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2014.05.01

「ストーカー」は何を考えているか

小早川明子 2014 新潮新書

非常に勉強になった。
読み進めていくうちに気づいたが、この著者をテレビで見かけたことがある。
加害者のアセスメント、案件の緊急度のアセスメントのトリアージに見覚えがあった。

私自身、つきまとい行為について、2度ほど、警察に相談に行ったことがある。
間にはずいぶんの時間が空いており、相手は別の人であったのだが、きちんとうまく別れることの難しさを痛感している。
自分自身もまた、別れを切り出されたときに、うまく受け止めきれずにあがいた記憶があり、被害者も加害者も同根であるとの思いも持っている。
それを認めるのはいささか恥ずかしいことであるが、本書を読んで、何度もあるあるあるとうなずいたし、相手がどうしてそうせざるを得なかったのか、改めて考える機会になった。

この著者も「私は、恋愛をした責任は双方にあると考えます」(p.194)と言い切っており、本当にその通りだと思う。
責任というのは、私は結果を引き受けること、現実を受け止めること、うまくいかなかったならいかなかったことのぐしっとした気持を味わうことだと思う。
著者は、「人じゃ、自分が理解されて初めて責任能力が回復します。ここでいう責任とは、自分を取り巻く現実に対する、自発的な応答力のことです」(p.169)と定義する。
だからこそ、この言葉が生きる。

自分の感情は、誰かにぶつけるのではなく、自分が責任を持って処理するものです。(p.157)

人間関係において、加害-被害関係は、客観的に見て、事実として、その責任が100-0のことは少ないと思う。
コミュニケーションは双方向であり、お互いに傷つけあったり、愛し合ったりしてきたのだから。
しかし、自称「被害者」となったとき、100%被害者であると自分が感じたときに、相手が100%が悪いと考えて、迫害者に転じる現象が起きることがある。
そのような転換が、ストーカーの中に起きているのではないかと考えている。
つまり、被害の意識が、被害者にも、加害者にもある。
つきまとわれている方にも失敗や問題や下手糞さが、いくばくはあったこともあったかもしれない。なかったかもしれない。それはケースバイケース。
ただ、加害者の被害の意識というところに、介入の糸口があることを、本書で再確認したように思う。

そういう意味では、課題は、予期せぬ別れや望まぬ別れをどう受け止めるか、なのだろう。
「女性の場合、「過去を美化する」ことが別れる力を底上げします」(p.55)というのは、非常に納得がいく。
同時に、余計に傷つけるような言葉や暴力をぶつけないように、うまく別れるという技法だって必要なのだ。

人の心は移ろうものである。

その現実を受け止めていきたいものだ。
これからさきも、人生は、まだまだ続くのだもの。

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