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2013.12.01

ラカンの精神分析

新宮一成 1995 講談社現代新書

なんで買っちゃったんだろう。の一冊。
読むとわけわかんねーと頭の中がぐるぐるしてくる。
一瞬はふむふむと納得しても、頭の中に残らないのだ…。
きっと自分の読解力の限界に挑戦したくなったときに買ったんだろう。
当然、読まずに積んで数年。しかし、何も刺激のない環境だと意外に読めるもんだ。

筆者の語り口は真面目のようで、時々しれっとユーモアが混じる。
多分、これは精一杯わかりやすいラカンの解説な気がする。
しかして、なぜに、ドラコンボールまで出てくるよ…。しかも、神話って。

鍵概念の対象αであるが、人がSNSに傾倒する理由をよく表すことができるように思われた。
人は自ら自分がなにものであるかを語る言葉を不十分にしか持っていない。
そこで、プロフィール画面の自己紹介では足りず、フレンドからの紹介文を希求する。
他者のつぶやきや日誌で自分が語られることを希求し、その語りのなかに自分がなにものであるかを見直す。
しかし、それは受け身的な体験であり、好ましからざる語りも黙して引き受けねばならない。
その他者によって語られている自分が対象αであり、その語りには他者の欲望が含まれている。

なんか、色々分かりやすくなったぞ。なったのか?
…まぁ、いいや。

平行して起きたバーチャルな世界のあれこれと重ね合わせながら読んだ。
この理論を他者に説明できるほど精通してなくとも、私はすでに臨床にある程度は活かしている。
他者を関係性の中で理解するときのテクニックとして、それは活かされてくる。
学者ではなく臨床家の立場として、使えるからこれ以上はパス!と区切ることにする。

そうなのだ。難しいという評判ばかり聞いて、ラカンの本は読まなかった。
でも、私は既に学んでいた。大学の現代哲学の講義で、記号論を中心に。精神分析のセミナーでフロイトやクラインを。趣味の読書で、レヴィ=ストロースやウィトゲンシュタインを。
ラカンがレヴィ=ストロースにちかしく考察しているのはありありとわかるのに、一回だけラカンのセミナーに出席したレヴィ=ストロースが「全然わからなかった」とラカンをシャーマンに見立てたというエピソードがいい。
ラカン、報われない男だなぁ。色々と。

日々、言葉につまる、そのままの事象をみいだす。
私はなにものであるか。
その言葉を私は持たない。
他者による説明を欲する。
他者による説明を私が再現しようとすると、その表現は嘘臭くなる。
その繰り返し。
真理は他者を要求する。

ああ。だから、君は君って言ってもらったことが、とても大きな体験だったんだ。
そこだけ納得。

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