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香桑の近況

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2016年8月

2016.08.31

ほかほか蕗ご飯:居酒屋ぜんや

坂井希久子 2016 時代小説文庫

おいしいご飯につられて手に取った。
本屋さんで、作者のサイン本を見つけたのもなにかのご縁。
時代小説で、料理人が出てきて、というのも、みおつくし料理帖以降、定番になってきたようだ。

ウグイスの飼育で糊口をしのぐ、武家の次男坊の主人公。
父や兄の堅物ぶりを息苦しく思い、主人公にウグイスを託す大店の主人達に可愛がられながら、おいしいご飯に舌鼓を打つ。
憎めない登場人物たちが入れ替わり立ち代り、居酒屋ぜんやの暖簾をくぐり、菩薩のごとき笑顔のお妙に愚痴をこぼす。

細かいところにはつっこまずに、雰囲気で読むのがよいようだ。
素材を見ながら料理を考える。相手の喜ぶ顔を思う。
そんな楽しみに似ているような読み心地。

この人もデビューしたてのようだから、続きを読ませて欲しいなぁ、がんばってほしいなぁ。

紅霞後宮物語 第四幕

雪村花菜 2016 富士見L文庫

4巻になり、なにやらここで一くくりだろうか。
明慧の死を招いた前巻の出来事を引き継いで、真相により迫ろうとする。主人公の小玉は相変わらず豪快であるし、テンポのよい会話にそれほどひきずられずに、物語はちゃんと進んでいく。
このあたりのバランスが程よいので、このシリーズは非常に読みやすい。
思わずくすりと笑ってしまうようなポイントは随所にあるが、話の筋は軽くない。
文林&小玉がどんな一派と相対してきたのかが、明らかになっていく物語だからだ。

政治が過ちを犯す時、独裁者の中ではなく市井の普通の人たちの無責任さの中に悪はあるのだと思う。
だから、悪の凡庸さというか、凡庸な人の中に悪を見出した時にぞっとする小玉の感性は正しい。
気づいた上で、自分自身を特別なところに棚上げしないで、しっかりと見つめて背負おうとするのは、本当にえらい。
現実において、なかなかできない姿勢であるように思うのだ。

出番の少ない文林であるが、現実的で計算高いのは悪いことではないと思っているので、今回のあれこれも、特に私の中で株を下げることにはならなかった。
むしろ、小玉不在だからこそぽろぽろと出てくる文林の素の驚き顔や本音のあたりが、かわいらしい。
もう少し、夫婦仲もなんとかなればいいのになぁ、と思うけど。
作者さんがどんな風にしていくのかを楽しみにしておこう。

ちょっぴり、失礼なことを書く。
その敵が、その敵への怖さが、小玉の感じている怖さが、なんだか物足りなかったのだ。
敵の狂気というものが、まだまだ手ぬるい、と思ってしまったのである。
私が物足りない感じがしたのは、すべての人の母になろうとした人のほうだ。この人のためになんでもかんでもやってしまうだけの説得力を、うまく感じられなかったのだ。
その人を母と思うだけで、その人のためになんでもかんでもやれちゃうような「純粋」な人を、あまり見かけたことがないだけかもしれない。
自分が母と名乗るだけで、子を自分の思い通りにしてもいいと勘違いしているような人を、母扱いしちゃいかんよ。
作中の人物達に説教したくなった。

2016.08.26

アンマーとぼくら

有川 浩 2016 講談社

出ることもチェックしていなかったぐらい、有川作品への興味も下がっていたけれど、これはいい本。
評判通り、綺麗な表紙なのもいい。
表紙の意味がわかるのは、読んでからのことだけど。
タイトルの意味がわかるのも、読んでからのことだけど。

号泣すること、2回。
これはね、泣くよね。
泣けない人とか、泣かない人とかもいるけど、私は泣くなぁ。
最後はどうなるか途中で予想がついたけれども、これは泣くよ。

主人公のリョウが、沖縄に到着したところから始まる奇跡の3日間。
沖縄でガイドをしてきた継母の3日間の休暇につきあう旅だ。
王道の観光名所を回りながら、過去と現在が交錯する。

過去は変えられない。本当ならば。
これを主人公のための、3日間と受け取る人もいるだろう。
過去の記憶の書き換えはできる。感じ方を変えることもできる。
主人公が自分の子ども時代の記憶を救済するための過程と読むことはできる。
でも、これは、晴子さんの魂が慰撫されるたのめの3日間だったと思うのだ。

だって、この後、主人公はやっぱり後悔せずにはいられないと思うのだ。
もっとそばにいればよかった。もっと一緒にいればよかった、と。
いくら、この後、沖縄に転居してきたといっても、事あるごとに思い出す。
そして、自分ができたかもしれないのにしなかったことを考えるのではないか。
後から、後から、気づくことは出てくる。後になってからしか、気づけないことがある。
そんな含みを、勝手に付け加えておこうと思う。

複雑な家族関係のあたりは『明日の子供たち』の取材の成果かな。
北海道の描写は、『旅猫レポート』とか。
植物の種類と写真は『植物図鑑』ね。
観光地を回る感じは『県庁おもてなし課』だろうか。
これまでの作品が透けて見えるような、薄様が幾重にも重なり合っているような。
これまでの取材が程よくブレンドされて、熟成されたような印象があった。
感情表現はこれまでになくとてもストレートで、押し付けがましいほど、文字が浮いて感じることもあったが、感情の強さを表すには他になかったような気がするし。
ここ最近の作品の中では、好きなほうに入るかもなぁ、と思った。
強い強い感情をまっすぐに投げつけるような小説だった。

あー。沖縄、行きたいなぁ。
飛行機、乗りたいや。

2016.08.04

魔導の系譜

佐藤さくら 2016 創元推理文庫

やっと読めた。
ようやく手に入れることができた一冊である。とても感慨深い。
一気に読むよりも、じっくりと丁寧に読みたい。なにしろ、長い物語だ。
登場人物も多いし、各派勢力は入り乱れ、舞台もあちらこちらと移動する。
主人公は、一組の師弟。魔導士と呼ばれる特殊な力を持った者たちの物語だ。
これは師であるレオンの物語であり、同時に、弟子であるゼクスの物語だ。

こういうデビュー作を見つけて読むのは、私の楽しみの一つだ。
デビュー作というのは、その人が懇切丁寧に思い入れを込めて紡いでいるような印象を請けることが多い。

作り手たちの物語への愛情を感じると、それだけで、その本をかわいらしく、いとおしく思えてくるからだ。
だから、著者への応援の気持ちをこめて感想をつづれたらいいなぁと思う。
この本も例外ではないが、デビュー作らしい筆の硬さやつたなさは少なく、結局は、この先どうなるのだろう?と先が気になり、じっくりと読むはずがすっかり夜更かしになってしまった……。

魔法を持っていたら、どのようなことができるか、を、描いたものは多い。
しかし、感じ方が違うことを取り上げた作品はあまり見聞きしたことがないような気がする。
導脈といわれる器官を魔脈という魔法の力の流れに繋いだ時、魔法使いたちは世界をありありと感じる。
魔力の強さとしては三流であるが、だからこそ、独特な指導法で指導することができるレオンは、たとえるならば、世界を柔らかに感じている。
魔法の指導を拒絶してきた少年ゼクスはレオンに預けられることになるのだが、希代の強い魔力を有しており、その感覚は鮮烈である。
この描写は、読んでいて景色が目の前に広がるような、五感が目覚めるような感覚だった。

世界の感じ方の時点から違えば、理解の仕方、考え方もおのずと違ってくるはずである。
力を持って何ができるどころではない。力は目に見える結果であるが、その前提に、一般の人の目には映らないかもしれないが、違いがあるということで、生きづらさが違ってくる。
それはゼクスが持っているある種のハンディキャップにも共通している。はたから見ている分には気づかれにくいが、しかしそこに違いはあるのだ。
感覚そのものが違う。そんな体験に注目し、描き出す人がいたことには驚いた。その想像力がすごい。
しかも、魔導士は一般人と感じ方が違うというだけではなく、魔導士によっても感じ方が違うという多様性の設定が素晴らしい。

この世界の魔導士たちは、ヒエラルキーの下層に位置づけられているが、その中でも、ゼクスも、レオンも、幾重にもハンディキャップを背負っている。
世界が敵のように感じることは、迫害的な体験を有していたり、そうでなくとも思春期の前後にはそんな気分になりがちである。
逆に、世界には自分の居場所なんてないかのように、自分がだめな人間、無価値な人間に感じて息苦しく感じている人も、そういう時もあるだろう。
前者は、世界に対して挑戦する形で、自分はここにあるのだと叫びたくなるだろう。それがゼクスだ。
後者は、世界に対して献身する形で、自分はここにいてもいいと許して欲しいと懇願するだろう。それがレオンなのではないか。
どちらも生きづらいことにおいて、実は表裏一体の心情だと思うのだ。

不幸なこと、残酷なこと、凄惨なこと、理不尽なことが山盛りの世界で、人を憎むのはたやすい。
だが、その中でも悪いことばかりではなかったと気づく瞬間がある。自分の生き方が間違っていたと気づく瞬間もある。
自分が誰かに愛されていたことも、自分が誰かを愛していることも、認めることは時々とても難しいのだ。
自分が間違えていたことを認め、受け入れることなんて、ほとんどの大人にとっても難しいと相場が決まっている。
だからこそ、その瞬間は、とても尊くて、輝いていて、美しいのだと思う。
気づくと、泣きながら読んでいた。
特に心動かされた場面、気に入っている場面は、ネタバレになるので伏せておこうと思うが、ライトじゃないファンタジーも読みたい人や、生きづらさを感じている人にお勧めしたい。
誰かの役に立ちたい。それは、祈りのようなものだ。
自分の意味を探して悩む人に、きっと寄り添う一冊になるだろう。

解説がまたいい。

この著者は「デビュー作から追いかけていました」と自慢できる作家になります。きっと。(p.427)

私もそう思った。すでに執筆中であるという次作を楽しみに待ちたい。

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