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2010.01.02

闇の左手

闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))  アーシュラ・K・ル・グィン
小尾美佐(訳) 1978 ハヤカワ文庫

2010年の一冊目は、年越しの一冊となった。
なかなか手こずった。面白くなったのは、三分の二を読んだぐらいあたりから。

面白いタイトルだ。なるほど。闇を手にするなら左手である。光は右手。
人は二元論的な発想に、思考に、慣れている。
心身の二元論。男女の二元論。陰陽、東西、生死、貧富、新旧、昼夜、理想と現実、形而上と形而下……。
既存の枠組みを壊していくことはできるのか。新たに組みなおすことはできるのか。
ポストモダンと呼ばれる思想は、そういった枠組みの脱構築と再構築とにもがいたのだと思う。
SFは、社会学や哲学といった学術的な手法に縛られず、枠組みが違っていたらどうなる?という発想を検証する思考実験だった時代がある。

SFだからこそ扱える主題のひとつに、「人がもしも性や寿命に縛られないとしたら?」というものがある。
自我にかかわるものや言葉にかかわるもの、生命や身体にかかわるもの、さまざまな示唆を小説はくれる。
私が興味があって読んできたのは、なかでも、ジェンダーに関わる思考実験の一群である。SFだからこそ、男女の構成比を変更できたり、第三の性を登場させることができたり、役割交換させたり、性別を変更することができたり、日常の定数を変数に転換できる。そのことによって、どのような解が想定されるのか、思いめぐらせるところにSFの可能性がある。
ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』や、シャーロット・P・ギルマン『フェミニジア:女だけのユートピア』などは、そういう思考実験の先駆的なものだと思う。
シェリ・S・テッパー『女の国の門』、ジェイムズ・アラン・ガードナー『ファイナルジェンダー:神々の翼に乗って』、ウェン・スペンサー『ようこそ女たちの王国へ』などなど、枚挙にいとまはないが面白いとは限らないのが難点。
思考実験が過ぎれば設定を弄するほうが主となり、どうも私の好きな小説らしい小説ではなくなってしまうのだ。
主人公の成長を追いながら、気持ちよく世界に遊ぶ感覚は、時代が下るほど得られやすい。

というわけで、『闇の左手』は読みごたえはあるが、読みにくく、読みふけりにくい。それぐらい、繊細な実験をはりめぐらせた本だった。
いくつかの重要な用語が解説されないまま物語が始まり、推測していくしかない。
不親切な作りではあるが、物語世界の神話や伝承がさしはさまれたり、登場人物の日記が用いられたり、複雑な語りの手法を用いることで、世界そのものを味わうように仕込まれている。

「冬」と名付けられた極寒の惑星ゲセン。太古に実験が行われたのか、両性具有の人々が暮らす星に、人類の同盟からの使者として主人公が降り立つ。
黒人男性である主人公は、人々が両性具有であることに戸惑い、打ち解けることが難しい。女性的だから信じられないとさえ、主人公はつぶやく。その戸惑い具合がヘテロの男性らしく、らしすぎてのめりこめない悪循環。むしろ、この違和感こそが作者の狙いではないかと思われた。
女性の目から見れば、そんなところで戸惑うことのほうが苛立たしくも、もどかしい。きっと腐女子がこの世界に飛び込んだら、盛り上がるぞー。でも、そこをわかっていないのが男性だよね?と、暗に指摘するような作りである。

本の3分の2を超えたあたりから冬の旅が始まる。主人公はゲセン人と二人きりになり、上辺だけの付き合いにごまかされずに本質に向き合うことになる。
両性具有の社会であるということは、妊娠の責任が平等であることだと、ル・グィンは展開する。その思考は明晰で卓越。性と性行為のありようを超えて、人であるとはどういうことか、作者は読者に問い詰める。
どうすれば、異文化の人と友達になれるのか。いや、なんでなれないと思い込んでいたのだろうか。
希望と無力感が同時に残る、絶妙な読後感だった。闇の左手、それは光であり、愛である。

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