない。
トルティーヤ入りのスープは、ソパアステカというのがあるみたいだけど、クミンの風味はしなかった。
いいのだ。あのホテルの朝食のスープは、カルド・トラルペーニョでいい。
私にとっては、「心も身体もほっとするような、やさしい力に満ちたスープ」(p.62)であったことに変わりがないから。

その前夜、同じレストランで夕食中、私は生まれて初めて意識を失った。抗がん剤治療中で、体調が思わしくなかったせいだと思う。
自分ではよくわからないままに気を失ってしまったのであるが、同伴者はずいぶんと肝が冷えたという。
車椅子を借りてホテルの部屋に運んでもらい、水を飲んでは休み、水を飲んでは休み、脂汗がひいて体調が落ち着くのを待った。
レモンよりも温かみのある鮮やかな黄色に塗られた天井の、海辺のホテルの一室は広々としていて、本来ならもっと解放感を楽しむはずだったのに。
動くと叱られるので、落ち着いてからも横になって静かに、原田マハさんの『あなたは、誰かの大切な人』という薄めの短編集を読んで過ごした。

6つの短編からなるこの本は、どれもそんなに若くはない、それぞれに仕事をしてきた独身女性たちが主人公だ。
舞台は、斎場だったり、ロスアンジェルスだったり、イスタンブールだったり、メキシコシティだったり。
仕事をしているうちに逃してしまうものがいくつかある。婚期を思い浮かべる人もいるかもしれないが、この本に何度も形を変えて描かれるような、父や母と共に過ごす時間の終わりの描写に私は惹かれた。
自分もすっかり中年になり、両親もすっかり老人となり、それはいつか来る日だ。
私の娘時代の終焉は、感じるぐらい近づいてきている。それでもきっと、愛された思い出は消えないであろう。
だから、どんな風に見送るのか、その不在を受け入れるのか、ヒントをもらうような気持ちになった。

6つめの短編「皿の上の孤独」は、2つめの「月夜のアボカド」と薄く繋がっている物語だ。
「月夜のアボカド」はロスアンジェルスが舞台だったが、「皿の上の孤独」ではメキシコシティに至る。
部位は違うが、主人公と同じく、私もがん患者。私は恋人に支えられながら治療を受けているから、主人公の選ぶ道とは違うけれど、「命があるうちに」という感覚は、私の中にもある。
だから、主人公がわざわざ行ってみたバラガン邸がどんな建物か知りたくて、検索してみた。
あ、と声が出そうになった。
小説の中で「明るいイエローに満たされた」と表現される室内を見て、天井を改めて見上げた。
明るいイエロー。レモンより濃くて、ひまわりよりは明るい。山吹よりも黄色く、太陽の日差しのよりも優しい。
そのホテルをリノベーションした人は、きっとバラガン邸を意識したに違いない。
そう直感した。まるで、秘密を知ってしまったような、謎解きができてしまったような、そんなひそかな喜びを感じた。

再発を恐れながらも、どうにかこうにか、生き延びている。
今日を生きた。だから、明日も生きよう。
日々、そんなふうに思いながら。(p.202)

物語は、不意に現実と繋がることがある。
あの日、あの場所で読めたことが奇跡のような一冊だった。

2022.07.15

風の港

村山早紀 2022 徳間書店

翼に風を。
心の翼に、よき風を。
その風は、心をどこまでも遠く高く、羽ばたかせてくれるもの。

村山さんという作家さんは、飛行機や旅が好きな人だ。
猫が好きで、植物が好きな人だから、家を長く開けることはあまりされていないと思うのだが(ことに、この2年間はコロナの影響もある)、ふわりと身軽に旅に出る雰囲気を持っていらっしゃる。
その分、この2年間以上にもなってしまったコロナ生活の息苦しさを、空港の物語がふっと横穴を開けてくれるような、とりわけて愛しいものに感じた。
そう。それまでは、私も出張だ、旅行だと、空の旅を楽しみにしていた。
電車の旅も楽しいけれど、飛行機に乗ることは子どもの頃から、特別で。
だから、空港という場所も、アミューズメントパークに似た特別な感じが、今もする。

目を閉じれば浮かぶ、さまざまな空港の景色。
国内のものも、海外のものも。
中でも、一番の馴染みといえば地元の空港と言いたいところだが、最近、建て変わってしまって、お店も変わってしまって、ちょっと馴染みが薄くなってしまった。
それよりも、空港らしい空港として、私の中でどっしりと横たわっているイメージは、羽田空港のほうになるのかもしれない。ここも、長い年月の間に、いろんな変化があるのだけれど。

第1ターミナルと第2ターミナル、今日はどちらだっけ?
横浜に出るなら、リムジンのほうが早いし、楽だ。乗り換えも少ないし、迷子の危険性がとても少なくて済む。
都内に出るなら、モノレールで。できれば、大井競馬場で、馬の一頭も見ることができると嬉しい。
水面に浮かぶ、カモメたちやカモたちも見どころだ。
京急も便利だから、ホテルを選ぶ候補地が増えた。
行きはたいてい時間の余裕がないのだけれど、帰り道、余裕があったら、水上バスを使うのが好きだった。

そんな胸にいっぱいにつまった思いが、噴出してくるような気がした。
あの空港の、あの一角で、こんな素敵な魔法が起きていたら、とても素敵じゃないか。
こんな素敵な魔法の一つ、起きても不思議がない。それが空港という場所なのだ。
どんな魔法かと言えば、出会いの魔法。人と人とのささやかな出会い、すれ違いが、詰め込まれた、素敵な旅の一幕となっている。

今まで読んできた村山さんの本の中で、一番、大人向けだなぁと思った。
大人の女性たちに、まず、勧めたい。
というのも、当たり前のように恋愛して結婚して妊娠して出産して…というライフコースをたどる女性を否定しないけれども、そういうライフコースをたどっていない女性たちも否定しないところが、今回の一番の魅力のように感じたからだ。
それぞれの女性たちにそれぞれの生き方があって、いいも悪いもない。お互いに相手を少し気にすることはあっても、否定はしない。
どんな生き方を背負ってきたかなんて、誰にも見せないで、仕事をしたり、人生を頑張っている大人の女性たちを応援する本だ。

だからといって、女性だけが頑張っているわけではなくて、頑張っているのは男性も女性も同じ。
それどころか、どんな生き物だって生きていることを頑張っていることを、いつも視野に入れている人だ。
そういうところが、女性の世界に閉じずに、すべての人々、すべての生き物に開かれていた。
『風の港』というタイトルにふさわしい風通しのよさが、気持ちよかった。
ここは村山さんのバランス感覚の素晴らしさだと思う。

複数の登場人物たちの誰に気持ちを寄せるか、それは読み手それぞれだと思う。
一人、魔女が登場する。
映画「シェルタリング・スカイ」のなかで、旅行者travelerと観光者touristは違うという。後者は旅に出たときから家に帰ることを考えているが、前者は帰りを考えていないという。
人生そのものが、繰り返しのほとんどない、後戻りすることのない旅行、いや、彷徨であることを考えさせられた映画だった。
『風の港』の魔女の旅からの連想でこの映画を思い出したが、よくよく考えると、journeyという言葉のほうがむしろ似あう。
Journeymanといえば、徒弟制度で年季奉公を終え、給金をもらって働けるようになった職人のこと。 そうやって、諸国をめぐりながら糧を得る。
そういう生き方に、なんだか憧れを掻き立てられる。 それこそ、今の住所は「旅行中」なんて書きたくなる気持ちになることだって。

私は今、病気治療中で県外に出かけることを制限されている。
世界にはこの二年間、コロナという病気のせいで、移動をしばしば制限されてきた。
そこにロシアのウクライナ侵攻や、その他の平和を脅かす状況のせいで、渡航が難しい場所が増えている。
そんな様々なことが重なって、私の生活から空港は遠いものになり、時たま上空を通り過ぎていく飛行機が、一層、キラキラと輝いて見える。

だからこそ、この一冊の本の中に描かれた空港の景色と空気がとても楽しかった。
したい仕事をしていることとか。懐かしい友人と再会できることとか。心残りだったことが解けていくこととか。かつての自分がなにか誰かによいものを残していることがわかる瞬間とか。
登場人物たちに訪れる奇跡の一瞬に、胸が躍るような時間をもらった。
空港とホテルというのは、やっぱり大人の世界で。
すごく素敵で。
元気になったらどこかへ行こう。そう思った。

すずなちゃん、また空港で待ち合わせて、どこかに行こうよ。いつかまた会おうね。

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