官能と少女
宮木あや子 2016 ハヤカワ文庫
一癖ある恋愛短編集。
どこか胸の奥に刺さるような、胃の腑がつかまれるような、そんな苦い痛みを持つ短編ばかり。
恋愛やエロティシズムに釣られて読み始めると、その欲望に傷つけられた者の痛みを見せ付けられる。
愛しい手は私から何もかも奪い去った手である。私を根底から傷つけたその手を、愛しいと思うしか、生き延びる術がなかった。
そうすることしかできなかった悲しみが、不思議な透明感を持って描かれている。
これは、少女たちの物語。官能と女性、ではない。少女というところが心憎いタイトルだ。
この傷つきを幻想的だと感じる人は幸いだ。作り物だと思える人は幸いだ。
恋愛という甘ったるくて見せ掛けだけの能天気で夢見がちな理想論は、ここにはない。
可哀想と嘆く同情や、そんな関わりは許されるべきではないと否定する良識に、簡単に押し殺されてしまうほど、こういう傷つきは隠されやすい。
世の中に、性暴力や性虐待は、実に多い。加害者に暴力や虐待の意識がなくとも、身にも心にも大きな傷を抱えながら生きている人は多い。
明確な暴力の既往があるわけではないので表に現れることはないが、普通の性を送れない生きづらさを抱えている人となると、いかほどばかりか。
LGBTとは違う次元で、性の苦しみと悲しみと痛みを、一見はエロティックに描いて見せたところが作者の手腕に思う。
宮木さんの短編集は、一冊の中でどこかとどこかが繋がっているところが好きだ。
この物語も、ゆるやかな円環を描く構造になっている。
どこがどう繋がっているかは、読んでからのお楽しみ、のほうがいいかな。
この本、宮木さんの本だからと買ってみたら、読んだことのある本だった。
タイトルをまったく憶えていなかったので、見覚えのある文章に立ち読みでもしたのだろうか?といぶかしんだが、最後まで読んだことのある本だった。
私の記憶力って。
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» 『官能と少女』/宮木あや子 ○ [蒼のほとりで書に溺れ。]
これはまた・・・。
たまたま、図書館の予約本を受け取りに行ったら、2冊とも宮木あや子さんの作品だったんですが、ホントに全然違いますなぁ。
『官能と少女』というタイトル通り、未成熟な少女(或いは成熟しない女性)の官能の物語。ただしその官能は、無理やり彼女らに沁み込まされたもののように感じました。
美しい物語では、ないです。彼女たちは、類稀な美しい容姿をしているのだけれど。... [続きを読む]
香桑さん、こちらにも失礼いたします(^^;)。
「これは愛」と信じるしか、生き延びるすべがなかった〈少女〉たちの痛ましさが、本当にたまらない作品でした。
これを「作り事」と思う人も、いるんでしょうね・・・。
現実は、もっと過酷で隠されている事態もあるでしょう。
そういったことも含め、物語として完成させられる宮木さんの凄みを見たと思いました。
読んだことあるあると思いつつ、最後まで読めるというのも、宮木さんの筆力ですよね、きっと(^^)。
投稿: 水無月・R | 2017.05.12 19:45
水無月・Rさん、こんにちは。
R-18文学賞受賞作家というのを逆手に取ったような作品でしたねぇ。
エロを期待して読んだ人に、そのエロで傷つけられてきた者もいるんだけど?と突き返すような感じがして、ニヤリとしちゃいました。
読み終えてから、最後まで読んでた。。。あれー?ってなってました。
元気系ではない宮木作品は、もしかしたら読み手が時を重ねるほど、読みごたえが出てくるスルメのような魅力があるのかも、です。
投稿: 香桑@室長 | 2017.05.13 11:39