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香桑の近況

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2016年4月

2016.04.28

太陽の石

乾石智子 2015 創元推理文庫

表紙の色。これがペリドットの色合いだ。
若葉のような緑色のこの石は、隕石にも含まれる。
太陽の石と呼ばれることもある。
クラスターが入っているものになれば、虹色の輝きを含んでいることもある。

前作、『魔道師の月』の時代では映画を誇っていたコンスル帝国が衰退し、教育が、文字が、失われた世界。
それは、現在のリアルな世界が、ところどころで出会っている状態に他ならない。
本がなくなれば、書物の魔道師も登場しない。
それどころか、太古からの闇についても、星の光についても、誰も語り継ぐことがない。
だが、文字があろうがなかろうが、伝承があろうがなかろうが、太古からの闇には関係ないのだ。

文字なきところで継がれてきた血筋にしたがって、呪われたイザーカトの九兄弟が再び先祖と同じものと相対しなければならない物語だ。
テイバドールとタゼン達があんなにも苦労して行脚して集めた歌たちも、キアルスとレイサンダーが命がけであんなにも苦労して後退させた暗樹との戦いも、なにも語り継がれていないのだ。
キアルスは物語にして書き残そう、警告を書き残そう、対処方法を書き残そうと言っていたのに。
もしかしたら、どこかの図書館に今も眠っているのかもしれないし、それとも失われてしまったのかもしれないし、わからないけれども。
ただ、太陽の石の肩留めだけが、読み手に主人公であるデイサンダーの血筋と運命を物語る。

生きるか死ぬかの事態では、確かに、悠長に教育を受けてなどいられないだろう。
文章を読み、芸術に触れ、頭と心を養うような余裕などはなくなってしまうことで、重大な知恵や知識が後世に引き継がれなくなる。
文化がなければ。教育がなければ。
こうして素敵な物語を楽しむこともできなくなる。紙幣や宝石だって、一粒の麦よりも価値がなくなるのだから。
物語の筋よりも、そこに描かれているディストピアが、今、現実にあることのほうが、私にはたまらない気持ちになった。

スーダン人の友人は息災にしているだろうか。
故郷が、独裁者の台頭によって荒廃してしまったことを嘆いていた人だ。
内乱がおきるたびに、紛争がおきるたびに、人命とともにどれだけの文化が断絶してきたのだろう。
教育を受けていない無知で無恥で無智な人々が容赦なくせっかく引き継がれてきた文化を惜しみなく破壊している時代だ。
体を養うものと心と養うものが満ち足りていることの平和と幸福を祈る。

2016.04.26

魔道師の月

乾石智子 2014 創元推理文庫

『夜の写本師』があまりにも面白くて、旅の帰り道に行きと同じ店によって、2冊目、3冊目とあわせて購入。
その勢いで読み始めたところ、シリーズの続きと言えるような言えないような。
面白いことに、『夜の写本師』に登場する人物のその後であり、『夜の写本師』よりも数百年遡った物語である。

これはこれで別の物語。
主人公となるキアルスは書物の魔法の創始者であり、彼が暮らすコンスル帝国はローマ帝国を彷彿とする。
温暖な気候、版図を拡大する強大な国。老いても賢く、しかし、人嫌いな皇帝が統治する。
それはまるでハドリアヌス帝のようである。きっとお風呂も好きに違いないと勝手に決め付けておく。
そのキアルスが、ばかな勢いで焼き払ってしまった一冊の本を再現しなければならない時、一枚のタペストリーに記された人物の人生を追体験することになる。

この人生の追体験の仕組みは前書と共通しているが、キアルスが体験したティバドールの世界は中近東のイメージ。
ペルシャのような世界だ。土地を奪われた牧畜をする民たち。奪われる土地、壊される生活。それを取り戻すための戦いが始まる。
鍵となるのは、「憎むんじゃない」というティバドールの父親の言葉だ。
この言葉が、星の光となってティバドールを守り、キアルスを守り、太古からの闇と戦う力となる。
アイイリオン。その言葉の意味は物語のなかでは説明されないけれども、星の光という意味ではないだろうか。

本の魔法使いと大地の魔法使いの、魔法に対する理解やアプローチの違いも面白いのであるが、まったく異文化の世界に入り込むような体験の濃密さのほうが印象深い。
面白いというと語弊がある。大きな歴史の流れがうねる時を感じるような読書の体験を表す言葉が、ちょっと見つからないなぁ。

月は、太陽の光を集めて、より純度を増したものである。星は数多くの太陽。その光を集めたような月。
魔術師の月というタイトルは、キアルスにとってのシルヴァインであり、シルヴァインの死と共に穢された命の喜びであり、キアルス自身が憎しみから解放されて初めて再び白く夜空に輝く。
太陽の光のようなレイサンダーという友がいて、愛する魔女がいて、世界はやっぱり美しくて。
魔術師の月というタイトルは、エピローグにしてようやく意味を感じ取ることができた。

憎んではならない。
憎みあい、殺しあい、終わりのない負の連鎖を続けるのではなく、闇を抱えて星の歌を灯し、月を見上げるような生き方をそれと言わずに指し示す。
この強いメッセージ性が、ライトではないファンタジーの身上のように思った。すごい物語だ。

2016.04.25

コンビニたそがれ堂 神無月のころ

村山早紀 2015 ポプラ文庫ピュアフル

村山さんの本で猫が出てくると泣きます。
猫が出ていなくても結局は泣いちゃうんですが。
猫が出てきたら間違いなく泣きます。どうしても泣きます。
ハンカチじゃたりません。タオルもってこーい。

前巻の『空の童話』が大作だっただけに、ひょっとしたらシリーズの締めくくりではないかと思っていました。
この本では、表紙も代わり、今までとは少し違う雰囲気で始まります。
神無月なだけに店長はお留守。代わりにお店を開けているアルバイトは、猫のあやかしのねここ。
一冊丸ごと、ねここが接客するお話ばかりだけに、最初の最初から猫の話。
読み始めて数ページで滂沱の涙を流すことになりました。

決して、悲しいわけじゃないんですけどね。
泣いてすっきりして、少し背筋をしゃんとするような物語。
働く女性にも優しい物語が多くて、たくさんの慰めや励ましがつまっています。

電車の中で読んだことだけが、間違いでした。
後輩の結婚式のお出かけで、行きに読むのはやめておいたのですが、帰りでもやっぱりだめなものはだめです。
泣いちゃう。

村山さんはですます調の柔らかい言葉で物語を紡ぐ方なので、感想もですます調になっちゃった。

2016.04.21

夜の写本師

乾石智子 2014 創元推理文庫

左手に月石、右手に黒曜石、口の中に真珠を持って生まれた少年は、満月の魔女、闇の魔女、海の魔女の生まれ変わり。
その死と闇を引き受けて、魔女の魔法を奪った魔法使いと戦わねばならない。

過去と現在の往還。重層な世界と言語。文化と自然の構築。
読みごたえがある。思い描き甲斐がある。
読むそばからイメージが膨らみ、主人公を追体験する。
主人公が前世である魔女たちの人生を追体験するように。

真実の探索はまったく新しい世界の探索であり、わくわくした。
私が思い描いた景色は、地中海沿岸。アフリカ北部……と言っても、私は行ったことがないが。
現実の日常とは違う世界を、あたかも体験してきたかのようなアクチュアリティがある。
主人公が場所を移動し、時代を移動するたびに、空気から変わるような転換があるのだ
その書き分けによる、読者の体験の切り替えが見事だったと思う。
しかも、著者は景色の描写が細かく、色合いを石にたとえることが多い。
たとえば、アイオライトと菫青石と表記したりする文面の雰囲気から、ますます、翻訳ものと錯覚することがあった。
名前と宝石の繋がりの手続きが、まさに貴石占術と思いきや、著者の名前からして石の賢者だったようである。

素晴らしいのは描写ばかりではない。
復讐の連鎖を閉じる円環。これが素晴らしいと思った。

ここから先はネタバレになる。
最初に殺された満月の魔女は月の魔力を奪われ、その生まれ変わりの闇の魔女は闇の魔力を奪われ、更にその生まれ変わりの海の魔女は海の魔力を奪われた。
月と闇と海は、女性が扱う魔法。3度に渡り、魔力を剥奪され、女性性を剥奪されて、生れ変わった主人公は男性になっていた。しかも、魔道師になるほどの魔力がない。
養い親を殺されて復讐の怒りを燃やす時、主人公は殺された自分自身のための復讐ではなく、他の誰かのためへの復讐に踏み出たことになる。
かつての親友や兄の生まれ変わりの支えと共に、写本師組合の同僚達の助けを受け入れ、主人公は孤独ではない自分に気づいた上で、孤独で貪欲な剥奪者と戦う。
主人公からいくら奪っても満たされることはなかった剥奪者が、本来、失ってしまったものを見つけ出して渡したことが千年の戦いに蹴りをつける。
最後に円環が閉じる時、失われたものを取り戻した二人が再び出会う時、最早、復讐は連鎖しないことを予感させる終わり方がとてもよかった。
双方が過去を背負って再開する時、過去があるからこそ、よい出会い、よい関係作りが始まるような気がするのだ。

旅行の友に駅の売店で買い、行きに半分読み、帰りつくまでに読み終えた。
これまで何度も書店で見かけたはずだが、こんなにもはまり込むとは思わなかった。
読み終えるまで、他のことには手がつかなくなったが、それだけの価値がある。
帰りがけ、同じ駅の売店で、2冊目、3冊目を買ったほどである。
絶品。

2016.04.06

彩雲国秘抄:骸骨を乞う(上・下)

雪乃紗衣 2016 角川文庫

今回、文庫化されるにあたり、書下ろしが添えられていると知って購入した。
4年前、単行本で読んだ時には、「月の見えない裏側」のような物語だと思った。
近所の方が亡くなられてお通夜の後に一気に読んだせいか、それとも、22年もの間そばを暖めてくれた猫が風になった日に前後して読んだせいか、単行本の時以上に、泣いて泣いてたまらなかった。
上巻に収められた鄭悠舜の「雪の骨」と旺季の「霜の躯」。どちらにしても、自分が年齢を重ねるごとに、味わいが深くなった気がする。
下巻には凌晏樹の「北風の仮面」、紅秀麗と紫劉輝の短い結婚生活を描く「氷の心臓」、そして、今回の角川文庫版にのみ収録された書下ろしが、紫劉輝の最期と成長した娘とのかかわりを描く「秘話冬の華」だ。そうだ、「悪夢の国試組」も入っていた。
レビューを見ていると、今回の文庫の売り方だとか、単行本の時もであるが内容についてとか、賛否両論ではある。
こんなにいい物語なのにもったいない。これは大人の物語だ。
私は読めてよかったと思っている。心を揺さぶられた物語だ。
登場人物も大人になった。それは、著者も大人になったということではないか。

何度も出てくるのは、別れの言葉だ。
人生から去り逝く時。それが、彼らにとっては主と仰いだ人の御前を辞する時である。
だからこそ、骸骨を乞うことは、辞職の意味を指し示すのであるが、そこに、著者はいくつもの意味を込めているかのように感じる。
魂までが骸骨の形をしていた戩華であるとか、ガラガラと踏み潰される骸骨の山であるとか。
その積み重なった一番の奥に、著者自身が読み手に幕引きを乞うているように感じられた。

以前も「氷の心臓」でたまらず泣いたが、読み直してみると、これは母親からの許しの物語だ。
ふりかえってみると、彩雲国物語は母親不在の物語だと思う。
母親を早くに失くした秀麗や静蘭。直前までの戦乱の時代の影響で、身元不明の孤児であった絳攸や、一族郎党を殺された皇毅や悠舜といった人物も多い。母親殺しをしているものも少なくない。
秀麗は自分を産んだから母親が死んだと思い込んでいた点で、自ら積極的に母親殺しの罪悪感を背負っていた。
対して、劉輝は母親殺しの記憶を抑圧し、罪悪感を解離することで生き延びてきた人物である。

彼らが接する大官達はおおむね男性ばかりの世界であることから、父性には事欠かない。
戩華の父性はわかりづらいとしても、旺季や邵可の父性はわかりやすいであろう。したがって、皇毅という上司も、いささか父性的な役回りをとることになる。
政治という仕事についての領域であれば、そういった父子関係を中心に物語が回っていくことに問題はない。

本編に登場する強烈な大人の女性達は、胡蝶といえば妓女という働く女性、瑠花は縹家を背負って暗躍しまくるし、百合も紅家当主の妻であるが母親ではないしと、おおむね働く女性として登場する。
彼女達は恋はする。働きもする。子どもを抱えながら、家庭と仕事の両立ができていそうに見えるのは、碧家の歌梨と、後の柴凛ぐらいではないか。
女性が母親として描かれる時には、子煩悩すぎて我を忘れたり、子どもよりも夫を愛してすぎて自滅するような危険な存在にスライドしてしまう。それが鈴蘭の君だったり、第六后妃だったりする。
母親としての生き方と働く女性としての生き方のバランスをうまくとれずに、家庭よりも仕事を優先させているような女性のほうが物語世界では目立っているように思うのだ。

主人公からして、秀麗のように魅力的な男性に囲まれながら、学業や仕事で達成していくライフコースを描き出すが、秀麗自身が結婚と仕事の二者択一を迫られて困り果てるのが本編の大まかな流れである。
秀麗においては、手本とする成熟した女性のモデルが欠如しているのであるから、父親を成長のお手本として、就労すなわち仕官へと達成の目標を置くようになることは当然の帰結である。
もっとも、彼女は母性的な女性性をも有しており、希代の世話焼きである。甘えることが致命的にへたくそながんばりやさんでもある。
これはルビー文庫という若い女性向けのラインアップにおいて呈示する女性の成熟のイメージが結婚出産を理想としていないことを示している。
そうなると、母子密着から生じる分離不安や母子葛藤は生じにくい。むしろ、母親の不在に基づく孤独、基盤が欠如していることから生じる不信や不安の物語として内的な世界は展開してきたのだ。

これらのことを踏まえると、彩雲国物語というのは、母親不在の世界で、母親殺しを背負った二人が出会う物語であったと言い換えられる。
秀麗のほうは物語を通じて成長していき、母親である薔薇姫と薔薇姫の記憶を持つ人々、あるいは数々の大人の女性達との触れ合いを通じて、母親殺しの罪悪感を荷卸することができる。
しかし、劉輝は母親殺しの記憶を抑圧していることから、罪悪感にさいなまれることもなければ、許されることもなかった。

そして、二人が父と母になる日が来た時、それはやってくる。
山家に住む白髪の老婆は、戦争ですべての子どもを失ったことで正気も失った女性として描かれる。
かつて劉輝の首を絞めたこともある女性が、出産を控えた秀麗と劉輝の前にひょっこりと現れ、劉輝にかつての暴言や暴挙を謝罪し、秀麗にお守りを手渡す。
器量よしの娘の幼い時の晴れ着の布で作ったお守り。仙女である薔薇姫よりも、もっと泥臭くて、やぼったくて、でもきっと、双方同じように温かい母親の愛情が秀麗と重華に注がれる。
物語を読んでいけば、山家の老婆は劉輝の母親の母親であることが推察される。
秀麗の娘に託されたお守りは、秀麗の姑とその母親達からの贈り物であり、そういう形で、母親達は息子夫婦に愛情と謝罪とを伝えたのだ。
老婆とその娘は、劉輝に謝罪を乞う形で、劉輝のことをも許したに違いない。明確に語られてはいないけれども、劉輝が池に手向けた花に応じているようにも読める。
戦争の最大の被害者である子どもを亡くした母親一般が、新たな王を受容し、施政者と民が和解した瞬間として読み解くこともできるが、母親不在だった物語の最後の最後に、母親が訪れた。その瞬間だったように思う。
これは四世代に渡る母子の再会であり、謝罪であり、赦免である。
和解であり、祝福である。

そして、最後に、秀麗の忘れ形見である一人娘の重華が、劉輝の最後の家出を共にする。
どちらがどちらのお供だったかは横に置き、重華が劉輝を許す。劉輝の人生を許す。劉輝の存在を許す。
父親を見て育ったところが秀麗そっくりである。きっと見かけと性格は、秀麗の母親にそっくりなんだろうけれども。
こうして、世界からは大人たちが去り、大人になった者達も去っていく。

彩雲国物語は8人の仙の集う世界としてスタートしたのではないかと最初は思っていた。
読み勧めていくうちに、仙の存在感はますます希薄になり、誰がどの色の仙かも明確に語られずにいた。
本編の最後、これは人の世の物語になったと感じた。作者は人の世界の物語として閉じることをどこかの時点で選んだのだと思った。
劉輝の世は、8仙が打ち揃っても誰も気づかない、人だけで治めたからこその最上治。
仙たちは不在になったわけではないけれども、そこが仙に頼り切らずに人が自分の力でなんとかしようと頑張ったことが大事だったのだと思う。

娘の世は娘のものであり、別の物語。
物語は閉じられても、世界は続いてくのだろう。

2016.04.05

鬼談百景

小野不由美 2015 角川文庫

99の鬼談、怪談を集めた一冊。
稲川淳二氏の解説をあわせて、ちょうど百物語になる。

一つ一つは、とても短い。
1ページから4ページほどで、一つ一つはするりと読める。
しかし、それが99も積み重なると、なかなかの読みでがあった。

長さもであるが、内容的にも、緩急使い分けられている気がして飽きなかった。
数編を読んでは置き、数日あけてはまた読むという具合に、ゆっくりと味わっていった。
一気に読むには、怖くなってしまったから、というのもある。

最初の数編は、さほど怖くもなかったのであるが、積み重なるにつれて、ひたひたと近寄ってくるように怖さも積み重なっていった。
『残穢』に活かされたのだなぁと思うような短編もあったり、解説者に縁があるようなものもあったり。
解説に寄れば読者からの手紙を元に編纂したとのことであるし、よくよく考えれば『残穢』と同時に刊行だったか。
もともとは、100番目こそが『残穢』だったわけである。そういうやり方をされると、『残穢』がより一層、怖くなるではないか。

原因もわからず、結果もわからない。切り取られた不条理。
夜中の物音、一人で過ごす時の周りの気配に、妙に過敏になるから困る。
背筋がぞわっとして、妙に緊張する。もしかしてと想像力が滑り出す。
この読後感は、ホラーではない。まさに、怪談。
こういうところが、小野不由美さんらしい持ち味だと思う。

しばらく、風呂の時間にぞわっとしそうである。
なにしろ、物音がするのだ。風も吹いていないのに。

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