営繕かるかや怪異譚
小野不由美 2014 角川書店
その人は、ほんの少し影が薄い。
どの物語でもそっと登場する。
尾端と名乗る。
繕いを営む人だ。
その屋号が営繕かるかやである。
古い町屋の多い小京都、城下町。
海が近く、海抜が低い。川が流れている。
そんな土地柄に越してきた人たちが、障りを感じる。
世代交代によって由緒や由来の失われた障りばかりだ。
新しく住人になった者は障りに気づいて戸惑い、不安や恐怖を持つ。
由緒や由来が失われているということは正体が不明であることを示し、対処が不明であることを表す。
建物自体を取り壊そうとしたり、庭を作り変えようとしたり。
建築業者や造園業者を通じて、その人が呼び出される。
霊感はないという人は、手当ての方法を編み出す。
閉め切られた部屋に窓を、閉じこもりたい人に隠れ場所を。
すべてを暴き立てるわけでもなく、打ち壊してやり直すわけでもない。
そっと、必要最小限に見えるぐらいの懐に優しい修理を提案するのだ。
営みを繕うために。
刈萱といえば茅葺屋根にも使うススキによく似た植物である。
今頃の季節のアレルギーのもとにもなったりする。
幽霊の正体見たりというが、となると、尾端を名乗る人は。
あまり多く語られないだけに、想像が膨らむ人物だった。
『残穢』もホラーであったが、決定的にベクトルが違う。
前作は、怪異の原因を突き止めようとして、ますます怪異が広がる物語だった。
それは病の感染するのにも似て、対処するために原因を探ろうとする営為が無効化される不安感と恐怖の物語だった。
怪異が深刻化・広範化されるにつれて、日常が非日常にスライドしすぎる感をおぼえた人もいるかもしれない。
私にとっては、住所に物語が近づいてくる恐ろしさに、かなりひどく怖かった。
それに対して、営繕かるかやでは、原因追求しない。
するのは、徹底して対処である。現実的に可能な対処である。
それも、相手を殲滅するような対策を練るのではない。
相手を尊重することによって無害化するような対応である。
言い換えれば、敵対関係そのものを無効化するようなものである。
古い日本家屋。
今は取り壊された祖父母の家を思い出した。
あの家で読んだら、もっと背筋がぞくりとしたかもしれない。
6篇のうち、ぞわぞわとした怖さを感じたのは、最後の一話だった。
これは実は救いの物語である。
著者が自分自身に投げかけた言葉でもあったのだろうか。
読み終えてから、家鳴りが少し怖い。
こないだ死んだばかりの猫が里帰りしているなら、大歓迎だけど。
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