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香桑の近況

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2016年3月

2016.03.31

貸出禁止のたまゆら図書館

一石月下 2015 富士見L文庫

本に憑いたあやかしを書妖という。
もともとは独立していたあやかしが、力が弱まった時に本に寄生して存在を維持する。
本を読んだ人間の思いだけを糧にするために。
そんなあやかしの取り憑いた本ばかりが集まった図書館。

自分の居場所を見つけられず、自分の存在の意義も必要性もあやふやな年頃というものがある。
それはもう誰しもが通る道ではあるのだけれども、居場所を人の間に見つけることがうまくいかないことがある。なじみたくないこともある。
他の誰でもない自分だけを見て欲しい。見つけて欲しい。認めて欲しい。欲して欲しい。
自分だから、自分こそが、自分であること以外に理由なく、ただ自分を見て欲しい。
そんな気持ちをひりひりと感じている少女が主人公だ。
著者が幻想的なものを詰め込んだという本書は、そんな心を持っていたり、持っていた記憶が鮮明な人に、優しく寄り添う物語になっている。
少女が出会うのは少年ではなく、書妖なのだが。

誰か一人でも自分を必要としてくれたなら、この孤独がぬぐわれるのかもしれない。
誰か一人でも自分を理解してくれたのなら、この苦痛がやわらぐのだと信じている。
誰か一人でも自分を受容してくれるとしたら、自分はきっともっと変わっていくことができるだろう。

きっと、相手を必要としているのはお互い様なのだ。
いつも必ず、そこに行けば会える。そこで待っていてくれる。そこに来てくれる。
そのいつも必ずという喜びを伝える物語が紡がれていく。

十代の青少年にとって貴重な隠れ家となる意味で、香月日輪の『妖怪アパートの幽雅な日常』を即座に思い出した。
日常にあやかしたちがざわめいている風合いは、緑川ゆき『夏目友人帳』も随分と知られていることだろう。
不思議な建物の中にまつわる幻想的な世界という色合いは、村山早紀の『コンビニたそがれ堂』の印象もある。特に、きつね繋がりという点でも。
古典をいくつか引き合いに出して絡めながら物語を進めるところは、三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』を連想した。
書き手は読み手であり、なにかの影響を受けずにいることはありえないが、なににも似ていないこの物語だけの魅力が、この先、花開くといいなぁ。

ラスト、主人公が急に大人びてしまって、少し戸惑った。
主人公が一生懸命な子だから。
がんばりすぎて、不幸な方向にまっしぐらにならないといいなぁとも思いつつ。
少女と書妖の出会いを描く本書は、この先、いくらでも膨らんでいきそうな可能性を持っている。

2016.03.24

紅霞後宮物語 第三幕

雪村花菜 2016 富士見L文庫

もう3巻。
これまで通り、くすくすと笑えるような楽しい読感を期待して読み始めたところ、これまでになく泣いてしまった。
決して平和ではない、ぎすぎすした世情を背景にしている。
これまでの話でも人は死んだが、その他大勢の死としてさらりと扱われていた。

その他の大勢の死が、実は、身近な死であったとしたら。
後世において御伽噺になるような皇后の、生きていた時代の生身の姿を描くというコンセプトの通り、かっこよくないところやみっともないところも描くのはいい。
冷静に考えれば、残酷さや冷徹さが求められるような環境や立場だ。
夢物語に現実感を与えようと思ったら、そこは避けては通れない要素であるのもわかる。
わかるけれども、不意打ちのようにその場面が来る。

その後、何度も読み返しては泣いてしまう。
だってさ、文林がやけに優しいんだもの。
こういう優しさの示し方が好きだなぁ。
何度か読み返してみて気づいた。
自分は相棒殿と、小玉と文林のように会話したいんだろうな。
文林の口調って、似ているんだもの。
だからこそ、主人公二人が気に入ったのかと、遅まきながら気づいた。

次の巻が出たら、やっぱり買うと思う。

2016.03.08

烏は主を選ばない

阿部智里 2015 文春文庫

前作を読んであまりにも面白く、すぐに買い足した。
出版社にも在庫がないという売れ行きのようだ。いいことだ。

構成の段階では、前作『烏に単は似合わない』とあわせて一冊だったそうで、物語は表裏一体をなしている。
前作が次の金烏の后がねである姫君たちの物語であった。
前作ではほとんどといって出番がなかった次の金烏である若宮が、その頃、なにをやっていたのか、彼の不可解の行動や態度を描くのが本作になる。

まさか、こんなことになっていたとは。
あの時はああだったこうだったというのが組み合わさっていくような構成も見事であるし、もともとそう組み立てられていただけあって、破綻することがない。
しかも、前作は姫君たちの華やかな足の引っ張りあいが招いた宮廷ミステリとなっていたが、本作は政治の駆け引きの渦中に巻き込まれた少年の成長物語となっている。
姫たちが人工的な人形のような仮面のような美しさを競い合っていたのに対して、少年は活き活きとした心の動きを見せてくれる。
その少年もただのぼんくら次男坊ではなかったという、ある種の正体がばれるところは両者共通であるが。
その点、烏太夫がここにもいたか、と後から気づく。

片や姫の物語。片や少年の物語。
片や城内の物語。片や城外の物語。
片や卑しい血筋を秘める物語。片や貴い血筋を隠す物語。
両者の対比が見事であり、これは是非、一対としてあわせて読むべきだと主張しておく。
本当に面白かった。ぐいぐい引き込まれて、あっという間に読みおおせた。それどころか、読み上げてからしばらく、どちらの本も振り返りたくなる。
ここまで隙がなく世界を築き上げた作者の筆巧者ぶりに脱帽である。
続きを読みたい!

烏に単は似合わない

阿部智里 2014 文春文庫

表紙を観て、王朝時代に材をとった宮廷ものかと思っていた。
そこに烏とはいかに。
タイトルからは中身が予想できず、手に取ってみて驚いた。
そこは八咫烏の世界。
素晴らしいファンタジーだ。

世界を治めるのは金烏。
次の金烏に嫁ぐために、四つの名家から四人の姫が集う。
その姫たちを中心に、宮廷サスペンスが繰り広げられる。

小野不由美の『十二国記』や雪野紗衣の『彩雲国物語』のようなアジアン・テイストのファンタジーが好きな人にお勧めかもしれない。
こちらは、大陸というよりも、名前といい、衣装といい、建築といい、和風の香りのする異世界である。
これははまった。
食事をするのも、睡眠をとるのも、もどかしく、読み終えるまで置けない本は久しぶりだ。
四人の姫は、それぞれ、東西南北、春夏秋冬にあてはまり、ステレオタイプな造詣に見えた。
それはそれで美しく、わかりやすく、とっつきやすい印象だった。
そのイメージに踊らされ、後で驚くことになるのだが。
このどんでん返しが見事だった。
人形のように美しい姫君たちが、物語が進むにつれて、少しずつ生々しさを見せてくる。
ただ一人をのぞいて。
どんでん返しの後は、この一人のこれまでの描写が気持ち悪くて仕方なくなる。

だから、この名前であるのかと納得もした。
だから、このタイトルであったかと得心もした。
見事である。この毒があるからこそ、物語に深みができて面白い。
読み終えて、すぐに二冊目を購入。
これは少なくともセットで読むべきである。

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