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2012年6月

2012.06.25

文芸あねもね

綾瀬まる・豊島ミホ・蛭田亜紗子・三日月拓・南綾子・宮木あや子・山内マリコ・山本文緒・柚木麻子・吉川トリコ 2012 新潮文庫

東日本大震災の後、女による女のためのR-18文学賞受賞者を中心に、10人の作家達が全額寄付を目的としたチャリティ同人誌を作った。
電子書籍として売り出されたその同人誌の存在を知らなかったが、紙媒体の文庫として出版されたことを知り、購入した。
この本ができるまでの経緯は、山本文緒によるあとがきからも伺えるし、その他の執筆者による「文芸あねもね★できるまで物語」として巻末にまとめられている。

とても漢前なエピソードである。作家はすべて女性であるけれども。行動力と、統一しすぎない寛容さ(ゆるさとも言う)が素敵。
どれもこれも魅力的で、見た目通りのボリュームがあった。
一つ一つ味わうだけの価値がある。
震災による被災の有無に関わらず、女性たちを励ますような力強さを持っている物語群だ。男性も励まされると思う。多分ね。

山内マリコ「アメリカ人とリセエンヌ」
こういう想像を自由に広げる時期ってあるよねー。と、遠い目。
自分で泣けちゃうぐらいに空想できるのは作家さんならでは、では……と、さも自分は違うかのような顔をしてみる。
震災にまつわる思いを払拭してくれるような、ゆるい出だしで、ほっとした。

彩瀬まる「二十三センチの祝福」
いい話だった。しんみりと味わった。
うまく感想がいえないけれど。
ちょっとドラマみたいな。映画みたいな。

宮木あや子「水流と砂金」
スピンオフ作品は本編を読んでいないと、いまいちよくわからない……。
なので、これの感想は保留にしておく。
多分、本編を読むと好みなんだろうなぁ。という予感がした。

蛭田亜紗子「川田伸子の少し特異なやりくち」
この作品、好き。
そうなんだよ。社会人のふりさえできれば、社会人として一応は社会で生きていくことはできるんだ。
「ちゃんとしたおとな」というファンタジーに振り回されたり、ハードルの高さにめまいを感じている人には、ぜひ読んでもらいたいな。

豊島ミホ「真智の火のゆくえ」
やられた。中篇といっていい。この作品集の中で一番長さもある。
将也のような、こういう男に、本当に弱い。弱くなってしまった。何かしら、恋人を思い出させる要素を持つ登場人物に出会うと、ぐらぐらと揺さぶられて涙腺が壊れる。回復にしばらくかかる。
私が恋人と10代、20代を一緒に過ごしていたら、こんな風に魅了されていたのかもしれない。
私の知りえない人の若い日を覗き見るような気持ちになった。
と同時に、真智のように、大事な人を見つけたら、絶対に手離しちゃいけないよ、手を離したらしけないよ、そばにずっといるんだよ、と、エールを送りたくなった。
終わってしまったら、もう、取り戻せないものだから。

柚木麻子「私にふさわしいホテル」
東京の山の上ホテルを舞台にした衝撃の一夜の物語である。
ひどいなぁ、と思いながら、笑っちゃう話。
デビューを目指す作家の必死さがリアルなんだよなぁ。
そこまでしないよね?って聞きたくなるぐらい。

南 綾子「ばばあのば」
小説家一本で食べていくのは難しい。それって本当なんだろう。
そういう話が続くと、本当に厳しいんだなぁ、と、思う。
と、同時にあきらめない強さが、この本の趣旨にぴったりなんだろうとも思う。
独身のまま加齢していくのはねぇ。
あっという間に時間は過ぎて、不安に思う暇もないぐらいにあっという間に年を取るから、大変だよ。
ええもう、ほんとに。あれこれと耳の痛い話だった。

三日月拓「ボート」
元に戻る。なにごともなかったように。
それは現在の私の課題である。
元に戻れるわけがない。元通りになるのは嫌だ。
そこに引き止めておきたい気持ちをこらえて。
元に戻れるわけなどない。
その感覚を味わいながら読んだ。

山本文緒「子供おばさん」
あいたたた。また、耳が痛い。
『プラナリア』は苦手に感じたが、この短編はすんなりと馴染む気がした。
耳が痛いけれども、耳が痛くなるぐらい、自分の心情や境遇に近しいからだ。

日常に倦むことはない。
何も成し遂げた実感のないまま、何もかも中途半端のまま、大人になりきれず、幼稚さと身勝手さが抜けることのないまま。確実に死ぬ日まで。(pp.443-444)

それで悪いか。

吉川トリコ「少女病 近親者・ユキ」
ユキが可愛い。これもスピンオフ作品で、本編を読まずにこれだけを読んだのだけど、キュンとした。
いとしい人が、だれか知らない人のところにいってしまう。なんて。
そんなのは見たくないな。そんなのは、泣くしかないもの。そんなのは。
別れの話はつらいなぁ。最後にやっぱり遠い目になった。

2012.06.10

彩雲国秘抄:骸骨を乞う

雪乃紗衣 2012 角川書店

一人ずつ去っていく。
中年期以降の人生の課題である。
見送ること。置いて行かれること。
老いていくことは置いていくことになる。
最後に自分自身もまた逝くからだ。

彩雲国物語を読んだ人にしか、お勧めしづらい。
しかし、彩雲国物語をハッピーエンドのまま、「いつまでもいつまでも幸せに暮らしました」と胸の宝箱にしまっておきたい人には勧めない。
ここの描かれるその後の日々は、何かを得る日々ではなく、何かを失う日々であるからだ。

悠舜、旺季、晏樹を追いながら、これまで失うことの多かった人たちの人生が語られる。
どの話も切ない。本編において、敵役であり、最後に負けた旺季はどのような人物だったのか。
最後の大貴族。本編でも魅力的で存在感のあった旺季を中心に改めて描くことで、戩華王との争乱の時代とその死も語られていく。
この三人は、秀麗や劉輝と異なり、戦争の経験を背負っている。死を背負っている。自らが殺してきた多くの命を。
骸骨を踏みにじりながら生きてきた。その自分が骸骨を乞う時が来る。

そして、劉輝。
大事なものを失いながら、心を穴だらけにしながら、引きずるように生きてきた王。
すり減って脆くなった王の心を癒しながら、潤しながら、豊かに満たしていく秀麗との愛情に満ちた日々。
こんな風に愛し合えればどんなに素敵なことだろう。途中から涙が出てしょうがなかった。
美しくて悲しい、輝きの日々。いつまでも輝き続ける日々。心を満たし続ける輝き。

紫仙や黒仙は何を思ったのか、明瞭には語られない。
しかし、まさか、藁人形だけが残ったりしたら、黒髪の軍師も不本意だと思うけどなぁ。

最後に、それまでの気分を入れ替えるように、悪夢の国試組の国試の時の物語が添えられている。
鄭悠舜、紅黎深、黄鳳珠、菅飛翔、来俊臣、姜文仲、そして、劉志美。
本編で決して登場回数が多かったとは言えない人物もいるが、誰もがかなり個性的で印象的。
いや~、やっぱり鳳珠が好き。この顔触れの中ではまともな方なんだけど、ちょっと変わり者で好きだなぁ。
お気に入りキャラとこの本の中で出会えた人はラッキーということで。

志美を通じて改めて、戦後を生きることの難しさが語られる。
阪神淡路大震災で人口に膾炙され、東日本大震災でも話題になったPTSDというものがある。
この異常な事態に対する自然な反応としての心身の症状は、もともと第一次世界大戦や第二次世界大戦、ヴェトナム戦争といった戦争帰還兵に特有の問題行動や症状から、研究が始まった。
その意味において、この本で描かれる喪失を抱えながら生きていくという課題は、東日本大震災を経て、多く共有されうるものであると言える。
と同時に、シリアのニュースを見たり、スーダンやソマリア、内乱や戦闘が続く土地はまだまだ多い。その世界で、この物語は繰り返され続けている。現在進行形で。
だからこそ、今現在は戦闘状態にはないこの国で、戦争をおそらくは体験としては知らないであろう世代に読まれる意義が、きっとあるのだと思う。
泣きながら、そんなことを思った。

2012.06.05

羊男のクリスマス

村上春樹 1989 講談社文庫

ほんわかのんびり。
ちょっぴり理不尽。
もこもこふわふわの羊男は、立場が弱い。気も弱い。
しんみりするのは、祭りの後は寂しくなるものだから。
イラストの優しい風合いに支えられて、暖かく仕上がっている絵本だ。
クリスマスの贈り物を、羊男と一緒に心の中に受け取ろう。

職場で回ってきた本。
私にとって、もしかして、初めて最後まで読めた村上春樹の本かも。
読み終えて、シナモン味のドーナツか、スティック状のねじりドーナツか、どちらか、あるいは、両方を食べたくなった。
昼休みに、某大手ドーナツ屋さんに行ってみたら、どちらもなかった。
スティック状のシナモンドーナツがあったら、山ほど買って、冒険のお弁当にできたかもしれないのにね。
しょうがないから、オールドファッションハニーと米粉ドーナツよもぎを買って、素直に職場に戻った。
冒険はお預け。残念。

ふふふ。
クリスマスまでなんて、あっという間なんだよ。きっと。

2012.06.03

忍びの国

和田 竜 2011 新潮文庫

面白かった。
舞台は戦国時代の伊勢と伊賀。
織田信長が長男、信雄の軍勢を相手にするのは、伊賀忍者。
忍者の一人には、若き日の石川五右衛門もいたりする。
荒唐無稽すれすれの物語にアクチュアリティを加えるのは、史料的な背景だ。
それも、歴史は嫌味にならない程度に現実感を支える役割に徹し、物語が面白い。

児玉清さんの書評にもあるが、映画のような小説なのだ。
場面、場面の情景が目の前に浮かび上がるような描写。
動きがあって、しかもそれが恰好よかったり、面白かったり。
映像化したら面白いだろうなぁ。酸鼻過ぎるかな?
私の中のイメージ映像は、BASARAっぽい感じで。
ラストのシーンまで、しっかり映像として見るように読んだ。

伊賀一の忍者である無門が走りながら忍び装束になるシーンなんて、本当にしびれる。
そのくせ、この伊賀忍者、かなりダメダメなにおい。
かといって、信雄もダメダメなにおい。どっちに肩入れしていいのやら。
戦争したがるなんてばかじゃないのと言いたくなるが、そのうつけっぷりが突き抜けている。
善悪とはちょっと違う目線から両者の対立を描いていくから、生臭くて活き活きとする。

恋愛要素もちゃんとある。
大の男の瞳の中に寂しい子どもを見つけてしまったら、鷲掴みにされるしかない。
無門とお国の恋の部分には、きゅんきゅんきた。
たまらないよねーって、誰に同意を求めているんだろう。

人でなし。
人でないから殺していいのか。殺されていいのか。
人らしくあるとはどういうことか。
まっとうな人であるとは。
まっとうな人になるとは。
物語は今も続いている。

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