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2014.10.18

絶叫委員会

穂村 弘 2013 ちくま文庫

タイトルに惹かれて購入してみたら『にょにょっ記』の人の本だった。
なにを絶叫するんだろう。絶叫するのが委員会のお仕事なのか、絶叫をなにか管理する委員会なのか。
なんだか、そのまま想像を膨らませていけば、三崎亜記さんが小説にしてくれないかな。
そんなことを想像したり、連想したり、私の思考は時々(しょっちゅう)、ふわふわと宙を漂う。

穂村さんが集めた言葉は、世界に溢れている「偶然生まれては消えてゆく無数の詩」(p.192)。
そこには、「天然の愛嬌やたくまざるユーモアや突き抜けた自由さ」(p.198)への憧れが通底している。
誌上に連載されたものを集めてあるだけに、きっと、書かれていった過程の時間経過がゆっくりなのかな。
ゆるりとしたり、ふわりとしたり、かわいらしい感じが、後半になるにつれて顕著になっていった感じがした。

穂村さんが見つけた女子高生のように蛍光ペンで線を引く代わりに、いくつかメモ代わりに引用を残しておきたい。
うっかり下手なことは言えない閉塞感に苦しくなったら、穂村さんの本を思い出すといいかもしれない。

 ***

事前の準備は大切だが、机の上に考えられることには限界がある。予めあたまのなかで考えたイメージに固執するよりも現場の状況にフレキシブルに対応することでいい結果が出る、ということを、彼はよく知っていたのだろう。
これはプロの、というか、大人の発想だと思う。現実内体験の少ない子供はほぼ「あたまのなかで考えたイメージ」だけで生きている。若者が観念的なのもそのためだろう。(pp.78-79)

 ***

自分のあたまを占めていることを、何も考えずにそのまま口に出した感じだ。どうしてそんなに大胆になれるのか。世界と他者に対する怖れのなさが羨ましい。だが、そういうひとは決して珍しくない。(p.128)

 ***

人間には世界そのものを生きるってことは不可能で、ひとりひとりの世界像を生きているに過ぎないってことを改めて感じる。世界が歪むと云いつつ、実際に歪むのは世界像であって、世界そのものは微動だにしていないのだ。
 もしそうなら、世界を動かす言葉など存在しないことになる。あるのは世界像を動かす言葉だけ。でも、それによって、ひとは真剣に驚いたり喜んだり悩んだりする。(p.140)

 ***

奥さんの寝言をネタにして、後で怒られなかったかな?

白鳥ってかみつくよ。攻撃レンジが広い上に、水鳥はくちばしのふちがぎざぎざとした歯になっていて、大型の白鳥は力も強いから、結構、痛いんだわ、これが。
リーズ城の白鳥は、観光客からお菓子をもらうのを狙ってにらみがきいていて、威厳もあるから余計に怖かったな。しっぽ、触ったけど。

OSの話もおもしろかった。うんうん。よくわかる。あるある。

一番どきりとした表現は「戦争の足音がまた少し大きくなるんだ」(p.57)

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