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2013.03.12

妻の超然

絲山秋子 2013 新潮文庫

常日頃に漫然と感じていることを、すぱんと言い当てるように言語化された文章に出会うときに、この作家はすごいと思う。さすがだと思う。
そういう文章との出会いが多い作家が、自分に相性のいい作家であると思う。感性が近いというのはおこがましいし、勘違いのようで気持ち悪い。
三人称で書かれた「妻の超然」、一人称で書かれた「下戸の超然」、二人称で書かれた「作家の超然」。
それぞれに、ぐいとひきつけられる文章があり、「作家の超然」の主人公がある小説の登場人物に自分を見出すように、私もこの小説群の主人公達に自分を見出した。

愛しているなんて言うから愛がなくなるのだ。(p.74)

「妻の超然」の一文に、ずきんと胸が痛んだ。
なくしたものを、やっと、なくしたと受け入れようとした時に読む文章としては、とても痛かった。
浮気しているであろう夫に対して、超然とした態度を保とうとする妻。
超然になりきれない、崩れ去るところが、とても幸せな夫婦の姿に見えてくる。
彼が幸せであることが嬉しい。そう。そういうものなのだ。

変わるよ、改めるよ、なんでも努力してみるよ、と僕は言えない。(p.179)

「下戸の超然」の一文に、唇をかみしめた。
何度も、何度も、何度も、言い続けた。
言い続けて、変わること、改めることができなかったかもしれない。
私は努力したつもりでも、努力は認められなくて、私も言えなくなった。
私は短気であり、依怙地である。頑固であり、融通がきかない。不器用で、かつ、卑屈である。
私は苦手なことを苦手という。それを卑屈だと言った人は、私が人を見下しているとも言った。どちらなのだろう。
その人には、私が「下戸の超然」の主人公のように超然として見えたのだろうか。解説はこの主人公に身勝手さや冷酷さを読むが、私は戸惑いを見出して共感する。
飲み込んで言葉にしなかった言葉がどれだけあるか。それを伝えることもないまま、わかりあえずに別れていく。

好きなものだけに囲まれて、仕事という狭い切り口だけで社会との接点を持ち、人と会わない生活をしていれば、いくらわがままでも良かった。(p.213)

つまり、こういう生き方を指摘されたのだと思う。お前はひとりで長くいすぎたのだ、と。偽善であると言われたのは、こういう振る舞いだったのだろう、と。
「作家の超然」という小説は、私にとっては入れ子細工だ。
主人公が小説の登場人物に「おまえはどうしたって、自らの物語を彼女の中に見出してしまう」(pp.253-254)ように、私はこの中に自分を見出さずにいられない。
1人で老いていくということ。やがて死ぬということ。その予告として、練習としての、病と入院、手術。
一文ではなく、物語に自分が見出されていく。
そこに、読者として、文学の力を見出したい。小説の力を信じている。

私には、寂しい気持ちがある。
これがなくなれば、どんなに楽であることだろう。
寂しくて寂しくて寂しくて涙が止まらぬ日がある私には、自分を見出す物語との出会いが、落ち着きを取り戻すきっかけになり、現実と向き合う機会となり、日常をやり過ごす支えとなるのだ。

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