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2012.03.10

心のケア:阪神・淡路大震災から東北へ

加藤 寛・最相葉月 2011 講談社現代新書

あれから一年を目の前にして、震災関連図書の検索が増えている気がする。
この本は、東日本大震災直後から2011年8月にかけて、「心のケア」がどのように行われたか、被災のもたらす心理的な影響を紹介する。次に、阪神淡路での知見と事例、支援者支援の目線と兵庫県心のケアチームの活動ルポと、多岐にわたる内容である。
インタビューを中心にした柔らかい話口調で、説明もよく噛み砕かれており、専門家ではないけれども被災者支援に関わるであろう人を意識して書かれている。
ここに書かれていることは、阪神淡路から災害支援に関わり続けてきた人が、阪神淡路のときに知っておけばよかったと思うことである。

心のケアという言葉には、医療行為から隣人の見守り活動まで、幅広い次元が含まれる。
その次元ごとの役割の違いと、時間の経過に従っての期待の変化をふまえた上で、支援を考える必要性がある。
そこがよく整理されているし、この支援にも段階や次元があるということを、もっと広く知っておいてほしいと思う。
命の安全や安心が確保されるのが一番。命の危機を感じている間は、安心できるわけがない。落ち着けるわけがない。
こんなめったにない体験にあったのだから、気持が揺れ動いて当たり前、体調を崩したって当たり前、そう簡単には元通りの生活にならないんだから疲れたって当たり前の、当たり前の反応を示せるようになるには、やっぱり安心や安全が確保されてから。
そういう意味では、地震直後に心理的なケアを必要としたのは、関東の友人たちだったことを思い出す。

そして、必要とする時間には個人差があるとしても、7割の人は回復する力を持っているということ。みんながみんなに専門的な治療が必要になるわけではない、ということ。
阪神淡路で被災した2人の体験談は貴重である。体験は人によって異なるにせよ、こういった経過をたどる人たちがいることに、希望を見出してもらいたい。
だからといって、自力だけでがんばろうとせずに、助けが必要だと思った時には、助けを求めてほしい。押し売りや押し付けはしないが、助けを求められたときのために、待機している人たちがいるのだから。
何もしない。でも、そこにいる。いつも、いつでも。見守って、待っている。

治療しようが、ただ話を聞くというスタンスであろうが、基本的な態度としてはまず相手に害を与えないということ。それ以上、その人を傷つけないということ。被災者役割を押しつけすぎないことも、心に留めておく必要があります。(p.165)

人を亡くした時には、悲しみを我慢しないことにしている。
私の経験則だ。
悲しいときは、きちんとしっかり徹底的に悲しむ。泣くのをこらえたっていいことはない。
私の場合、情緒的に発散させた後は、体験を物語化して繰り返して順化(私の感覚では摩滅)させる、刺激を回避して記憶を風化させる、日常生活を送り続けることで正常化は進む。
喪の作業をさくっと進めて、自分が抱えられるサイズの悲しみにしてしまうために、悲しみから目をそらさずにきちんと悲しむ。
気持ちの整理を進める手順は知っているし、年月がどのように作用するかもわかっている。
今日のこの喉につまり、息を止めそうな悲しみや苦しみや疲れも、やがて私は噛み砕き、飲み下し、腹に納め、消化/昇華して、残骸だけを胸に抱え続けることになるだろう。

わかってはいるんだけど、恋人のことは忘れないように、そのプロセスを極力避けている。
心のケアは安売りするものではないし、押し売りするのは言語道断。押し付けたってしょうがない。
心に立ち入ることは、無理にするものではないことはわかっているんだけどね。自分自身が今は遮断しているのに。
これが最後、これより先は関われないと思うと、あれもこれもと詰め込みたくなることがあった。
私にできることはほかにないし、私しか言う人がいないじゃないか。今の彼に届かなくても、10年後、20年後に響いてほしいと、種を蒔いておこうと、焦りすぎた。
私が彼の人生から撤退する、その前に。まだ言葉を届けられる、そのうちに。嫌われたのならばこれ以上は悪いことはない……と踏み切った暴挙だった。
しかし、ぶつけられたほうは、受け取るどころではなく、しんどかったことだろう。よかれと願ってしたことであったが、確かに彼を傷つけた。そのことを心底、反省する。

別れがこんなにもつらいなんて、思いもしなかったんだ。

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