絶望名人カフカの人生論
フランツ・カフカ 頭木弘樹(訳) 2011 飛鳥新社
私は愚痴っぽい。弱音も吐くし、言い訳がましい。
が。
カフカには負けるなぁ。ここまで突き抜けたら、いっそすごいと思うんだ。
この本が、最近の一番のお気に入りで、一押しだったりする。
誰でも、ありのままの相手を愛することはできる。
しかし、ありのままの相手といっしょに生活することはできない。(p.148)
こんな日(2月14日)にこんなこと言われちゃったら、しばらく浮上できなくなりそうだ。既に似たようなことを私は言われているような気はするが……。
カフカの場合、これは日記の中の言葉であるから、相手というのは自分であって、自分に言い聞かせていると読むことができるだろう。
3度も婚約して、3度とも結婚に至らなかったカフカの、恋愛の空回り具合が身に染みる。他人事には思えなくて、遠い目をしてみた。
普通に憧れるのだ。それが手が届かないぐらい、高みにあるように感じる。ほかの人にとっての普通が、どうにも難しく感じてしまう。
比べるならば、ダンテの愛は持続的に空回って他者に大盤で振る舞われたが、カフカの愛は急速に自己の内側へと奥底へと空回る。
この本は、カフカの手紙や日記からの引用に、訳者が解説を加えている形式だ。
私はカフカの小説も読んでいないし、人となりを知っていたわけではないけれども、愛すべき人物像が解説によって思い浮かぶ。
働くのが嫌いと言いながら仕事は有能だし、ひきこもりたいと言いながら遅刻はするけど出勤しているわけで、死にたいと言いながらも自殺企図は一度もない。
なんとなく、こう、最強のヘタレ男子的な魅力が湧き上がってきて、カフカという人が可愛くなってしまった。
カフカの『変身』も何度となく借りては返して読みおおせていないが、もっとこの人の残した言葉に触れてみたいと思う。
なにしろ、カフカの悩みは非常に現代的なのだ。びっくりした。
あまりにも的を得た比喩や表現が多くて、さすが小説家は上手なのだ。
特に父子葛藤のところは、同じ19世紀後半に同じくオーストリアのユダヤ系の家庭に生まれているところで、フロイトをすぐに想起した。
ダブルバインド理論なんか出てくるのはもっと後の話だが、フロイト以上に父子の間でなにが起きているかを明瞭に表現している気がした。
父への手紙は全文を読んでみたいなぁ。でも、これは、お母さんがお父さんに渡すはずがないよねぇ。
こんなことを言いながらひきこもっている人、実際にいっぱいいそう……。
読んでいて何度も思わず笑ってしまった。緊張がふっと緩んだ時の、そういう笑いだ。
力んでいたものや張り詰めていたものがすうっと抜ける感じがいい。
自分が思いつめていたことも、カフカに比べたらまだまだだなぁとか、同じようなことで悩んでいるやつがいるなぁとか、思えてくる。
そうやって、もの思いから少し距離を置くことができたときに、緊張は緩み、少し楽になることができるだろう。
その点、通して1度読んだら終わりにするのではなく、思い出したときに手にとって、いくつか読み返してみるような本だと思う。
ぼくはひとりで部屋にいなければならない。
床の上に寝ていればベッドから落ちることがないのと同じように、ひとりでいれば何事も起こらない。(p.42)
それでも、普通に、結婚に、恋愛に、友人に、人生に、憧れずにはいられない。誰かを愛さずにはいられないんだよね。何度だって。
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