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2019.04.05

居るのはつらいよ:ケアとセラピーについての覚書

東畑開人 2019 医学書院

同業者の間で話題になっていた本だった。
自分より若い人が次々に専門書を書いていく。
そこに、少々の危機感や焦燥感を持ちながら、読み始めた。

私にデイケアの経験はないけれど、ここには、日常の臨床場面での風景がありありと描き出されていた。
臨床を知らない人に臨床がどのような営みであるかを伝えようとするとき、筆者が書いている通り、「論文の硬い言葉たちでは掬い取ることができなかった」(p.344)ことがある。
公立や合理性では割り切れないところにある、こういうもろくてあわくてやわからかくて曖昧なものを、壊れないように守る保護膜として、私は機能している。

心とはそもそも有象無象が跋扈するような混沌に居心地よさを感じるような、そういうものなんだと思う。
整理整頓された清潔な環境でしか生きられないようになると、強迫症状のような生きることの難しさを呈してしまうものだもの。
数式のように割り切った因果関係に落とし込めないような、変数が数多くある複雑な世界で生きるようにできているものなのだもの。
直線的な言葉では言い表しづらいことを描きだすために、この本はいくつものしかけを用意してある。
その思い切ったデザインや作りの結果、とても愛らしい外見に仕上がっており、学術書らしくないところがいい。

サブタイトルにあるケアとセラピーは、「いる」と「する」に呼応している。

ケアの基本は痛みを取り除いたり、やわらげたりすることだと思うのだけど、セラピーでは傷つきや困難に向き合うことが価値を持つ。痛みと向き合う。しっかり悩み、しっかり落ち込む。そういう一見ネガティブに見える体験が、人の心の成長や成熟につながるからだ。(p.176)

ケアとセラピーの配合は、それぞれの心理士によっても、場面によっても、ケースによっても変わってくるものだ。
私なら支持と介入を対峙させて自分自身の臨床を省みるし、ケアとセラピーに含まれるものや語の位置づけは少し違和感があったけれども、大きくわけてふたつの要素があること、それらの混在によって心理的な援助が成り立つことはまったくその通りだと思う。

なにより、心理援助職が優しいとは限らないことをさらりと書いているところに、にやにやとした。

「カウンセラー」という言葉には、優しいイメージがあるかもしれないけれども、僕らは安定や平和だけを大事にしているわけではない。それが貴重なものであることに異論はないけれども、時々平和が失われて、つらい思いをすることや葛藤することもまた、心にとっては重要であると考えている。(p.176)

この本は、デイケアを題材としているけれども、「する」に駆逐される「いる」の価値という意味では、とても普遍的な読み方ができる。

全部自分でやろうとしないで、人にやってもらう。お互いにそういうふうにしていると、「いる」が可能になる。「いる」とはお世話をしてもらうことに慣れることなのだ。(p.209)

たとえば、パートナーシップの問題を抱えやすい人の中に、じっとしていることに耐えられない人たちがいる。
付き合う前から付き合い初めの頃のワクワクドキドキで盛り上がった時から、穏やかに落ち着いた関係にシフトすることが苦手な人たちだ。
イベントごとなど、何かをしていないと安心できない。一緒にすることがなければ、一緒にいる意味がないと飛躍しやすい。
あるいは、相手のためになにかすることがないと、一緒にいてもらえないだとか、一緒にいる意味がないとか考えてしまう。
もしくは、相手が何かをしてくれることで、一緒にいていいと安心したり、一緒にいたいと相手も思ってくれていると確認したりするのだ。
相手の役に立たなければならない、必要とされなくてはならないという考え方は、「いる」ことが苦手な人の特徴だろう。
ところが、毎日まいにち、なにかイベントごとがあるわけではないので、何もすることがない日常に、焦ったり、落ち込んだり、不安になったり、じたばたとしてしまう。
そういう人たちの理解にも、この本は役立つだろう。

ケアすることでケアされる。ケアされることでケアする。それらは複雑に絡まり合った投影によって可能になるというのが「傷ついた治療者」という考え方なのだ。(p.214)

専門家が有償で差し出すサービスでさえ、このような双方向性を有しているのであるから、対等なパートナーシップあれば尚更、双方向性は意識したほうがよいと思われる。
相手をいたわりあうこと。
いたわりや気遣いを搾取するのではなく。

何もしなくていい。
ただ、いる、だけ。
ただそこに、共にいる、だけ。
相手の「いる」を守ること。自分の「いる」を守ること。
そこに価値があることを思い出す必要がある。

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