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2019年8月

2019.08.30

天空のミラクル

村山早紀 2016 ポプラ文庫ピュアフル
ほんの少し、不思議な力を持つ少女。
きっと少女の頃は、こんな不思議な力に憧れるものなのだ。
その頃に読んでいたら、きっと主人公と同じように唇を噛み締めて、気持ちを抑え込むようにして耐え、勇気をふるって戦ったことだろう。
大人たちの言葉を自分に話しかける言葉のように、心に刻みながら。
今、大人になってこの物語と出会った私は、主人公を守る守護霊のように肩越しからはらはらと見守るようにして読んだ。
小さなお嬢さんたちが、それぞれの精一杯で戦っている時、大人がしてあげられることは少ない。
その戦いは肩代わりができないものだから、はらはらと心配し、無事と成功を祈るしかない。
作者が大好きだったという物語は、優しくてまっすぐで、間違いなく風早の物語。
このデパートって星野百貨店?などと驚いたり、にやにやとしたくなる。きっとここはあそこに繋がっていて…とか。
この世界は思いがけない不思議がいっぱいで、この町の人はなんとなく慣れているから大丈夫よ、と、さやかに声をかけたくなった。
大丈夫。いろんなものたちが守って、見守っているから、きっと悪いようにはならないから。
それこそが、大人である作者から世界の子ども達へのメッセージであるように思った。
子どもは世界を守るなら、大人は、心ある大人は、子どものこころを守るんである。

 

2019.08.20

イナンナの冥界下り

安田 登 2015 ミシマ社

漢字発生時の「心」の作用、すなわち「時間を知ること」と、そしてそれによって「未来を変える力のこと」(p.5)

イナンナの冥界下りに興味を持ったのは、M.マードック『ヒロインの旅:女性性から読み解く〈本当の自分〉と創造的な生き方』がきっかけだ。
イナンナがエレシュキガルに会い、Black Motherの顔を得ることが、女性の回復であり成長に不可欠であることを描く下りで、イナンナが登場するのだ。
女性の深い傷つきを語る上で、一度きちんと触れておきたいと思うようになった。

そのうち、この神話が能として演じられたことを知り、ますます興味が惹かれるようになった。
そして、手に取ったのこの本だ。

シュメールの神話は、ギリシャ神話のように物語(登場人物の感情や行動に因果がある)になっておらず、10代の頃にはよくわからないままだった。
それを、こころ=言葉以前の時代の名残として位置付ける解釈に納得した。作者は「あわいの時代」と表現する。
現代とはものの見方や価値観があったことを汲み取るように、最も古い時代の神話を読み解く過程は興味深い。

「死」こそが「心の時代」の最大の産物のひとつなのです。(p.85)

こころを表す言葉を発明してこころを獲得してから、人は過去と未来を認知し、後悔と不安を抱くようになった。
それは極めて男性的な(男性性的な、のほうがよいかな)時代である。
こころと言葉を扱う仕事に就く者としてスリリングで刺激的で、どう受け止めてよいのか。
私の冥界下りを思い出さねば。

これは本屋さんで買うべき本。
手触りの良い、素敵な本だ。

2019.08.10

死者の民主主義

畑中章宏 2019 トランスビュー

四方八方に論が展開していき、刺激的な読書となる。そんな本だ。
あとがきを読むと、どうやら、あちこちで書かれたものを集めたもののようである。
#NetGalleyで拝読したゲラは、第一章「死者の民主主義」と第二章「人はなぜ『怪』を見るのか」だけであるから、余計にこの論がどこに流れゆくのか、見えなかったというのもある。

登場する素材はさまざまで、ハロウィンもあれば、『この世界の片隅で』も出てくる。
『レディプライヤー1』もあれば『遠野物語』もある。
「現生に怨恨をのこす迷える怨霊」が集合性を帯び、個人から離れて公共化され、抽象化されたのが日本の妖怪であると、筆者は定義する。(p.40)

妖怪が存立する理由のなかには、腑に落ちない感情や、割り切れない想いを合理化する機能があった。(p.69)

SNSにおける炎上という現象が、新しい時代の民俗現象として位置付けらるところが、とても興味深かった。
筆者はAIが「やがて人間生活を脅かす妖怪になっていくかもしれない」(p.69)と指摘する。筆者はその兆候はまだ捉えられていないというが、SFのような創作の世界では、常にAIは妖怪になりうるものだった。たとえば、映画「ターミネーター」が教えてくれることである。「ブレードランナー」が教えてくれることである。当時はAIという呼び方ではなかったけれども。

著者は怪を映し鏡にして、微妙で絶妙な角度から現代を映し出そうとしているように見える。
それはSNSが発達して、新たな妖怪が発見されてにくくなった社会である。
それでいて、「東日本大震災以降の、気持ちの落ち着かなさやおさまりの悪さ、もやもやした感情」(p.103)が今も続いており、震災は終息も収束していないことを映していく。
もやもやを処理する機構としてかつて妖怪は優秀だった。妖怪がいなくなったら、そのもやもやはどうしたらよいのだろうか。

前後して読んだ本が、瀬川貴次『ばけもの好む中将8:恋する舞台』であったり、阿部智里『弥栄の烏』だったりして、私の中では死した者とのおつきあいが続いている感じだ。
おりしも8月であり、さまざまな残酷な事件が続いている年であるからなおさら、私自身も、このもやもやを感じている。

幸福なときも不幸なときも、「夢かもしれない」「悪夢のようだ」とつぶやきながら、日本人はずっと残酷な現実を生きてきたのだ。(p.118)

#死者の民主主義 #NetGalleyJP

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