2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

著者名索引

香桑の近況

  • 2017.1.4
    2016年 合計50冊
    2015年 合計32冊
    2014年 合計26冊
    2013年 合計32冊
    2012年 合計54冊
    2011年 合計63冊
    2010年 合計59冊
    2009年 合計71冊

    合計323冊
無料ブログはココログ

« 夏天の虹:みをつくし料理帖 | トップページ | 院長の恋 »

2012.04.06

心に性別はあるのか?:性同一性障害のよりよい理解とケアのために

中村美亜 2005 医療文化社

もともとは英文の論文として発表され、そこに著者が「エッセイ」と評する主張を付け加えた構成になっている。
自分の性別に悩む人、自分は性同一性障害ではないかと悩む人に、手に取ってもらいたい一冊だ。
この中でインタビューを答える人たちにはいろいろな人がいる。
性の多様性を、セックス、セクシュアリティ、ジェンダーのどの次元においても再確認した上で、自分の性について向き合ってもらいたい。自分と向き合うことを、自分自身を受けいれる過程で何度も必要になる。
単純に男女の二元論に再陥落していくことは決して治療的ではないことを、ケアに関わる側も知っておくべきだが、この落とし穴に当事者がまず落ち込まないようにしてほしいと願うからだ。
ほかの人がどのように自分自身の性と折り合いをつけてきたか、きっと参考になることだと思う。

続きは個人的な心情を露悪的に書いてみようと思うから、読む人は気を付けて。

私の身も心も、偏りがある。
女としてもできそこなっているし、人としても欠けている。
それがどーした?と個人の内部では落ち着いているが、他者に理解されるとは限らない。
パートナーとも結局はうまくいかなかった。
私にとって女性であるということは、苦々しさを含む。
「外から押し付けられる」ものだという感覚がつきまとうからだ。

自分はどういう人間であるのか、ほかならぬ自分が決めていくものである。それはその通りだと思う。
そこにその通りに他者から理解されたと願って、プレゼンテーションの適切さが問われ、他者からのパーミッションが得られるかどうかで生きやすさはある程度左右されてくる。
アイデンティティとはそういうものだと思う。

髪が伸びた。いっそ剃髪したいぞ。と、思う私のジェンダーはいつも中途半端なところにアイデンティファイされる。
私の中に「自分は反対の性別である、という強く継続的な自己認識」はないが、「自分の性に対する持続的な不快感、またはその性の役割についての不適切感」は豊富にある。ついでに、性行為および性的な対象に見なされることへの不快感や拒否感もある。
積極的に男性性を獲得したいとは思わないが、女性であることがやりきれない。
もうちょっと直截に言ってしまえば、男性器は二重の意味でほしくない。
乳房もいらないと思うことがしばしばある。あと7kgぐらい痩せるか、筋肉を鍛え上げて体脂肪を落とすか、切除するか、どれが一番現実的だろうと考えるのは楽しいが、どれも実行はしないだろう。

ニュートラルな性があればいいのに。
自分の中のことは自分で抱えるし、自分でけりをつければよいが、我は独りであるわけではない。
私は親密な他者関係である色恋沙汰からリタイアしたいのであり、巻き込まないでくれとアピールするための手段を欲する。
自分が女性であるというそのことよりも、女性として扱われる、女性として性的に欲されることが、一番嫌なことである。
そういう意味では、剃髪というのは一目でわかる象徴であり、すぐれた文化装置、生活の知恵だった。と、源氏物語を読んでいて思った。

この程度の生きづらさを積極的に疾患扱いする必要はまったくないが、しかし、同時に、ジェンダーを検討するときにはこのような曖昧さや揺らぎを含みおきつつ理解していかなくてはならない。
ジェンダー・アイデンティティを再確認するプロセスにおいて、安易な男女の二元論に陥ることがあってはお粗末だ。
だからこそ、こういった「心に性別はあるのか?」という素朴な疑問はとても大切に思い、著者の姿勢に好感を持って読んだ。

« 夏天の虹:みをつくし料理帖 | トップページ | 院長の恋 »

>ジェンダーや性の問題」カテゴリの記事

専門書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/183237/44782816

この記事へのトラックバック一覧です: 心に性別はあるのか?:性同一性障害のよりよい理解とケアのために:

« 夏天の虹:みをつくし料理帖 | トップページ | 院長の恋 »

Here is something you can do.

  • ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン
    子どもとともに途上国の地域開発を進める国際NGO

最近のトラックバック