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2011年5月

2011.05.26

ヒア・カムズ・ザ・サン

有川 浩 2011 小説新潮2011年6月

雑誌は買わないと決めていたのに、見かけると買ってしまう病気。
演劇集団キャラメルボックスとのコラボのこの小説も、演劇のほうがどうせ観られないんだからと見送るつもりでいたはずだ。
なのに、本屋さんのレジ横に並んだ「小説新潮」を家に連れて帰ってしまった。
いつも通りだ。やる、やる、と言いながら、なかなか成果を見ないダイエットに似ている。

 真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。
 彼は幼い頃から、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。
 強い記憶は鮮やかに。何年経っても、鮮やかに。
 ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。
 カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。
 父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。
 しかし、真也の目には、全く違う景色が見えた……。

たった7行の粗筋。
同じ粗筋から2人の書き手がまったく別々に物語を書き起こせばどうなるか。
物語の作り手を主人公にしている点で、「ストーリー・セラー」の一群にも似ているし、編集室の顔ぶれには、これまでの作品のあとがきで有川さんが書いていた人たちを彷彿とした。
もしかしたら、小説新潮の編集者の皆さんは、にやにや笑いあったりしたのだろうか。

この短編の感想として、大人向けの小説を書く人になったなぁ、と書くのはおこがましいだろうか。
多少の奇抜な設定はお題に含まれたものであるが、その不思議な力がなかったとしても、同じようにしっとりとした物語に仕上げたのではないか。
もともと気持ちの描写が面白い人であるが、それが自然な流れで、筋もそんなに無理がない、と思う。

それにしても、HALねぇ。
宇宙の旅やね。古い映画の中の、IBMをもじってつけられた名前を思い出す。
それは最初から架空の存在であると指し示しているように見えた。

できれば、両方を味わった人の感想も聞いてみたいな。

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2011.05.10

吉原手引草

吉原手引草 (幻冬舎文庫)  松井今朝子 2009 幻冬舎文庫

たまにしか時代小説は読まないが、そこに描かれる吉原は随分と華やかな場所だ。
女郎が囲われる苦界であるはずだが、花魁たちの豪勢さばかりが目立つ。
先日、浮世絵の展示を続けて見に行った。歌川広重「よし原日本堤」だったか。ほかにもあったが、遠めに吉原を眺める絵を見て胸がずきりと痛んだ。
その屋根の多さ。小さく書き込むから掘っ立て小屋のように見えるだけか。いや、そうではあるまい。
小さな屋根の簡素な建物がぎっしりと軒を連ねる、その景色が吉原だったのではないか。
堤を急ぐ人の多さにではない。その屋根の下に囲われているであろう女性達の多さにたじろいだ。
私は吉原のことを知らない。だから、読んでみようと思った。

前評判をいくらか聞いていたけれども、とても凝っている本だ。
忽然といなくなった花魁葛城。その事件の真相を探る男がいる。
物語は、探り手が葛城の周辺人物の証言のみで構成され、探り手そのものの台詞や描写は出てこない。
引手茶屋の内儀に始まり、妓楼の見世番、番頭、抱え番頭新造、遣手、楼主、床廻し、幇間、女芸者、船頭、指切り屋、女衒といった、吉原を構成する様々な職業。
そこに出入りする客の立場から、酒問屋や縮問屋、米問屋に札差。
吉原がどういった場所で、どういった仕組みで、どんな人たちが、どんな風に息づいていたのか。
職業によって言葉遣いがそれぞれ違うところまで、心憎い表現になっている。
岡場所、切り見世、河岸見世、奴女郎、宿場女郎、浄閑寺。女郎達の末路もそれとなく触れられている。
まさに、吉原を知るための手引書である。

豊富な情報が説明くさく感じられないのは、吉原のことをよく知らない人間が方々で訪ね歩く形式を取っているからだ。
そこに、3つの問いが同時に発生している。
吉原とはどのようなところか。
葛城には何が起こったのか。
そして、葛城を探しているのは誰か。なんでか。

ミステリー仕立てで、吉原という世界よりも、この物語の筋に引き込まれた。
どこからが真であるのか。
女郎の誠と卵の四角はないものだという。
花魁達が売るものは、色のみならず、恋である。
遊女の恋は言わば芸。芸は虚と実の皮膜にある。
そこにいくばくかの誠があるから、だまされがいのある芸が生まれるのだ。

物語の筋には触れないが、私にとって印象深かったのは、女芸者の大黒屋鶴次の弁だ。
深川の辰巳芸者とは異なり、素人よりも身持ちが堅くないと吉原の女芸者はつとまらないという。
そんな立場の女性が語る異性との距離の取り方は、女性の先輩からの共感に満ちた苦言のように私に届いた。
「花魁に情夫はつきもので、苦界の楽しみというくらいだからねえ。毎日好きでもない男に抱かれると身も心も鈍ちまう。情夫はそれを治す良薬だといいますよ」(p.210)
私にとっても情夫は大事な妙薬ではあって、成る程と我が身を振り返るが、「面倒臭いことはもうこりごりってェのも案外と正直な本音」(p.214)。
鶴次自身が若い頃は異性関係で苦労したが、年増になってあるときすっぱり男断ちをして、それでも寂しくはなるから同性の仲間と一緒に暮らしている。
こんな風に年を取れたらいいなぁ、と、作中、最も魅力的に感じた人物である。
いつかあっさり割り切れて、自分の芸だけで生きていければいい。

2011.05.09

図書館内乱:図書館戦争シリーズ2

図書館内乱  図書館戦争シリーズ(2) (角川文庫)  有川 浩 2011 角川文庫

図書館戦争と同時発売された図書館内乱。
もちろん、合わせて買ったし、続けて読んだ。
というか、読みなおした。

単行本の内容につけくわえて、書き下ろしのスピンアウト「ロマンシング・エイジ」と、著者と児玉清さんの対談の続きが収録されている。
この「ロマンシング・エイジ」は、後書きによると「正真正銘・最後の『図書館戦争』シリーズ書き下ろし」(p.379)になるという。
私は、発売に先駆けてネット上で読んでしまった。作者がそのように配慮せねばならない事態が気の毒だった。
ファンと信者は異なると思うが、しかし……。
批判と非難も違うと思うのだ。
消費者たるもの、自分に選択する権利があり、権利という自由には責任という義務も伴うのだ。自分の責任において買い物しているんじゃないのか?少なくとも、私は好きで買っている。誰にも強制されていない。その自分の権利を誇る。

本文に戻ると、シリーズの中では比較的おとなしい巻になると思われる。
その分、郁たち図書隊の一人ひとりの個性が深まる。
そして、「内乱」のタイトルにふさわしく、図書館界が抱えている内憂が明らかになる。
外患ばかりを気にしていては、いつか足元が崩れるかもしれない。
図書館の明日はどっちだ。

私的な名台詞top3をあげておきたい。
その1:「え、え、え、えええーー(中略)ーーッ!?」(p.360)
その2:「人が見てても勝手に窮地に陥ろうとするお前が言うな!」(p.123)
その3:『すまん』『分かってる』(p.215)

番外は、対談の中から、有川さんの言葉でとても頷いた個所を引用させてもらいたい。
こういう人が書く本だから、私は読むのだと思った。

 ***

世間がものすごく狭量であると同時に、個人がものすごく身勝手になってきていると思うんです。権利を主張する人は増えたんですけれども、権利に付随する義務をおろそかにする人が、一緒に増えてきていて。権利を義務はセットだよ、というごく当たり前の、まっとうな感覚ってありますよね。そういうものが通用する社会であってほしいなと思います。そうじゃない社会の中で一番追いつめられちゃうのは誰かっていうと、きちんと生きようと思っている人で、それって相当おかしな状況ですよね。(pp.409-410)

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