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香桑の近況

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2012年3月

2012.03.18

夏天の虹:みをつくし料理帖

高田 郁 2012 時代小説文庫(ハルキ文庫)

この展開は。
私に泣けと言うのか。
想いびとと添う幸せと、料理人として生きる幸せと。
どうして二つ、並び合わせて生きていくことは叶わぬのか。
澪の選んだ道に、冒頭から嘆息した。

私の縁談が流れたと知って、急に優しくなった人たちがいる。
上司とクライアントだ。部下たちも内心は……と喜んでいたようだ。
ありがたくはあるが、どうにもこうにも、複雑な気分である。
母親が喜んでいるのは腹が立つので黙殺。
そんな自分の状況と重なり合って、どうにもこうにもやりきれない。
せめて、物語の世界ぐらいは、ハッピーエンドであってほしいのに。

以下、ネタばれ……しないように気をつけるけど、もうしちゃったか?
今回は私もネタばれの上で読んだ。まさかの検索ワードでネタばれ。

澪を取り巻く優しく温かい環境。
誰もかれもが澪のことを思うがゆえに、澪が選択を迫られるになったのが前巻。
その答えを出すところから始まったこの巻。
料理帖とタイトルにあるだけに、澪は料理人としての道を捨てられなかった。
むしろあっさりとした別れの瞬間から、その後、じわじわと別れの悲しみが澪を襲う。

好きな人だったのだ。思っていたし、思われていた。
だから、小野寺は損な役回りをすべて背負って、澪を守ってみせる。
その小野寺を悪く言うのを聞くたびに、胃がしこり、胸が締め付けられる。
好きな人のことを悪く言われたいわけがない。好きなのだ。まだ、好きなのだ。
その澪の想いも、小野寺の想いも、踏みにじらないで、見くびらないでほしい。
好きになったその人が、そんなにひどい人のわけがあるわけないではないか。
真相を誰にも打ち明けられないこともまた、澪を一層苦しめる。

仕事をしていればまぎれる。
考えを麻痺させて、心のどこかを麻痺させて、日々が続く。笑うに笑えず、ともすれば泣きたくなるような。
食べることも味を感じない。装うことに楽しみを感じない。目に映るものに美しさを感じられない。鳥の声も、花の色も、星の輝きも、慰めにはならない。
大切な人がいないまま、季節が過ぎることが許せない。それでも、時は確実に流れていく。

少しでも希望があるのなら、すがりつきそうになる愚かな自分と闘いながら。
人々の支えを感じながら、澪は自分の心星を見詰める。
休息の時を経て、もう一度、より力強く羽ばたく日のために。

それにしても、又次ですよーーーっ。
私の一番のお気に入り。絶賛お勧め物件。一番のいい男。
澪の伴侶になるなら小野寺様がよかったけれども、物語中で私の好きなタイプと言えば又次さんだったわけです。
それなのに……。読む前から予想がついていたとはいえ。やっと朗らかに笑えるようになったのに。
この巻、いきなり二人もいい男がいなくなってしまって、この先、どうするんだろう。
次の巻の発売予定は一年後。それでもなんとかハッピーエンドになってほしいものです。

想いびとと添う幸せを逃し、手元に残ったのは仕事で。
彼と一緒に台所に立ちながら、この本の中のレシピに挑戦したかったな。
小松原様というよりも、又次さんのような人。気風がよくて頼もしくて。
とにかくいい男でねぇ。素敵だったんだよー。ほんとうに、いい人なんです。
彼と生きていくためなら、なんでも捨てられるつもりでいたが、私が捨てられるのが先だったのが痛い。それも自分の至らなさが招いたことだ。
私には過ぎる人だったと思うことが、私の気持ちの落とし所になるのかも。
本当に、本当に、素晴らしい人。彼よりいい男には、二度と会わないな。間違いなく。
澪のように忘れたいとは思わない。恋は二度といらない。私が伴侶と慕う人は一人だけ。
ああ、ちくしょー。わすれられるかー。あいたいぞー。すきでわるいかー。

2012.03.14

どうせ、あちらへは手ぶらで行く

城山三郎 2012 新潮文庫

『そうか、もう君はいないのか』を読み、続けて、城山氏の人となりに触れてみたいと思って、本書を買ってみた。
内容的にも、作家が書いていた日記のようなメモのうち、最後の9年間のものになる。
元気な妻と過ごした最後の一年間から、作家自身が死ぬまでの経過をたどることができる。
その点でも、この二冊はあわせて読む価値がある。

解説で真山仁氏が、「私たちには、『読まれることを想定して綴る言葉』と『自らの心の叫びや戒めとして刻んだ言葉』がある」(p.187)と書いている。
作家が人に読まれることを想定せずに書いた言葉は、妻を亡くした悲しみ、日々老いていくことへの不安に満ちている。
その中で、折れそうな自分を叱咤するように「楽しく、楽に」と自らに言い聞かせる。
娘や孫と過ごす時間を一番の幸せに感じつつ、仕事をうまくこなせなくなっていくもどかしさや嫌気。
物忘れが増えて、一人では立ち行かなくなりつつあると、途方に暮れる男性。

かんじんのお前が居ない。(p.88)

妻の夢を見ることの幸せと、目覚めた後の身を切られるような寂しさ。
時間が経っても、ふと、涙がこみあげてくる日があったことが伺える。
愛する伴侶をなくした人の心の記憶として、人が老いていくプロセスとして、この日記は災害で家族を失った人にも届く思いもあるのではないか。
それにしても、お酒の飲みすぎ。心配になるじゃないですか。酔いが醒めると眠気も覚めるのだから、眠れない人が痛飲しちゃだめーっ。痛々しくて居たたまれない。

最後の最後に、日記は1951年に戻る。
心憎い。やられたーっと思った。
瑞々しく、美しい出会いの記録だ。

次女の手による本書出版の経緯に、また泣かされた。
確かに、自分の両親の手紙や手帳、PCや携帯の中のメールなど、捨てるに捨てがたいが、見るに見がたいことだろう。
それに触れるまでには、子として親の喪のワークを勧めなくてはならなかったであろうが、しかし、私は、『そうか、もう君はいないのか』と『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』の二冊は、広く愛される本ではないかと思い、読めてよかったと思った。
含蓄のある言葉も多く、引用しておきたくなる。学ぶことの多い、人生観だ。
タイトルの元になった「歩け 歩け」の詩は、老い行く両親に読ませたいと思った。ほら、こんなもんだよって。ほかの人だって。

『読まれることを想定して綴る言葉』は仕事で使う言葉である。これは残ることは仕方がない。
このブログに書く文章は、私にとっては『自らの心の叫びや戒めとして刻んだ言葉』の率が高い。
名を隠し、顔を隠すことによってしか、私は叫ぶことができないから。
一番、聞いてほしい人をわずらわせてはいけないから、ここにあそこに叫ぶ。

さて、次は何を読もうか。
この本と一緒に『指揮官たちの特攻』を買って帰ったのであるが、案の定、私が読む前に父に取られてしまった。
山之口洋の『瑠璃の翼』も父が持っていって、「あなたは読まなくていい本だから」と言われ、そのまま父のものとなったので、同じ運命になるかもしれない。
代わりに、父が同じ城山氏の『役員室午後三時』ほか数冊を貸してくれたのであるが、どれも分厚い。
うーん。

2012.03.12

そうか、もう君はいないのか

城山三郎 2010 新潮文庫

こんな夫婦になりたかったーーーーっ。
穏やかで暖かい筆致で語られる夫婦の姿に、胸がほっこりとする。
出会いから結婚、子どもたちが巣立ってからの生活、旅行の数々。
妻への愛情と敬意がひしひしと感じられ、思わず微笑したくなる。

タイトルが、気になっていた本だ。なんとも言えない響きに惹かれていた。
改めて、ふと、大切な人の不在を実感するときの、その溜め息のような悲しみ。
この人の小説を読んだことはなかったし、作家が最後に書いた亡き妻との生活、没後に発見された原稿ということで、読んだら泣くと思って手が出なかった。
だから、こんなにも温かさに満ちた思い出としてパートナーを語れることに、感激した。

とはいえ、半ばに挟まれた詩の2編を読んだとき、号泣スイッチon。
続いての、奥さんのガンの発見と闘病のくだりになると、もう。
でも、こんな風に。
こんな風に手をつないで、年を重ねていきたかった。
一緒に老いていきたかった。
別れる、その瞬間まで。
羨ましいこと限りない。

城山氏の遺稿に続き、妻を亡くしてからの、城山氏のその後が、次女によってつづられている。
夫婦の愛情。親子の愛情。家族の密な時間が率直に語られていた。
これも、たまらず、泣いた。思い切り泣いた。
職場で読むのは大きな間違いだった。花粉症の季節で幸いした。
そして、解説は児玉清氏。これはこれで、また、切ない。
愛情に満ちた、素晴らしい一冊だった。

パートナーとは、一緒に生まれることがないように、一緒に死ぬこともない。
短いか長いか、一緒に生きることができるだけ。
パートナーの不在に、私もまだ、うまく慣れることができない。
その貴重な喜びの時間を書き留めることを試したことがあったが、書くと書ききれない膨大な情報が漏れ落ちる上に、自分が泣き崩れてどうにもならなくなるので挫折中。
こんな風に、暖かな記憶を記録できれば、それは私の記憶がいつかおぼろになってからも宝物のように輝き続けるだろう。
またそのうち、ゆっくりと取り組もうと思う。

別れの後は、私にとって余生である。
奇跡を思い描くことはなく、希望を抱くこともない。
恨みや憎しみはないし、私は自棄を起こせるたちでもない。
幸せも喜びも半減するとも、余生は余生らしく、淡々と過ごしたい。
人が孤独を背負う手伝いを生業にしながら。

2012.03.10

心のケア:阪神・淡路大震災から東北へ

加藤 寛・最相葉月 2011 講談社現代新書

あれから一年を目の前にして、震災関連図書の検索が増えている気がする。
この本は、東日本大震災直後から2011年8月にかけて、「心のケア」がどのように行われたか、被災のもたらす心理的な影響を紹介する。次に、阪神淡路での知見と事例、支援者支援の目線と兵庫県心のケアチームの活動ルポと、多岐にわたる内容である。
インタビューを中心にした柔らかい話口調で、説明もよく噛み砕かれており、専門家ではないけれども被災者支援に関わるであろう人を意識して書かれている。
ここに書かれていることは、阪神淡路から災害支援に関わり続けてきた人が、阪神淡路のときに知っておけばよかったと思うことである。

心のケアという言葉には、医療行為から隣人の見守り活動まで、幅広い次元が含まれる。
その次元ごとの役割の違いと、時間の経過に従っての期待の変化をふまえた上で、支援を考える必要性がある。
そこがよく整理されているし、この支援にも段階や次元があるということを、もっと広く知っておいてほしいと思う。
命の安全や安心が確保されるのが一番。命の危機を感じている間は、安心できるわけがない。落ち着けるわけがない。
こんなめったにない体験にあったのだから、気持が揺れ動いて当たり前、体調を崩したって当たり前、そう簡単には元通りの生活にならないんだから疲れたって当たり前の、当たり前の反応を示せるようになるには、やっぱり安心や安全が確保されてから。
そういう意味では、地震直後に心理的なケアを必要としたのは、関東の友人たちだったことを思い出す。

そして、必要とする時間には個人差があるとしても、7割の人は回復する力を持っているということ。みんながみんなに専門的な治療が必要になるわけではない、ということ。
阪神淡路で被災した2人の体験談は貴重である。体験は人によって異なるにせよ、こういった経過をたどる人たちがいることに、希望を見出してもらいたい。
だからといって、自力だけでがんばろうとせずに、助けが必要だと思った時には、助けを求めてほしい。押し売りや押し付けはしないが、助けを求められたときのために、待機している人たちがいるのだから。
何もしない。でも、そこにいる。いつも、いつでも。見守って、待っている。

治療しようが、ただ話を聞くというスタンスであろうが、基本的な態度としてはまず相手に害を与えないということ。それ以上、その人を傷つけないということ。被災者役割を押しつけすぎないことも、心に留めておく必要があります。(p.165)

人を亡くした時には、悲しみを我慢しないことにしている。
私の経験則だ。
悲しいときは、きちんとしっかり徹底的に悲しむ。泣くのをこらえたっていいことはない。
私の場合、情緒的に発散させた後は、体験を物語化して繰り返して順化(私の感覚では摩滅)させる、刺激を回避して記憶を風化させる、日常生活を送り続けることで正常化は進む。
喪の作業をさくっと進めて、自分が抱えられるサイズの悲しみにしてしまうために、悲しみから目をそらさずにきちんと悲しむ。
気持ちの整理を進める手順は知っているし、年月がどのように作用するかもわかっている。
今日のこの喉につまり、息を止めそうな悲しみや苦しみや疲れも、やがて私は噛み砕き、飲み下し、腹に納め、消化/昇華して、残骸だけを胸に抱え続けることになるだろう。

わかってはいるんだけど、恋人のことは忘れないように、そのプロセスを極力避けている。
心のケアは安売りするものではないし、押し売りするのは言語道断。押し付けたってしょうがない。
心に立ち入ることは、無理にするものではないことはわかっているんだけどね。自分自身が今は遮断しているのに。
これが最後、これより先は関われないと思うと、あれもこれもと詰め込みたくなることがあった。
私にできることはほかにないし、私しか言う人がいないじゃないか。今の彼に届かなくても、10年後、20年後に響いてほしいと、種を蒔いておこうと、焦りすぎた。
私が彼の人生から撤退する、その前に。まだ言葉を届けられる、そのうちに。嫌われたのならばこれ以上は悪いことはない……と踏み切った暴挙だった。
しかし、ぶつけられたほうは、受け取るどころではなく、しんどかったことだろう。よかれと願ってしたことであったが、確かに彼を傷つけた。そのことを心底、反省する。

別れがこんなにもつらいなんて、思いもしなかったんだ。

2012.03.05

失われた町

三崎亜記 2009 集英社文庫

別れはいつも突然で、予期していないときに襲ってくる。また一つ、訃報に泣く。
失ったことを悲しんではならないなんて、それがどれほど難しいことか、胸がつかえる思いでこの本を読んだ。
別れはいつも理不尽で、いつくるかわからないもの。それがわかっているから、だから、会える間に、大事な人に会いたくなる。
今すぐ、押しかけて行きたくなった。怒られるだろうなぁ……。

思い出だけをよすがに、ここから先、どれだけ私は耐えられるのだろう。
泣ける間は、まだそれだけ、思い出が生々しく残っているということ。
色あせること、風化すること、忘れてしまうことを私は恐れる。
しかし、思い出だけを抱えて、30年が経ったら。
思い出の中の彼だけが若いのか。それでも忘れてしまうより、ずっといい。
最初の数ページから泣いた。どのエピソードにも泣かされっぱなしだった。
なんだか顔がむくんでいる気がするのは、気の所為じゃないと思う。

『となり町戦争』と同じように、まるで現実のこの世界のどこかで起きているような小説。
よく読んでいけば、舞台は現実世界とは少し違う要素があることがわかってくる。
どこかにありそうな地名、どこにでもいそうな人名が錯覚させるが、これは一種のファンタジー世界だ。
聞き慣れないお茶の名前、風変わりな印象の音楽、どこか戦争の気配がする社会情勢。
そこでは、およそ30年ごとに町が消えるという不思議な現象がある。
その現象に巻き込まれ、大切な人を失いながら、被害を食い止めようとする人々がいる。

7つのエピソードは、主人公を変えながら、立場を変えながら町が失われるということを描きだす。
いくつもの出会い、さまざまな関係が、入り混じりながら、失う痛みは癒されることがなくとも、未来への希望を紡いでいく。
いつか失われるからこそ、それはとても理不尽なものだからこそ、「今」が愛おしい。
年齢が近いせいか、桂子さんに一番思い入れした。共に過ごした時間は短くとも、愛された記憶に満たされて、たたずまいを変えた彼女のように生きていきたいと思う。

あれから一年を否応なく思い出させるテレビの番組宣伝。
この一年間、一体、いくつの町が消えたのだろう。この地球の上で。
ダムの下に消える街。過疎が進んで消えていく町。市町村の統廃合で消えていった地名。
爆撃をされた町。地震におそわれた町。津波に飲み込まれた町。
そんな失われた町を思いながら読んだ。
残された人たちはどのようにしてこの先を生きていくのだろう。

人には決して癒されえぬ悲しみや苦しみがあることを知る音だった。それらを抱えたまま、それでも進んでいかなければならないという貫くような意志と想いが託されていた。(p.516)

本を読みながらなら、泣いていいよね?
本を読んでいるから泣いているだけだもの。
「思い出を、ありがとう」(p.259)と私も伝えられたらいいのに。
もう一度、会いたいなぁ。亡くなった人にも、もう一度会いたかったなぁ。

2012.03.01

裁きの門

マーセデス・ラッキー 1996 創元推理文庫

愛は自由でなければ生きられぬ。

この言葉が深く印象に残ったのは、実はこの2冊目のほうだ。
高らかに歌い上げるように、この台詞はとても大切な場面で使われている。
タルマはケスリーを救うためになに一つ惜しまないが、私は守るべきものを間違えた。
それが今ならわかる。わかるから悔やまれる。くりかえし、発作のように号泣する。

素晴らしい本に出会うと、睡眠も食事も仕事も手につかなくなる。それは、何度目か数えられないほどの再読である今回も同じだ。
『女神の誓い』が短編や中編を集めていたのに対し、タルマとケスリーを主人公とする2冊目はがっつりと長編。
この本が、ラッキーが私の中のNo.1であることを不動にした。
魔法があり、精霊がおり、架空の世界で展開しているはずなのに、主人公たちが目の前で息づくような現実感に引き込まれた。
物語の筋が面白いだけではない。がっちりと骨太で力強く、なにごとも綺麗事では済まさない世界観に魅了された。

タルマとケスリーは、傭兵隊に所属するようになる。その傭兵隊の戦争場面から物語は始まる。
ずぶ濡れ、どろまみれの主人公達の戦いは、きらびやかでもなければ晴れ晴れしくもない。
さすが軍隊がある国の人が書いただけあると思うのだ。
自分の想像力の限界では、傭兵といえば自由契約の戦士ぐらい。物語やゲームで見かけるのは、そういう個人と個人の戦闘が多い気がする。
斥候のやり方、戦闘の合間の待機、戦闘のない季節の本拠地の様子や過ごし方、舞台の運営や訓練、そういった部分まで想像を広げて、説得力をもって語る小説を、私はほかに読んだことがなかった。
そして、魔法の使い方は、その後、私が今の仕事を始めた時に大きな参考になったのだ。イメージの使い方は、今も力の引き出し方のヒントとして役立っている。

ケスリーとジャドレックのロマンスも目が離せなかった。
前巻の感想にも書いたが、私が自分を投影させるとしたらケスリーのほうであったから、自然にジャドレックは理想的な恋人像となった。
若くも、ハンサムでもないかみしれないが、知性と教養があり、傷つけられた痛みを知っている人。
パートナーに対等な敬意を払い、意見が異なるときも聞いてくれ、その上で話し合える人。
本当は、朗らかな笑顔が似合う人。
そして、タルマのように、ケスリーのように、倫理的にすぐれている。周囲から敬意を払われるに値する賢者。
好みって基本、変わらないものかなぁ。

自分に似ていると思うのがケスリーならば、自分には難しい生き方だからこそ憧れるのがタルマだった。
今回、読み直してみたら、恋人がタルマっぽいことに気付いた。彼の考え方とか生き方の姿勢が、なんとなくタルマに似ている。
自分に厳しく、身内と子どもに愛情深く、筋が通って揺るがない。思考は現実的で、判断力も行動力もあり、鍛錬を怠らない。知的で冷静、恐ろしく記憶力もいい。
そういう生活や性格の面では難しいとしても、こんな指導者にでありたいと思いながら、お手本にしてきた部分はある。自分も少し大人になれただろうか。
恋人の頭を殴ってさらってくる不作法で野蛮な傭兵流のやり方できないかな?なんて考えているあたりは、大人になりきれないけど。

この先も、きっと何度も読み直すだろう。私の古い親友のような本だから。

何かを得るためには、ときとしてよろこんでそれを手放さなければならない。愛は自由に生きねばならぬのだよ、ジェル=エネイドゥラ。愛はつねに自由に生きねばならないのだ。(p.281)

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