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2014年6月

2014.06.19

百合のリアル

牧村朝子 2013 星海社新書

非常にいい本である。
ぜひ、図書館には入れて欲しい。
できれば、公立図書館や高校以上の学校図書館に入れて欲しい。
中学生にはちょっと早いかもしれないが、性の悩みを悩み始める頃の人たちに届くようなところに並べて欲しい。
心からそう願う。

読みやすい文章でわかりやすく書いてある。
質問/対談形式にしてあるところもとっつきやすいと思う。
マンガのページもところどころ挟まっていたりもする。
帯の著者の写真が、とても美人でひゃほー。雰囲気がとてもいい。
どこか遠い世界のレズビアンではなく、もっと身近で等身大。
リアルな悩みに答えてくれるいい本なのだ。

同性愛の問題を語るとき、カテゴライズする用語が年々増加の一途をたどることに気づく。
そのカテゴライズすること自体を取り上げて、そんなラベリングを一旦取り外して、目の前の人と人との一対一で対峙するところから始めようと、著者は対人関係の根本に立ち戻ることを勧める。
そんなところは、同性愛であるかどうかは横において、誰にでも言える、役立つ、本当はとっても当たり前であるはずの考えが述べられている。

そういう用語の解説にとどまらず、比較文化的に男女以外の性の区分を紹介してみたり、歴史的に同性愛の治療とされてきたものを紹介してみたり、内容は横断的でである。
同性愛であることの苦しみへの対処法や、同性カップルのこうむりやすい不利益、同性同士で婚姻するための現行上の仕組み、女性同士のセックスの例など、盛り込まれている情報は豊富だ。

セックスのルールはシンプルよ。『している人同士の安全と意思がそれぞれ守られること』これだけなの。(P.156)

さらりと大事なことを書く著者に、好感を持った。
とても賢く、ユーモアのある女性だと思う。
書かれている文章が魅力的で、正直を言えば、ファンになった。

韓国人による恥韓論

シンシアリー 2014 扶桑社新書

この本の著者は、韓国生まれ、韓国育ちの韓国の人だそうだ。
私から見れば、きわめて冷静で中立的に文章を紡いでいると思う。
ということは、韓国の中では、著者であることが分れば、どれほどひどい目にあうのか、を心配しなければいけない。
これって変だ。おかしくないか。
おかしいと言っても通用しないだろうけど、韓国における反日は宗教じみて合理性が通じないことを内側から批判する書になっている。
今後益々純化(=日本から見ると状況の悪化、理性の退化)していくであろうことを予測している書でもある。

読んでみて、切ない気持ちになっている。
自国を恥じなければいけない著者を思って切なくなる。
2002年の共同開催のワールドカップやその後の韓流ブームが起きた時を懐かしんで切なくなっている。
私の気のせいではなく、やはり自体は剣呑な方向へと悪化しているのかと思い、切ない。

セウォル号の事件があってからしばらくの間、ネットで掲示板を追ってみた。
韓国や中国の方が書いたものを和訳してあるサイトはいくつかある。
翻訳した人がどのような意図を持って、基準を持って、紹介してあるのか、そこには保留が必要とわかっていても、なんだか物悲しくなった。
私は韓国に何度か足を運んだことがある。その回数は二桁になる。
ある時から、行く気がうせた。嫌われるとわかっている国に、わざわざ足を運ぶ気にならなくなった。
日本が改めて嫌われていると感じるのは、報道のせいなのか。施策のせいなのか。
しかし、外交上、両者は安定して平和でなければまずいはずではないのか。
それなのに、しかも、というか、韓国が中国に近寄ろうとしている感じもする。

なんだかなぁ。
新しいことを持ち出しては、謝れ、謝れ、金を出せってなんだろう。
自分たちが盗んだものを返さないとか。なんでもかんでも、韓国起源説にするとか。そんな風に嘘をついて認められたことがなんで嬉しいのだろうか。中国に朝貢外交していたことの屈辱をドラマで描きながらも、やっぱりその道を選ぼうとするのはなんでなのだろう。
そんな、自分の感覚からはどうしてもわからないというか、納得できないことが積もり積もって、私は段々、韓国という国が好きではなくなってきている。
すべての韓国の人が反日ではないと信じていたいし、これまでのよい思い出、よい印象があるだけに、とても残念だから、そういうネットの掲示板も見たくないと思うようになった。
見たくなくても、目を疑い、耳を疑い、国籍を超えて、人としていかがなものかと問いたくなるような事例が、次々に目前に現れる。嫌な言葉が、溢れかえっている。

どれもが、私の気のせいや、メディアの偏向ではなく、現に韓国で反日が強烈になっていることの反映だった。
10年ほど前に、韓国の近現代史に興味を持って数冊を読んでみた。たしか、『韓洪九の韓国現代史』だったと思う。
韓国では「親日」という表現は現在の日本に親しみを持つ立場ではなく、日帝の支配に賛同する意味を持つ歴史的な用語であることが紹介されていた。したがって、反日の反対語がない、と。
言い換えれば、『恥韓論』にて指摘されているように、反日しかない、ことになる。
韓国が反日にすがらざるをえないのは、韓国が自分自身の失敗や問題から目をそらすためである。

著者はこのように説明する。

本当は自分自身に問題があるのに、それを認めることができないから、日本が悪いと決めてしまうのです。(中略)
私はこう書きました。「僕は善だから、何をしてもいい」からもう一歩狂ったのが「あいつが悪だから僕は善だ。だから僕はあいつに何をやってもいい」であると。敵意が「あいつ」に集中的に向かうと。(p.178)

このように他責的になることで、自責から生じる抑うつを回避しようとする心理は、個人のなかでも、日本人のなかでも、よく見られることだ。
自分は被害者である。加害者は悪だ。それなら、被害者は善だ。被害者である自分は善だ。善は悪になんでもしていい、と、被害者が迫害者に転じることを、よく見かける。
それは、DVやストーカーの心理によく似ている。彼らの被害感と他責感には、客観性や合理性の入り込む隙間はない。とことん独善的な思い込みである。
それを国家の単位でぶつけてこられても。

巻末のほうで、著者は、日本は韓国に距離を置く外交を勧めている。隣国だからと過度に親切にしようとするのではなく、例外的な措置をとるのではなく、基本的な外交だけをするように勧めている。
それを聞くと、セウォル号の沈没の際、日本から救助の支援を打診して断られた、それでよかったのかな、と思う。
そして、個人のレベルでの持論をもっと発信すべきであること、日本は日本で韓国批判も含めての世論を形成することを提案している。
韓国にこれからも住み続けていきたいであろう韓国の人が、韓国が中国と仲良くするようなニュースが流れたら危機感を持って警戒してほしいと言わなければいけないなんて。
そんな人もいるから大丈夫よ、なんて、例外に思わないでほしいと言わなければいけないなんて。

私は、日本に住む、日本生まれの日本人として、この国だって、古きよき日本人らしさを否定する教育が進み、民度なるものが下がりつつある現状と、そのことと外国から向けられている敵対心に退行するために、日本のよさを再評価しようとしている傾向の両方を感じている。
私は憲法第9条を誇らしくいただきながら、日本と日本人が好きだよって言ってくれる人たちがいる日本をちょっと嬉しく思いつつ、受け継いできたものをなるべく大事に守っていけたらなぁと願っている。
馬鹿正直さとか、真面目さとか、平和にぼけていられるお人よしさとか、当り前に与えられてきた環境の居心地のよさ、守って行きたくない?
理性を手放している者同士の対立にならないよう、事実やデータは大事である。親しき仲にも礼儀を払いつつ、殴り合いにならない距離を保つことは必要である。
慰安婦問題であるとか、大量虐殺批判であるとか、言いがかりに感じる自分の感性は、もう否定しないでおこうと思った。
ぶつくさぶつくさ言いながら、これ以上、悪くならないように祈り続けていたい。

2014.06.17

日本が戦ってくれて感謝しています:アジアが賞賛する日本とあの戦争

井上和彦 2013 産経新聞出版

惜しいなぁ、というのが、最初の感想。
タイトルからして読者を選ぶ本ではあるのだが、読者を選んでしまうところで、著者のメッセージは伝えたい人に伝わらなくなるのではないか。
そして、著者が本来読者となってもらいたい層には、この著者の熱い思いはなかなか共感しづらいのではないか。
そういう意味で惜しい。

アジア圏を旅行して、日本人だからという理由で嫌な思いをしたことはあまりない。
多少の嫌な思いをしたことはあったが、とても親切な人に出会ったり、共感を示されたり、丁寧に接遇された思いのほうが強い。
私が旅行したことがあるアジアと言えば、韓国、香港(中国に返還前)、台湾、シンガポール、インドネシア、タイ、ベトナム、カンボジアと限られている。
ほとんどが観光を目的とした短期滞在に過ぎず、韓国を除いては1-2度の訪問に過ぎない。
だから、自分の体験を普遍化することはできないと承知した上でも、それでも、日本人であることで好意的に接してもらったり、日本人であることとは無関係に好意的に接してもらうことあったにしろ、日本人であることで嫌な思いをしたことは少ない。

その私自身の体験に、学生時代に出会った留学生など、アジアの人と出会った体験をプラスして考えた時、そんなに日本人って嫌われているんだっけ、あれれ?という疑問を持つようになった。
もちろん、私がメディアを通して知る嫌日、反日の声はメディアのバイアスがかかっているがゆえに、中韓のどれだけの人の声であるかはわかりにくい。
わかりにくいけれども、なんとなく背負わされてきた日本人であることの負い目のようなものが、ほかならぬ他国の人の声によってほぐされていった経験を持つ。
だからこそ、できれば、この諸外国の声、諸外国の事情、諸外国の歴史に残る日本と日本人の足跡は、もう少しニュートラルな筆致で紹介されていたらよかったのにと思う。

著者の悔しさやもどかしさといった熱い感情が熱い涙と共に描かれる時、共感するように押し迫られても、引いてしまう、冷めてしまう。
共感は強制されて働くものではないのだ。
著者の感激や興奮のすごさは伝わるが、読者たる私は、著者の感動に置いてけぼりをくらった。
そこは、戦後教育を普通に受けてきた世代として、自作自演乙?と反応したくなるような心が作用してしまうのだ。
もっと冷静に、現実的に、中立的に、理性的に記されていたとしたら、もう少し読者層が広がるのではないだろうか。
もう少し、読者が自由に心を揺さぶられるのではないか。考えが揺さぶられるのではないか。
右でも左でも斜め上でも、感じ方の自由は残した書き方をしてもらえるとありがたいのに。

非常に興味深い資料が豊富である。
なかなかに国内では紹介されることのないインタビューや取材である。
それだけに、もったいないというか、残念というか。
私には、ざっくり言って、暑苦しかったのです。
物事を両面から把握しなおすという意味で読む意義がある。

 *****

広島の人と、韓国の人と、アメリカの人と、カンボジアの人と、ベトナムの人と、台湾の人と。
いろんな人といろんな話をした。戦争の話もした。よく聞かせてもらった。
なんで、人は私に戦争の話をしたがるのかよくわからないけれども、聞かせていただくことが多いような気がする。

それは、ベトナムのフエにて。
シクロの運転手さんの言葉が忘れられない。
それはこんな言葉だった。

日本はベトナムにも使われなかったような大きな爆弾を使われた。
それを考えると、日本も戦争の犠牲者ではないか。ベトナムと一緒だね。
海外に興味を持つことが平和を作ることに繋がるのではないか。
緑を植える人は、平和を作る人だと、ベトナムでは言うんだよ。

2014.06.11

怖い絵

中野京子 2007 朝日出版社

怖さとは何か。
奇異であること。醜悪であること。残酷さ。
襲いかかるような恐怖ではなく、ひたひたと忍び込むような、どこかに残り香のように漂う怖さ。
気づいたときに初めて居心地が悪くなるのだ。

ムンクはもちろん、ゴヤやブリューゲル、ドガといった名前が並ぶ。
著名な画家、有名な作品が紹介されている。
著者の名前を知らなくとも、ヘンリー8世の肖像画など、どこかで見覚えある人も多いだろう。
それらが怖い絵かどうかは別にしても、気持ちのいい鑑賞ではない。
解説を読んで、怖いと思うかどうかは別にしても、だ。

著者のじっとりとした書き方が、なんとなく居心地が悪かった。
主題となる20枚の絵はそれぞれカラーで紹介されているし、1つずつの解説は程よく短い。
解釈は人それぞれではあると思うのだが、絵が描かれた背景を知ったり、読み解き方を学ぶ上で、読みやすい読み物となっている。
絵をただ見るのではなくて、絵を読み解くような作業があることを知れば、絵画鑑賞も面白くなる。
そういう鑑賞の初歩的なテキストとして、いいかもしれない。

私が好むものは風景画である。
風景画には比較的、そういうどろりとした情念がこもりにくいから見やすい。
クノップフ『見捨てられた街』などを見ていれば、そうとばかりは言い切れないのであるが、それでも、人物画よりも余程見やすい。
抽象画もまた好みで見ればいいと割り切ってからは、ずいぶんと楽になった。
怖いわけではないが、ある種の情念を感じると、ただ絵を見るだけのことがひどく疲れる作業になることは認める。

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