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2011.05.10

吉原手引草

吉原手引草 (幻冬舎文庫)  松井今朝子 2009 幻冬舎文庫

たまにしか時代小説は読まないが、そこに描かれる吉原は随分と華やかな場所だ。
女郎が囲われる苦界であるはずだが、花魁たちの豪勢さばかりが目立つ。
先日、浮世絵の展示を続けて見に行った。歌川広重「よし原日本堤」だったか。ほかにもあったが、遠めに吉原を眺める絵を見て胸がずきりと痛んだ。
その屋根の多さ。小さく書き込むから掘っ立て小屋のように見えるだけか。いや、そうではあるまい。
小さな屋根の簡素な建物がぎっしりと軒を連ねる、その景色が吉原だったのではないか。
堤を急ぐ人の多さにではない。その屋根の下に囲われているであろう女性達の多さにたじろいだ。
私は吉原のことを知らない。だから、読んでみようと思った。

前評判をいくらか聞いていたけれども、とても凝っている本だ。
忽然といなくなった花魁葛城。その事件の真相を探る男がいる。
物語は、探り手が葛城の周辺人物の証言のみで構成され、探り手そのものの台詞や描写は出てこない。
引手茶屋の内儀に始まり、妓楼の見世番、番頭、抱え番頭新造、遣手、楼主、床廻し、幇間、女芸者、船頭、指切り屋、女衒といった、吉原を構成する様々な職業。
そこに出入りする客の立場から、酒問屋や縮問屋、米問屋に札差。
吉原がどういった場所で、どういった仕組みで、どんな人たちが、どんな風に息づいていたのか。
職業によって言葉遣いがそれぞれ違うところまで、心憎い表現になっている。
岡場所、切り見世、河岸見世、奴女郎、宿場女郎、浄閑寺。女郎達の末路もそれとなく触れられている。
まさに、吉原を知るための手引書である。

豊富な情報が説明くさく感じられないのは、吉原のことをよく知らない人間が方々で訪ね歩く形式を取っているからだ。
そこに、3つの問いが同時に発生している。
吉原とはどのようなところか。
葛城には何が起こったのか。
そして、葛城を探しているのは誰か。なんでか。

ミステリー仕立てで、吉原という世界よりも、この物語の筋に引き込まれた。
どこからが真であるのか。
女郎の誠と卵の四角はないものだという。
花魁達が売るものは、色のみならず、恋である。
遊女の恋は言わば芸。芸は虚と実の皮膜にある。
そこにいくばくかの誠があるから、だまされがいのある芸が生まれるのだ。

物語の筋には触れないが、私にとって印象深かったのは、女芸者の大黒屋鶴次の弁だ。
深川の辰巳芸者とは異なり、素人よりも身持ちが堅くないと吉原の女芸者はつとまらないという。
そんな立場の女性が語る異性との距離の取り方は、女性の先輩からの共感に満ちた苦言のように私に届いた。
「花魁に情夫はつきもので、苦界の楽しみというくらいだからねえ。毎日好きでもない男に抱かれると身も心も鈍ちまう。情夫はそれを治す良薬だといいますよ」(p.210)
私にとっても情夫は大事な妙薬ではあって、成る程と我が身を振り返るが、「面倒臭いことはもうこりごりってェのも案外と正直な本音」(p.214)。
鶴次自身が若い頃は異性関係で苦労したが、年増になってあるときすっぱり男断ちをして、それでも寂しくはなるから同性の仲間と一緒に暮らしている。
こんな風に年を取れたらいいなぁ、と、作中、最も魅力的に感じた人物である。
いつかあっさり割り切れて、自分の芸だけで生きていければいい。

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コメント

こんばんわ~^^

松井今朝子さん、もしや江戸に住んでいませんでしたか? と探りを入れたくなるほどに端整な風情が香る作品でした。
話し言葉だけで構成されている点がまた、説明臭さを払拭する目論見を成功させていたように思え、練り込まれた緻密さも印象深く残っています。

> 遊女の恋は言わば芸。芸は虚と実の皮膜にある。
> そこにいくばくかの誠があるから、だまされがいのある芸が生まれるのだ。

うぅ・・>< ほんにほんにその通りですねー!

susuさん、こんばんは。
私、susuさんのブログを読んで、この本の記憶があったんだと思います。
読もう読もうとは思いつつ、ずっと先延ばしにしていました。

江戸時代の代表的な働く女性ですよね。かたや大奥、かたや吉原。
働く女性の幸せってなんだと問われているようにも感じました。
遊女の誠、遊女の恋というのは、なんとも魅力的なテーマでした。
「花宵道中」も読んでみたいと思います。

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吉原に係わる多方面の人々・・引手茶屋の内儀、見世番、番頭、番新、大籬の楼主、遣手、床廻し、幇間、女芸者、抱え船頭、指切り屋、女衒、新造・・などなど(これらの言葉に馴染みがなくとも作中で解説されているので大丈夫)総勢17名(かな?)の語りによって物語が進む。彼らはまるで“吉原ツアー”の水先案内人のよう。窮屈なスタイル(手法)にも係わらず、花街の内実や因習の考証が微に入り細に入り、見事な吉原象に結実している。謎の先がなかなか見えてこないのだけれど、それぞれの語りが面白くて興味深くて全く飽きさせない。読み... [続きを読む]

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