2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

著者名索引

香桑の近況

  • 2017.1.4
    2016年 合計50冊
    2015年 合計32冊
    2014年 合計26冊
    2013年 合計32冊
    2012年 合計54冊
    2011年 合計63冊
    2010年 合計59冊
    2009年 合計71冊

    合計323冊
無料ブログはココログ

« ストーリー・セラー | トップページ | エンド・ゲーム:常野物語 »

2010.08.31

ランナー

 あさのあつこ 2010 幻冬社文庫

スポーツ小説らしい爽やかさを期待しながら、読み始めた。
走ることの美しさ。自分の中の余計なものを振り払い、剥ぎ取りながら、小さな自我の核となる快感。
そして、失敗。再びスタートに立つことへの恐怖感。落ち着かない家庭環境の中での悲壮感。誰かに頼ったり甘えたりすることができない孤立感。意地を張るしかできなくて増してゆく無力感。
絶望感が席巻する。それでもなお、あきらめきれない。
読みやすい文章であるし、主人公の碧李の息詰まる心情は、少年を描きなれている作者らしい。
やはり主人公の碧李と同じ年頃の、高校生ぐらいの読書感想文に最適なのだろうか。

だが、途中から、あさのあつこが女性の書き手であることを強く意識させられた。
女性のどろどろとしたものを、ひどく、そこだけ浮き立ちそうなほど、手ひどく、塗り込めて描く。
陸上部のマネージャーの杏子の、主人公の母親である千賀子の、その情念が際立って生々しく、物語が進むにつれて主人公がかすみそうなほどだ。
杏子の初恋は、既に性的な匂いを孕む。少女ではなく、女性になろうともがく杏子の色気の描写をいささか過剰に感じた。
千賀子の嫉妬と憎悪は、更に根深く、ほとんど碧李の息を止めようとしている。浮気して離婚して去っていった元夫への恨みは、元夫の弟夫婦の娘で千賀子の養女である杏樹への虐待という形を取る。
杏子と、友達感覚での密着を暗に要求する過干渉な母親。千賀子と、娘に過剰な理想化を要求する、やはり支配的な母親。そして、杏樹と、娘に思わず虐待という形でしか関われず、母親になりきれない千賀子。
この3つの母娘関係が、碧李の影を薄くする。

愛しているはずなのに愛せない。
愛しているはずなのに愛されない。
これは本書の大きな主題であるが、そういった束縛という形でしか愛情を描けないのだろうか、と、かなり悲しくなった。
束縛はそもそも愛情ではないと思うし、そういう前提を用いるからこそ、束縛やしがらみを振り切って走り出そうとする碧李が、冷淡に見えかねない。
そこで、最後にもう一度、杏樹が呼び出されたのだと思う。つまり、束縛ではなく、愛情を再度、呼び戻したのだと思う。
元夫という不協和音のもとを排除して、碧李、千賀子、杏樹の三人で家族を再構築する可能性が示唆される。
ただ、私はそこも不満があったところなのだ。
虐待はそんなに簡単に終わらないし、片付かない。
殴った後に抱きしめれば済むって問題ではない。

そこを踏まえると、この本を、どれぐらいの世代の人に勧めていいものか、困惑する。
少なくとも、スポーツが主題の小説と思って読まないほうがいい。
辛口評価で申し訳ないが、アクチュアリティが薄いと思ったのが第一印象。田中雅美氏の解説によってようやく補完されているような印象が残った。

« ストーリー・セラー | トップページ | エンド・ゲーム:常野物語 »

小説(日本)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/183237/36463713

この記事へのトラックバック一覧です: ランナー:

« ストーリー・セラー | トップページ | エンド・ゲーム:常野物語 »

Here is something you can do.

  • ボランティア・寄付ならプラン・ジャパン
    子どもとともに途上国の地域開発を進める国際NGO

最近のトラックバック