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香桑の近況

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2017年1月

2017.01.21

コンビニ人間

村田沙耶香 2016 文藝春秋

胸が痛かった。
なんでこんなにばかにされないといけないのだろう。
なんでこんなに否定されないといけないのだろう。
なんでこんなに拒絶されないといけないのだろう。
なんで。なんで。なんで。

主人公の古倉さんははすごいじゃないか。
18年間、続けて勤務できていることってすごいじゃないか。
きっと休むこととてほとんどなく、黙々と淡々と働き続けることができる。
この人の精一杯の社会適応だと思うのだ。
それを、恋愛していないとか、結婚していないとか、出産していないとか、正社員じゃないとか、そんなことで、なんでこんなに責められないといけないのだろう。
そんなに「みんなと同じ」じゃないと許せないのか、と、問うている小説なのだと思う。

私のささやかな知見と照らし合わせて読めば、発達の偏りを持つ人たちの世界の感じ方を、よく表していると驚嘆した。
そうなのだ。こういう戸惑いや、こんなことが実際にあることを、私は見聞きしている。
古倉さんは、視覚情報よりも聴覚情報が優位で、聴覚の過敏さがあるのだろう。
いつも同じであることがその人の安心感に繋がっており、応用は苦手であるが、同じことをこつこつと繰り返すことはとても得意な人。
言葉を言葉通りに受け止めるため、ユーモアや冗談をうまく理解できなかったり、感情の交流がやや苦手だったり。
そういうアスペルガーなど、発達障害にありがちな世界の体験様式を擬似的に体験させてくれるすごい本じゃないかと思ったのだ。

さまざまな理由でなかなか就労が難しい人たちとお会いしてきた。
定型発達じゃないと、人でないかのような言い方を、なんの気なしにしてしまう人がいる。
しかし、ハンディキャップを持っている人たちを思い出すと、主人公の彼女がこんなにも働けていることがすごいよって、言いたくてたまらなくなった。
すごい、えらい、よくやっていると、手放して褒めちぎりたくなるのだ。
だから、どうか、よってたかって、そんな風に責めないでほしいと、つらくなった。

これって治るものじゃないんだよ。治すものじゃないんだよ。
人とは発達の進み具合が違ったり、発達の具合にでこぼこあったりするけれど、古倉さんは古倉さんのペースで発達していくんだよ。
人が得意なことが苦手だったり、人が苦手なことが得意だったり、誰しもでこぼこしているものだけど、そのでこぼこが大きめなのが、古倉さんの特徴なんだよ。
「治せ」という言葉で、その人らしさを否定や拒絶しないでほしいよって悲しくなった。

とはいえ、古倉さんを一番口悪しく責める白羽だって、たいがい生きづらい人物である。
口では大層なことを言うが、行動が伴わない。プライドだけは高いくせに。
できないこと、していないことが多すぎて、そこを批判されると独自路線な論を展開し、ますます周囲から拒絶され、孤立と無力に傷つきそうになると更に自己愛を肥大させることで傷つきをなんとか無視しようとする。
白羽の言葉はその他大勢の意見を悪し様な言葉で代弁したりしているから、彼をあざ笑う人は、彼に意地悪を代行させながら自分の本音は隠していい人ぶれる一石二鳥を得る。
不器用というか、奇矯というか、愛されないだろうなぁ。発達の問題もありそうだけど、人格の問題になるのかなぁ。
なかなか気の毒に思ってもらえないことで、生きづらさが報われにくくて、ますますこじれていきそうな人物だ。

それでも、白羽のほうが上手に普通の人のふりができるのだから、世界はとても不公平だ。
人間はみんな一緒だという幻想に固執している大きな一群があるが、いろんな生き方があっていいだろうに。
誰に迷惑をかけるわけでもなし、古倉さんなんて彼女の生き方でもって、お客さんの役に立ち、職場に貢献することもできているのに。
この社会はたやすく人を排除する。

古倉さんの感覚や思考に、共感できない人もいれば、否定したい人もいるだろう。
共感する人と、受容する人も違うように、いろいろな読み方、受け止め方があるのは当たり前だ。
当たり前だが、共感できなかった人にこそ、読んでもらいたい一冊なのだ。
こういう内的世界を抱えている人、こういう世界の感じ方をしている人がいるんだよ、ってこと。

私は出産も結婚もしておらず、常勤ではあるが正社員という括りではない職種であるから、あちらとこちらの区別の線引きには敏感である。
仕事という場を得て、やっと一息つけるようになったんだもの。職業アイデンティティが私を支えてくれている。
それでも、不幸じゃないのにね。

ギケイキ:千年の流転

町田 康 2016 河出書房新社

一行目。
きょとんとして、それから爆笑した。
ああそうか。ギケイキって義経記かと、これまた何テンポか遅れて、実感が沸いた。
もう一度、一行目を読み直して、やっぱり笑った。

義経をはじめ、どいつもこいつも、あかんやつや……と苦笑しながら読んだ。
方言に馴染めなかったり、むさくるしさにうんざりしたり。
なにかというと菊門の話になるし、ややこしくなるとすぐに殺しちゃうし。
義経は血筋がよく、顔かたちもよく、おしゃれで、すぐれた能力がある。
主人公の万能感や自己愛、独特の美学と暴力的な衝動は、パンクが似合う。
思春期で反抗期で、自分というものをこれぞとばかりに声高に叫びたいお年頃。
どうしようもなく自惚れて見える義経が、時折、兄頼朝に思いを馳せる。
それがたまらなく、せつないのだ。それが、この本の魅力だと思う。

義経の目線は、千年前の当時と、当時から千年経った現在を自在に流転する。
まるで当時の義経を再現するように語られていくかと思えば、「まあ、僕はもう死んでるんですけどね」という具合に、物語に寄り添おうとしていた読者を突き放し、現在に立ち戻させる。
この時間感覚と距離感は、今までなかなか味わったことがなかった。
個性的な語り口に、合う合わないはあると思うけど、いろんな意味で意表をつかれた。

一行目、忘れられんな……。

2017.01.17

地震イツモノート:キモチの防災マニュアル

地震イツモプロジェクト(編) 2010 ポプラ文庫

あれから、22年。
この本は、あれから15年後に書かれている。
阪神淡路大震災。

あの日あの朝を忘れたい人もいると思う。
忘れたい人は、忘れていない人だと思う。
この日にこの記事を挙げることは、忘れたい人に対して配慮のない行動である。
しかし、私もまた忘れてないよと、言いたいのだ。

その後も大きな地震は何度も日本を襲っている。世界を襲っている。
重力の鎖に縛られて、大地から離れることができない以上、人は地震から完全に逃げることはできない。
ならば、いつかそのうち、自分だって地震にあっちゃうかもしれない、と思っておくほうがいい。
常日頃から防災の意識と行動を取り入れる、準備を怠らないヒントを提示するために書かれた本である。

寄藤文平さんのイラストが好きなことと、東日本大震災以降ずっと行きつけの本屋さんの平台に置いてあって気になったことで、買ってみた一冊。
170数ページの、ややうすめの文庫本。イラストもいっぱい。
文章は少なめ。図解の文字は小さめ。いや、文字はかなり小さめ。
情報はぎゅっと詰まっている。知恵や体験がいっぱい詰め込まれている。
あの日のあの時のことでぎゅうぎゅうだ。
記憶は風化するけれども、記憶した人もやがて減っていくけれども、こうして本は、未来に届けることができる。
憶えているからこそ、日常の教育、日常の風景に、防災を取り入れられる工夫まで提案できる。
それが、地震イツモの心だ。

いつも目に付くような場所において、ぱらぱらと見ておこう。
地震ってどんな体験なのか。その後の日々をどのように切り抜けるのか。
これらの知恵は役に立つ。
こんなことが起きるんだ。こんな思いをした人はほかにもいたんだ。
これらの経験は役に立つ。
役に立たないほうがいいんだけども、知っておくと役に立つ。きっと。
自分に役に立たなかったとしても、きっと誰かの役に立つ。

2017.01.14

大津中2いじめ自殺:学校はなぜ目を背けたのか 

共同通信大阪社会部 2013 PHP新書

読めば読むほど、腹が立って仕方なかった。
はらわたが煮えくり返るというか。
怒髪天を突くというか。
自分の中で、怒りがぐわぁっとこみ上げてくる。
読書でここまで腹が立つことって滅多にない。

いじめを苦にして自殺する子どものニュースは毎年のように報道される。
その中で、この件が特に記憶に残っているのは、ネットでの過激な反応と攻撃性の発露による。
匿名性を隠れ蓑にした個人がいじめ加害者と目される人物とその家族や学校関係者の個人情報の暴露が行い、それが無関係の別人にも及んだ。
鵜呑みにしたのか便乗したのか、教育長まで傷害事件の被害にあう。
単なる傍観者に過ぎないはずの第三者が、積極的に迫害者へと転じていった現象は、私は忘れられない。

その顛末もであるが、そもそも学校で何が起き、どうしてこうなったのか。
もう一度、全体を整理して見直したいと思い、購入したわけであるが、どこをどうとっても腹立たしく、やりきれない思いになる。
本書は直接的ないじめ加害者の分析ではなく、被害者が自殺にいたるまでに起きた学校での出来事や様子と、その後の学校の対応についての取材である。
これは意味が大きい。いじめは、数多くの傍観者によってエスカレートするが、この件では教職員が最大の傍観者となってしまった。
ひとつひとつが後手に回っていくもどかしさ。ここで誰かが気づいていれば。ここで誰かが声をかけていれば。ここで誰かが他の生徒に指導していれば。
ここで誰かが、この子を学校から避難させてあげることができれば。
誰も止めることがないまま心理的・身体的な暴力がエスカレートしていく過程は、結果が自殺と他殺の違いはあれど、川崎の中学生が殺害された事件と重なって見える。

大人は問題にしたくない時、平気で問題ないことにしてしまう。問題はなかったのが対策はないし、責任もない。そういう思考行動パターンをお役所仕事と呼ぶのではなかろうか。
担任の対応が不十分だったとしても、その人は異動したてであったという。新しい職場にすみやかに馴染めるかどうかは、人にもよるし、環境にもよる。その人が馴染むまで、十分なフォローを受けられなかったであろうことは、労働者として気の毒であったとは思う。
しかし、一番気の毒であったのは、亡くなった子である。そこを見失ってはならない。
そこを見失うから、その後の管理職らの対応がお粗末なものに「なれる」のだと思う。
保身や否認という態度は、自分のほうが可哀想という気持に裏打ちされていると考えるからである。

管理職を始めとする教員達が保身優先になったのは、ありがちであるとは思うし、その時の社会的な反響の大きさに対してますます防衛的になってしまったのかもしれない。
かといって肯定も受容も承認もできないが、ことに残念であったのはスクールカウンセラーの果たしてしまった役割である。

スクールカウンセラーは一般的にどのように考えられているかは横に置き、多くは週に1-2回、4-8時間程度の勤務であり、生徒や保護者との個別の面接や心理査定よりは、コンサルテーションを主として働かざるをえない職である。
相談室として個室をわりあてられているが、この時のスクールカウンセラーが職員室に机もあるというのが、よくあるパターンだと思う。
非常勤であるスクールカウンセラーは、まず教職員と日常的に交流をとることで教職員との信頼関係を築かなければならない。
教職員との交流を密にしないことには情報をもらいそこねることもあるし、まるで日常会話の一部のような肩肘をはらない形でのささやかな助言としてのコンサルテーションの積み重ねが、よく機能するスクールカウンセラーに必要なのだと思うのだが。
思うのだが、しかし。
確かに学校での滞在時間も短く、アクセス可能な情報には限りがあるとしても、もう少し生徒と関わることができていれば、自殺の原因は家庭であると、学校に保身の口実を与えずにすんだのではないかと残念に思う。
と同時に、これがスクールカウンセラーとして学校に入っていく心理士達にとって、大きな警句になると思うのだ。
誰のために、どんな仕事をするのか、自分なりに職務を見直してもらいたいと心から思った。

いじめはなくならないかもしれない。なくすことはありえないことかもしれない。
だとしたら尚更、いじめが発生した時の対応や工夫を磨くことが必要である。
なかったことにするのではなく。
その人の死から最大限に学びを得て、その死を無駄にしないことだけが、生きているものにできることなのだから、本書を読めてよかったと思う。

2017.01.10

最貧困女子

鈴木大介 2014 幻冬舎新書

女性の貧困を言われるようになったのは数年前。
くしくも、著者がとりあげたNHKの特集を私も見ていた。
その後、貧困女子という言葉でメディアやネットで取り上げられる人たちが貧困ではないと言わないが、どこか軽い。
そんなもんじゃないよ、という最貧困を見えるようにしようとしたのが、この本である。

相対的貧困層ではなく、絶対的な貧困層。
貧乏ではなく貧困。その区別に、なるほどと思った。
著者は伝え方の難しさを自覚している人で、貧困女子高生の報道に対して、著者は未成年をありのままに報道しすぎることへの批判を行っている(http://diamond.jp/articles/-/104452)。
そんな著者の文章は、取材対象者に対して、真剣に胸を痛めていることが伝わってくる
見下すわけではない。哀れみは、見下しの変形だ。面白がるのでもない。
誰か一人でなんとかできるわけではないけれども、まずはこんな人たちがいるのだと見えるようにしようと言葉を尽くす。
そんな姿勢で綴られている文章に感じた。

実際に、経済的な困難を抱えている女性達、それもかなり若い女性達にお会いすることが私は多い。
虐待や育児放棄、親の不在、前の世代からの貧困といった背景があってもなくても、教育の配慮を受けられずに来て、医療にも福祉にもなかなかつながりにくい人たち。出会っても途切れてしまう人たち。
セックスワークとの親和性が本書でもしばしば取り上げられているけれども、それしかできない、かろうじてそれならできる、で、生き延びている人たちがいるのだ。
私が知っている彼女達をどんな風に紹介されているのだろうと思って、手に取った。
こんな風に紹介してくださっていて、周知しようとしてくれている人がいるんだと知ることができてよかった。

努力がたりないとか、本人の選んだことだとか、そんな言葉で思考停止せずに、彼女達の苦境を考えてほしい。
彼女達を見捨てていませんか。買う側に回っていませんか。より傷つけてはいませんか。
違法なことをしているとか、だからだめだとか、そんな建前論はなんの役にも立たない。
この国は少子化対策が必要だと言いながら、子どもを産む女性しか政策の対象にしていないけども、制度からこぼれ落ちている存在がある。
ないのと、なかったことにするのは、意味が違うのだ。

著者は取材を通じて得られた知見からケースの類型化を図っている。
「3つの無縁」と「3つの障害」に関わる社会学や福祉の専門家にはこれを活かしてもらいたい。
この国では、売春は法律で禁じられているから、ないことになっている。
売春はないことになっているので、売春婦もいないことになっている。
ないこと、いないことには、対策もしなくていいことになっている。
だから、こんな生き方しかできない存在があるのだと、周知するところから始めないといけない。
専門家ではないと何度も著者は断りを入れることで、専門家への喚起を促しているように見えた。

明日はわが身なのだ。
あなたの母親や妻や娘や姉妹や姪の学生時代のアルバイトや卒業後の生計を立てる手段として、風俗や売春は適切なのか。万全を尽くして子育てをしているつもりが、その子どもが家出をして、その後の人生がこの状態だったとしたら。
あなたの父親や夫や息子や兄弟や甥が買う側に回ることを想定して生活しているだろうか。あるいは、男性もまた売る側に回されることがある。
平気だって人もいるだろうけど、それでも、考えてほしい。どこでどう転じるか、わからないではないか。
どれだけリスクが高いのか。それでも、そうとしか食べる方法がないってこと。これを普通のことだとしてしまいたくない。
私のできることもまたささやかだけども、彼女達を知ってほしいと思って、記事を書いておく。

2017.01.07

国芳猫草紙:おひなとおこま

森川楓子 2016 宝島社文庫

今年初めての読書は、タイトル買いした一冊。
国芳といえば、ユーモラスでかわいい猫達。
これはきっと愛らしいと思い、手にとってみた。
初読みの作家さんである。

鰹節問屋の又旅屋の娘のおひなが、絵を習いに通うのが歌川国芳の家。
国芳の家には、兄弟子達が数人おり、更に多数の猫達が暮らしている。
器量よしで賢いおこまという白猫の冒険を、おこまの猫目線で語るのと同時に、おひなの人間目線でも語っていく。
その冒険がなかなかのもので、名家のお家騒動にも関わってくるのだ。
猫達がわいわいと出てくるおかげか、その事件のあらましにも関わらず、全体として可愛らしい感じがした。

河鍋暁斎が歌川国芳に指示していたことなど、歴史的な事実も踏まえてある。
後書きによると、国芳の猫を主人公とした草紙があって、それを下敷きにしているそうだ。
『朧月猫草紙』というその物語を、翻案しつつ、膨らませたものが、この物語だ。
『朧月猫草紙』の現代訳もあるそうで、機会があれば読みくらべてみたいものだ。
著者の猫への愛情、原作への愛情が感じられた。

2017.01.04

2016年の読書

<1月>
豊島ミホ 2007 神田川デイズ 角川書店

<2月>
村田喜代子 2016 ゆうじょこう 新潮文庫
雪村花菜 2016 紅霞後宮物語 第三幕 富士見L文庫

<3月>
阿部智里 2015 烏に単は似合わない 文春文庫
阿部智里 2015 烏は主を選ばない 文春文庫
一石月下 2015 貸出禁止のたまゆら図書館 富士見L文庫

<4月>
小野不由美 2015 鬼談百景 角川文庫
雪乃紗衣 2016 彩雲国秘抄(上・下) 角川文庫
乾石智子 2014 夜の写本師 創元推理文庫
乾石智子 2014 魔道師の月 創元推理文庫
乾石智子 2014 太陽の石 創元推理文庫
村山早紀 2015 コンビニたそがれ堂:神無月のころ ポプラ文庫ピュアフル

<5月>

<6月>
山口 晃 2012 ヘンな日本美術史 祥伝社

<7月>
ピエール・ルメートル 2015 悲しみのイレーヌ 文春文庫
乾石智子 2016 オーリエラントの魔術師たち 創元推理文庫
髙田 郁 2016 あきない世傳 金と銀 源流篇 時代小説文庫
津守時生 2009 やさしい竜の殺し方 memorial 角川ビーンズ文庫

<8月>
佐藤さくら 2016 魔導の系譜 創元推理文庫
雪村花菜 2016 紅霞後宮物語 第四幕 富士見L文庫
坂井希久子 2016 ほかほか蕗ご飯:居酒屋ぜんや 時代小説文庫
有川 浩 2016 アンマーとぼくら 講談社

<9月>
堀川アサコ 2015 ゆかし妖し 新潮文庫
蝉川夏哉 2016 異世界居酒屋「のぶ」 宝島社文庫
髙田 郁 2016 あきない世傳 金と銀2 早瀬篇 時代小説文庫
堀井雄二 2016 30thアニバーサリードラゴンクエスト名言集 死んでしまうとはなにごとだ! SE-MOOK
土橋章宏 2015 超高速!参勤交代 講談社文庫
雪村花菜 2016 紅霞後宮物語 第零幕 1.伝説のはじまり 富士見L文庫
土橋章宏 2016 超高速!参勤交代リターンズ 講談社文庫

<10月>
C.S.ルイス 2016 魔術師のおい ナルニア国物語1 光文社古典新訳文庫
M.ラッキー 2016 魔法使いの塔(上・下) ヴァルデマールの嵐3 創元推理文庫
白川美也子 2016 赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア:自分を愛する力を取り戻す「心理教育」の本 アスク・ヒューマン・ケア
難波寿和 2016 発達障害サバイバルブック:発達障害者&支援者として伝えたいこと 学苑社
日本アンガーマネジメント協会(監修) 2016 子どもと関わる人のためのアンガーマネジメント 合同出版

<11月>
梨木香歩 2012 f植物園の巣穴 朝日文庫
村山早紀 2016 桜風堂ものがたり PHP
清水 潔 2016 殺人犯はそこにいる 新潮文庫
清水 潔 2004 桶川ストーカー殺人事件:遺言 新潮文庫

<12月>
村山早紀 2016 コンビニたそがれ堂:祝福の庭 ポプラ文庫ピュアフル
津守時生 2013 三千世界の烏を殺し(17) ウィングス文庫
津守時生 2014 三千世界の烏を殺し(18) ウィングス文庫
津守時生 2015 三千世界の烏を殺し(19) ウィングス文庫
津守時生 2016 三千世界の烏を殺し(20) ウィングス文庫
中山可穂 2015 男役 角川書店
近藤文恵 2010 サクリファイス 新潮文庫
村山早紀 2012 花咲家の人々 徳間文庫
中山可穂 2016 娘役 角川書店
町田 康 2016 ギケイキ:千年の流転 河出書房新社
清水 潔 2016 「南京事件」を調査せよ 文藝春秋
乾石智子 2016 紐結びの魔道師 創元推理文庫
蝉川夏哉 2016 異世界居酒屋「のぶ」二杯目 宝島社文庫

2016年の読書は合計50冊。
佐藤さくらさんの『魔導の系譜』を紹介したくて、ブログを再開できたようなもんです。
村山早紀さんの『桜風堂ものがたり』や文庫Xなど、収穫の多い後半でした。
読みたい気持ちが先行しすぎてレビューが間に合いませんが、すべてを文章にしようとせずに、読みたいだけ読んで、書きたいだけ書きながら、細々と続けていけたらいいな。

本を好きな人が、好きな本を、好きなだけ、読んでいける平和を祈りながら。
書く人もまた、書きたいことを、書きたいだけ、言葉につづる自由を祈りながら。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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