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2012.03.12

そうか、もう君はいないのか

城山三郎 2010 新潮文庫

こんな夫婦になりたかったーーーーっ。
穏やかで暖かい筆致で語られる夫婦の姿に、胸がほっこりとする。
出会いから結婚、子どもたちが巣立ってからの生活、旅行の数々。
妻への愛情と敬意がひしひしと感じられ、思わず微笑したくなる。

タイトルが、気になっていた本だ。なんとも言えない響きに惹かれていた。
改めて、ふと、大切な人の不在を実感するときの、その溜め息のような悲しみ。
この人の小説を読んだことはなかったし、作家が最後に書いた亡き妻との生活、没後に発見された原稿ということで、読んだら泣くと思って手が出なかった。
だから、こんなにも温かさに満ちた思い出としてパートナーを語れることに、感激した。

とはいえ、半ばに挟まれた詩の2編を読んだとき、号泣スイッチon。
続いての、奥さんのガンの発見と闘病のくだりになると、もう。
でも、こんな風に。
こんな風に手をつないで、年を重ねていきたかった。
一緒に老いていきたかった。
別れる、その瞬間まで。
羨ましいこと限りない。

城山氏の遺稿に続き、妻を亡くしてからの、城山氏のその後が、次女によってつづられている。
夫婦の愛情。親子の愛情。家族の密な時間が率直に語られていた。
これも、たまらず、泣いた。思い切り泣いた。
職場で読むのは大きな間違いだった。花粉症の季節で幸いした。
そして、解説は児玉清氏。これはこれで、また、切ない。
愛情に満ちた、素晴らしい一冊だった。

パートナーとは、一緒に生まれることがないように、一緒に死ぬこともない。
短いか長いか、一緒に生きることができるだけ。
パートナーの不在に、私もまだ、うまく慣れることができない。
その貴重な喜びの時間を書き留めることを試したことがあったが、書くと書ききれない膨大な情報が漏れ落ちる上に、自分が泣き崩れてどうにもならなくなるので挫折中。
こんな風に、暖かな記憶を記録できれば、それは私の記憶がいつかおぼろになってからも宝物のように輝き続けるだろう。
またそのうち、ゆっくりと取り組もうと思う。

別れの後は、私にとって余生である。
奇跡を思い描くことはなく、希望を抱くこともない。
恨みや憎しみはないし、私は自棄を起こせるたちでもない。
幸せも喜びも半減するとも、余生は余生らしく、淡々と過ごしたい。
人が孤独を背負う手伝いを生業にしながら。

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