トロイメライ
村山早紀・げみ 2019 立東舎
ページを開くと、文章の上下に挟むようにして、装飾が描かれている。
それが贅沢で、手にするだけでわくわくした。
装飾のデザインは物語ごとに違っていて、物語の世界を補強している。
『春の旅人』と並べて置きたい。
どちらも桜が満開の春を思わせる表紙であるが、どちらも切ないような苦しいような、ほろ苦いSFを表題作としている。
SFというのは、思考実験だ。
もしもこうなったら、どうなるだろう。
その仮定を繰り返しながら、なってほしくはない未来を想像させることで、少しでもよりよい未来を目指そうよと、囁きかける営みだ。
こんな未来でいいの? こんな風になってしまってもいいの?と、作者がすぐれた想像力で掴んだ予感を、それとなく教えてくれる。
戦争をする未来でいいの?
『トロイメライ』は今にも泣きだしそうな、暗くて悲しい予感に満ちている。
人がたやすく死ぬ世界で、なんとか心を保ってきた人々まで巻き込んで、心のよすがになっていた存在まで奪われる未来。
反対したら、どこかに連れていかれてしまうような社会。
おとなたちみんなが選んでしまった、その行く末。なにもしないこと、考えないことだって、選んだことには変わりがないのだもの。
本を読むにはぴったりの時機がある。
身が震えるような思いがした。今、このタイミングで、この物語。
ちょうどよいタイミングで、物語を読むことができるような、そういう配材がある気がする。
きっと、トロイメライという美しいメロディーが響く作品も、書かれた2007年の空気が閉じ込められているけれど、2019年に本になることがぴったりだったんだと思う。
どんな叫びも、物語として本に閉じ込められたら囁くことしかできないから、本というものは、その囁きに耳をひそめ、心に響かせることができる読み手との出会いを気長に待っているのだと思うのだ。
悲しいことや嫌なことが重なると、私もちょっとよれよれしちゃうけど。
よれよれしちゃうことが、少しずつ、増えてきているけれど。
子どもたちがこんな悲しくてもろい決断をしなくていいように、おとなは踏ん張らないといけないなぁ。
表題作以外の二つの短編も、それぞれ魅力的だった。
あったかくて、思わずとにっこりとするような、そんな魅力を持つ物語だ。
切なくても、ほろりとしても、にっこりとしていたくなるような。
げみさんの美しいイラストにも、何度も見とれた。
なかでも、p.73のイラストが好きで、そこだけ何度も見ちゃうから、早くも本に開き癖がついてしまった。
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