2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

著者名索引

香桑の近況

  • 2017.1.4
    2016年 合計50冊
    2015年 合計32冊
    2014年 合計26冊
    2013年 合計32冊
    2012年 合計54冊
    2011年 合計63冊
    2010年 合計59冊
    2009年 合計71冊

    合計323冊
無料ブログはココログ

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

2011.07.28

別冊 図書館戦争Ⅰ:図書館戦争シリーズ5

別冊図書館戦争 1―図書館戦争シリーズ(5) (角川文庫 あ)  有川 浩 2011 角川文庫

これも久しぶりに読んだ。
粗筋は確かに覚えているけれども、台詞も憶えているけれども、図書隊の面々が以前よりも若々しく感じてしまった。
私の感じ方が変わったということは、私がそれだけ年を重ねたということで。

シリーズを通じてベタ甘要素は強めであるが、この別冊は作者の書いたもののなかでも特にベタ甘なほうになる。
巻末におさめられた作者へのインタビューでも、「ベタにベタにやろうとした」と言われているとおり、ベタにベタを重ねた郁と堂上のその後である。
そりゃあ、甘くもなるさ。どれぐらい甘いかは、私がうだうだ書くより、読んでもらったほうがいいってことで、私的名台詞top3をあげるにとどめておきたい。

その1:「下向いて手ぇ伸ばせー。首すくめるなー」(p.177)
その2:「誰かお酒!強いお酒をあたしにちょうだいー!」(p.21)
その3:「俺はいつまでお前の教官だ? 郁」(p.286)

こんなところかなぁ。アマゾネスなブラッディ笠原とか、純粋培養純情乙女・茨城県産とか、珍しすぎる小牧の命令口調とか、いろいろあった。
郁と柴崎の日常会話も多く、普段の会話の妙が楽しめて楽しい。
しかし、なんといっても、その1がぶっちぎりだった。私の中の不動の一位である。

おまけの短編は「マイ・レイディ」。
小牧の話なので、個人的にはテンションがあまりあがらなかったんだよねぇ。
感想を書いたときに、存在を忘れていた……。
巻末には、著者インタビュー。この作品の持つ強いメッセージを改めて感じることができるだろう。

2011.07.26

偉大なる、しゅららぼん

偉大なる、しゅららぼん  万城目 学 2011 集英社

力を持つ。
それがほかの人と登場人物の違いである。
そこは、ファンタジーの定式。王道だ。
今度の力は琵琶湖に由来する。
水辺から連想される偉大な存在といえば、あれだ。
ものすごく横道な、あれだ。横道じゃなかった、王道だ。
しゅららぼんは、あれに関わるものなのだ。

ネタバレしないで書こうとすると、意味のわからない文章になってしまうが、その意味のわからない戸惑う感じが主人公につきまとう。
ささやかながら力を持っている主人公、日出涼介は、日常から逸脱しない生活を望んできたからだ。
誰も彼も、できれば、しゅららぼんには関わらずに生きてきたかった。非凡であればあるほど、凡庸な日常が理想となる。
異常な力を持たされることは、これもまた一種の災厄である。と、次の本を読みながら思う。

ほんと、ネタバレしないで書くのが難しいんですけどー。
歴史の裏から、琵琶湖の浦から、財を築いて石走城に住む日出一族。
その日出一族と対立する棗家。もともとの石走城主の血筋である速瀬家。
それぞれの末裔が一同に会することで、これまでの伝統を超えて、歴史が変わっていくのであるが、戦いの行方は意外な方向に転がっていく。
例によって、美男美女が一人も出ない。一癖も二癖もある登場人物ばかり。
なんと言っても衆目を引く変わった人物は、グレート清子。龍と話せる女。最強のひきこもり。サンダルで乗馬しちゃうつわものである。
不器用で誇り高い彼女は、弟の天然な殿様である淡十郎よりも更に高圧的ではあるが、一筋縄ではいかないところが魅力に感じられてくる。

この後、琵琶湖の神はどうなったのだろう。
偶然は三度重ならない。その偶然を起こす機会は二度と訪れない。
引き継がれていくホルモーや鹿男、トヨトミとは違う。
湖の底に眠るしゅららぼんは、それとも、いつか気まぐれを起こすのか。
日出家の力が残っている限り。

2011.07.15

マリッジ:インポッシブル

マリッジ:インポッシブル (祥伝社文庫)  藤谷 治 2011 祥伝社文庫

タイトル買い。
ミッション・インポッシブルだって、結局はミッションを成功させているんだから、主人公も結婚を成功させるのかな?と思って読み始める。
周りに、主人公と同じ悩みを抱えている人が多いから、誰かに勧められるかなぁ?と思いながら。

作者の文体があわなかった。三人称というより、作者の一人称。
この形式は、作者とノリやセンスがあわないと、かなり読みにくいことになる。
がっつり小説を読むことに慣れていない人には読みやすいかもしれないけれど、自分の感情を揺さぶりながら読みたい人には要注意かも。

言葉を選んでもしょうがない。
周りにそういう人が多いからこそ、わざわざ読まなくてもよかったと思ってしまった。
面白おかしく描かないと読めたものではなくなるのかもしれないけれども、本人達はとっても切実に悩んでいる。悲しんだり、苦しんだり、つらい思いをしている人を知っている。
だから、こんな笑い話にして欲しくないと思い、途中で読むのが苦痛になった。
笑うしかないだろう、笑い飛ばせるぐらいのほうがいいんじゃないかという意見もあるかもしれないけれど、ちゃかされて笑いものにされる感じが痛かったんだ。

男の人の書く文章だよね、って、思った。
ちょっと残念。
多分、人によってはげらげら笑って楽しめると思う。
私はそうじゃなかっただけ。

同じ作者の『船に乗れ』が本屋大賞の候補にあがったことから気になっていたが、私は読まなくていいことにしたい。
相性があわないときは無理しません。

2011.07.09

彩雲国物語(22):紫闇の玉座(下)

彩雲国物語  紫闇の玉座(下) (角川ビーンズ文庫)  雪乃紗衣 2011 角川ビーンズ文庫

読み終えた。
物語の最後を見届ける達成感がある。
この一冊だけでも読み応えがあるが、最後までシリーズを読み終えたという達成感がある。
まだまだ読んでいたいとは思いつつ、終わりを書いた作者に感謝と敬意を表したい。

前巻までの状況から、どうやって一巻で予告された結末に至るのか。
「軍に藍茈あり、文に李紅あり」に、どうやったらたどりつくのか。
先に結末を読んでしまいたい気持ちをぐっと押えて、一文字ずつ、秀麗を、劉輝を、追いかけていった。

秀麗が秀麗らしく、駆け抜けていく。
残る命は、あと一日。
その一日を惜しみもせずに、駆けて行く。
ただ、彼女の王のために。

未曾有の災害は回避された。
旺季が王位の禅譲を迫る。
劉輝はどう決断をするのか。
王としてできることは何があるのか。

世界は変わることができるのだろうか。
よりよい未来へ、よりよい世界に。
謳うように、祈るように、願うように、でも、それは自分が決めて、動かないと、始まらない。
戦わないことを選ぶ強さは、とても覚悟が要求される。その強さは、誇り高い相手にしか通用しないからだ。
現実には難しいのかもしれない。でも、思い描かないことには、選ぶことすらできない。
その可能性を描くことは、きっと、小説だからこそできる。人が忘れてしまわないように、あきらめてしまわないように、なげやりにならないように。
大人になると理想を保つことは難しくなる。その苦さを旺季とともに味わいながら、若い王と臣下達の成長を喜びながら、本を閉じる。

仕えるに値する王が現れたとき、彩八仙は仙洞宮に集う。
しかし、奇跡は彼らが起こしたわけではなかった。
最初から最後まで、これは人の物語。
その後の日々は、きっといつまでも輝かしかったことだろう。
どたばたと、人々が入り乱れ騒ぎたて、こっそりと八仙が混じりながらも、人の世は性懲りもなく続くのだ。

この記事を書いてしまったら、本当に終わる感じがして、しばし感想を書くのを先延ばしにして何度も読み直した。
できれば、スピンアウトが続かないかなって思ったりもするけれど、この結末に満足している。
秀麗の人生は短かったかもしれないが、彼女はやりたいことをすべて、いや、一つを除いてやりとげたのに違いない。きっと。

2011.07.01

図書館革命:図書館戦争シリーズ4

図書館革命 図書館戦争シリーズ4 (角川文庫)  有川 浩 2011 角川文庫

この冒頭。原発のテロから始まる。
なんでこう、ピンポイントで現実とリンクしてくるのだろうか。
小説の中では原発の危機はツカミであって深刻なものではないが、現実を省みれば、このような事態があったときのこの国の反応は、作者の想像と隔たりが大きいとは思えない。
去っていった稲峰司令といい、この小説が今、文庫化されて、改めて発売されることの不思議を感じる。

言論の自由を奪われる時、人はどこまでその始まりに自覚的でいられるのだろうか。
もう既に、私達が生活する社会の中に入り込んでいる検閲を投げかけながら、物語は嵐の中を疾走していく。
郁の恋の行方も、図書隊の未来も、嵐をくぐり抜けた先にしかないから、最後まで走りぬけるしかない。
苦難に負けない勇気だけを握り締めて。

今回が私的名台詞を選ぶのに一番苦労した。この本、名台詞よりも名場面が多いのだ。
風にあおられて傘が壊れた郁に、良化隊員が声をかけるシーンも好きだ。
堂上が郁にカミツレを預けるシーンや、リハビリが間に合わなかったと玄田がごねるシーン。
手塚兄弟+柴崎のやりとりもあれば、大阪のおばちゃんパワーの本領発揮とか、枚挙すればいとまがない。
そこをあえて台詞で選んだら、主人公が入らなかった。
その1「大丈夫だ。お前はやれる」(p.247)
その2「歴史にあたしの名前が残るのよ」(p.80)
その3『「日野の悪夢」の生き残りですよ』(p.114)

この巻にも、「プリティ・ドリンカー」という短編と、著者と児玉清氏との対談がおさめられている。
そこから著者の言葉を引用しておきたい。こういう人が書いている小説なんだと。

人間が本来持っている優しさとか、善意とか。そういうものを信じたいなという、祈りのようなものなんです、私にとって小説を書くことって(p.385)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

Here is something you can do.

  • ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン
    子どもとともに途上国の地域開発を進める国際NGO

最近のトラックバック