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2018.08.03

おともだち たべちゃった

ハイディ・マッキノン 2018 潮出版社

恐ろしい外見なのに、うじうじとしているモンスター。
彼はお友達を食べてしまい、ひとりぼっちになったモンスターだ。
そして、新しいお友達になってくれるひとを探している。

とてもシンプルな物語であるからこそ、いくつもの解釈が成り立つ。
読み聞かせる大人が解釈を付け加えると途端につまらなくなりそうだ。
もやもやとした余韻が、考えさせられるところが、すごくいいと思った。

ユーモラスな絵柄に反して、少し後味が悪いところがいい。
「たべちゃった」というとぎょっとするが、「きずつけた」と置き換えれば、この主人公のような後悔の念は、大多数の大人は体験したことがあるのではないだろうか。
だからハッピーエンドを期待するのであるが、だからラストにたじろぎ、この物語には救いがない、終わりがない物語だと感じるだろう。

言い換えれば、この物語は成長譚ではない。因果応報譚と考える。
これをやすやすとお友達ができてめでたしめでたしにしてしまうと、冒頭で主人公が「おともだち たべちゃった」という罪を無かったことにしてしまう。
だから、主人公は報いを受けなければならない。
しかし、読み手は、主人公を弾劾しながら読むのではなく、主人公の後悔に共感しなかがら読むので、許されなかったことに後味の悪さを感じるのだと理解できる。

このような読みをすると、これは救われてはいけない物語である。
世の中には取り返しがつかないこともあるのよ。お友達を大事にしましょうね、なんて言葉を付け加えてしまうと、途端にチープになる気がして面白くない。
そう感じたので、もう一つの自分の考えたことを言葉にしようと思う。

最後のモンスターの背中を見ると、このモンスターは主人公と同じ後悔を抱え、同じようにさまようことが予測される。
「おともだち たべちゃった」という行為を繰り返すということは、これは実は主人公自身ではないだろうか、と想像した。
なぜ、かれがモンスターになったのか。それは「おともだち たべちゃった」からではないかと考えてみよう。

かれのもともとの姿はすでに失われており、モンスターとなり果ててしまった。
かれの飢えや渇きは止まらない。大事なものを食べてしまい、ひとつの存在になったが、心は満たされることがなかったからだ。
かれは同じ過ちを繰り返す。差し出された手をつかみ、他者を取り入れ、同一化してしまう。同一化して他者がいなくなれば、残るのは孤独だけである。
かれは自分の姿かたちをうしなって飲み込んだひとの姿になったのかもしれないと、私は連想したのだ。

さらに、もう一つの解釈の可能性を考えることができる。
それは、かれが「おともだち」のなにを「たべちゃったの」のか?という問いから発する。
このレビューの中で、最初に挙げた解釈は、主人公がおともだちに食べられてしまう物語通りの理解。
ふたつめの解釈は、主人公が新しいおともだちも食べてしまったのではないかという可能性。
みっつめの解釈は、新しいおともだちが主人公の心だけを食べた=もらった可能性だ。
いいやつだったのに、いいやつだったから、彼の孤独、後悔、衝動性をもらって、去って行く。

このような対人関係の間違いを繰り返す人は多い。
相手と一体化したいという願望の強さは、幼児的なファンタジーである。
母子一体となったハッピーな時代の記憶の余韻が、他者にも同じような一体化をなすように要請する。
離れると怖い、離れていくことだ不安だ。そんな気持ちを持ちやすい人は、ますます相手にしがみつこうとして、相手が離れていくことを繰り返しやすい。
自分で抱えられない不安を投げ入れられた人は、その浮き沈みの激しい感情に耐えさせられることに疲れてしまうからだ。
いつも同じ対人関係を繰り返す人は、主人公と同じモンスターになってはいないだろうか。
こうして考えると、これは衝動制御の物語や摂食障害の物語、対人関係を維持することが難しい人格の偏りの問題を抱えている人の物語として読むことが可能になる。

おともだちになることよりも、おともだちでい続けることのほうがずっとずっと難しいのだ。
子どもはこのモンスターと出会い、一緒に友達を探し、最後はまた人に戻ってきてほしい。

 *****

#NetGalleryJPより。

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