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2014年11月

2014.11.21

コロボックル絵物語

有川 浩 2014 講談社

コロボックルを応援するプロジェクトの一環。
佐藤さとる氏のコロボックル物語が絶版にならないよう、有川氏が新シリーズを書く。
表紙・挿絵のイラストは、オリジナルを継いで、村上勉氏。

このプロジェクト自体はとても興味深いものであるのだが、実を言えば、コロボックル物語を読んだ記憶がない。
手にとったことは1度や2度はあると思う。しかし、はまらなかった気がするのだ。
子どもの頃からファンタジーが好きで、青い鳥文庫も読んでいた記憶がある。
クレヨン王国の物語とか、大好きだった。
確か、「床下の小人たち」のシリーズを読み終えて、似たような物語を探して、コロボックルに行き当たり、なんだか挫折してしまったのだ。
よくわからないけれども、イギリス産のファンタジーばかり好んでいて、国産のものには結構好き嫌いを示していたような気がする。
舞台となる北海道の風土とイギリスの風土、どちらも自分の住む文化とは多少は違っていることに変わりないのにな。

でも。
ファンタジーを読んだとき、自分の世界と重なり合わせて、探してみたくなる子ども心はよくわかる。
たんすの奥に別の世界の雪深い森を探したこと、ありませんか?
駅でプラットフォームとプラットフォームの間、9と4分の3番線を探したことは?
同じように、コロボックルさんに牛乳を用意して、うっかりヨーグルトになることだって、ありますよね。
大人はそんな子ども時代に続く扉を思い出して開くだろう。そんな一冊。
子どもは、ここからファンタジーを楽しむことができたら、きっと素敵な体験になる。

『旅猫レポート』と繋がる小品。
あちらを思い出すと、なんとも切ない気持ちが蘇った。

キャロリング

有川 浩 2014 幻冬社

吐息が白くなり、街中にイルミネーションが灯りだす。
この季節に読むのがぴったりだ。

carolって動詞にもなるのかーと思いながら、読み始めた。
もともとの舞台も見ていないし、ドラマも見ていない。
読んでみての最初の感想といったら、ああ、お芝居だなぁってこと。
はっきりとしたキャラクター作り。台詞回し。
なんだろう。最後のほうは台本を読んでいる気分になった。

両親の離婚を控えている少年。
虐待を受けた元少年。恋人とも別れ、就職先はもうすぐ倒産。
もう一人の元少年。ほかに選択肢のない人生で、サラ金の取立てをしている。

3人を中心した3つの集団が交錯して、物語が展開していく。
だから、表紙の天使は3人なんだと思う。
どんな物語かは、ここでは触れないでおこうと思う。
ただ、3人ともそれぞれ幸せになりたいだけなのだ。
家族と幸せなクリスマスを送りたい。
それぞれの思いは、望みは、たった一つであり、共通である。

『明日の子供たち』と同じ時に取材したのだろうか。
虐待された子ども、非行せざるをえない子ども、両親が離婚しようという時の子どもの心情がよく描かれている。
そういった体験を持って育ってきた大人の心情や思考にも寄り添うものだと思う。
大人が自分のことで手一杯になったときに取り残されてしまうのは、いつも子どもの気持ちだ。
その辺を上手にすくいとってあるなぁ。その辺りは小説らしいんだけれども。
気づいたら、舞台を思い浮かべて、どのようなお芝居だったのだろうと想像していた。

どこかで読んだことがあるような人物像ばかりに感じられたのも物足りなかった。
そんなこんなでちょびっと辛口レビューであるが、最後はほろりとさせられるぐらいに十分に楽しんだことを付け加えておく。

---あなたが幸せで明るい毎日を送れますように

2014.11.19

月の森に、カミよ眠れ

上橋菜穂子 2000 偕成社文庫

神話が神話になる前の物語。
むしろ、民話か昔話。
主人公は人間であり、人間の生活から神々の息吹が失われていく瞬間が、見事なファンタジーとして結実されている。
人々の気持ちのありようを描くだけではなく、まさにこんな風であったかもしれないと思わせる生活のありようの具体性は、著者が文化人類学者であるからこそ。
日本の古代、律令が敷かれていく時代をモデルにしつつ、熱や匂いを感じるような活き活きとした物語になっており、気づけば主人公達と一緒に深い森の空気を感じることができるだろう。

裏切られ、殺されていく神々。
時に自然は荒れ狂う恐ろしいものとなるが、人間は実に自分勝手に自然から奪い放題、壊し放題にしてきた。
そういうマクロな物語を描くのが神話であるが、一人一人の人間の生活に即した人生や心情を描くとなれば民話に近い。
文庫も子ども向けにルビがふられてはいるが、物語は大人であるこそ、感じる部分もあるのではないだろうか。

カミと人の物語であり、同時に、母と息子の物語でもある。
ナガタチの母子葛藤がキシメとの対話によって解消されるプロセスが見事だと思った。
こういう物語で、ナカダチの父たるカミをうけいれられなかった母親の弱さのみならず、タヤタを思いやることができないキシメの幼さを取り上げたところが、秀逸な物語だと思ったのだ。
受身的な人生を送るのではなく、自らの過ちを背負い、自分でで自分の運命を選んだホオズキノヒメの美しさが際立つ。

思いがけず美しい物語に出会った。

2014.11.14

ベイブルース:25歳と364日

高山トモヒロ 2009 ヨシモトブックス

最近、映画化された本である。
読む前から泣くだろうな、と思った。
書き出しから胸が痛くなる。

筆者の苦労のあった少年時代から野球との出会い、野球を通じて相方と出会う高校時代。
さながら青春小説のように、キラキラとした思い出が語られる。
飾りの少ない言葉でとつとつと語られる、それからのこと。
じわじわと予感を感じながら読み進めていくしかない。

数年のずれはあるけれども、似たような時代を生きてきた。
こんな人もいたなぁ、うんうん、こんな感じだったよね。
懐かしい名詞がそこかしこで出てきて、重ね合わせるようにして読んだ。
それにしても、芸人さんの中で師匠と呼ばれる人たちって、かっこよい。
どんな風に後輩さんを支え、育てるのか、垣間見させてもらった。
描かれていないことだっていっぱいあるのだろうけども、キラキラしているところだけを集めてあるからこそ、この本は大事な宝箱のように感じたのだ。

それにしても。
25歳は若いなぁ。
一日長かったとしても、たったの26歳。

残されたものにとっても、若いからこそ、その別れの打撃が大きく、乗り越えがたいものに感じられたと思うのだ。
どう受けとめていいのか、本当にしんどかったのだと思う。
きっと、この本を書かないことには、この人は前に進めなかったのだろう。
先に進むことは、死者を忘れることではないし、悲しみは消せないものなのだから。
そんな一区切りになるよう、思い出を刻み込む。
いつまでも、いつまもで、この世に残るように。
何年経っても生々しい、その人の記憶を。別れの記憶を。後悔を。
その生々しさは創作ではないからこそ、その人たちの在りし日を知らなくても、涙を誘った。

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