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2009.12.25

「イタい女」の作られ方:自意識過剰の姥皮地獄

「イタい女」の作られ方―自意識過剰の姥皮地獄 (集英社文庫)  中村うさぎ 2009 集英社文庫

頭のいい人だなぁ。というのが、最初の感想。
分離個体化とか投影同一視といった言葉を使わずに、個の成熟と、未成熟の病理について語ることができるのだから。
だから、できれば「自己愛性パーソナリティ障害」とか「解離性同一性障害」とか、疾患名も使わずに語って欲しかった気がする。
そんな病名に縛られずに彼女自身の理論を述べるほうが、ずっと説得力があるような気がするからだ。
著者が「我々」という主語を遣うところも、ちょっと苦手に感じたけれど。

「イタい女」は、自分自身の値踏みを間違えて勘違いしている女であると定義され、客観性の欠如によって特徴付けられる。
客観性を欠いたナルシシズムに陥らないための自己防衛システムが「ツッコミ小人」であり、弱点や欠点を他者に開示して長所を「姥皮」によって覆い隠す自虐の技術が横並びの関係を築くために必要となる。
面白いことだ。
David D. Burns『自分を愛する10日間プログラム:認知療法ワークブック』の中で、他者からの批判を無効化する最強の方法として、自分自身の欠点をユーモアとしてさらけだすことが示してあったと記憶する。

「姥皮」とは、まさに「敵を作らない」という無敵アイテムだと中村の知性は看破する。
そう言えば、『ハウルの動く城』の主人公にかけられた魔法も、一種の姥皮。

著者自身の見聞のみならず、各種プリンセス・ストーリーの分析を通じて、語っているところも面白い。白雪姫、姥皮、人魚姫、エヴァンゲリオン、イグアナの娘、愛すべき娘たち、あるいは、少女マンガ家と少年マンガ家の自画像の比較や、太宰治……。
また、女性の自虐に対して男性の小自慢を引っ張り出して比較するあたりの手際も見事だ。手厳しいが、その分の痛快さがある。
そのように攻撃的なまでに批判的な言説をふりまいていても、自分を安全な高みにおいて他者を睥睨するようなイタさには陥らぬよう、著者のツッコミ小人がフル稼働しているのが見えるようだ。
素材を様々に取り上げながらも、著者が自分自身の中のイタさを意識し続けるように、読み手としても自分の中のイタさをサーチしながら読むしかない。

私も早くその市場から降りたいと願う点において、恋愛市場的価値にある程度は右往左往させられている。出家という作法を借りることを、何度考えたことか。
「モテ」でも「愛され」でもなく、性暴力にあいやすいというのは、イタい。イタすぎる。
いい加減、ババア扱いにしてもらいたい。私の中に恋ができるほどの気力や体力は衰えた。そういう情熱が遠くなった気がしてならないのが現状だ。
人生を寄り添いあう契約を交わしたわけではないけれど、私を愛してくれる人たちがいる。これ以上、恋はいらないし、ましてや欲望はいらない。
私は、私という個を守るほうを選びたい。
だから、トラブルに遭った後に、この本を読んだのは正解だったと思う。一緒に男性の悪口を言っているような気分になれたから。少しは溜飲を下げるのに役立つ。たぶんにガールズ・トークのような読み心地だった。

それに、著者が陳腐なことと言いながらも書いている結論に、ほっとする。
恋と愛とを混同するところから閉塞して、疲弊している人には特に勧めてみたい。

 ***

「イタい人」というのは総じて「客観性に欠けている」と指摘したが、その「客観性の欠如」は「個の痛み」を自覚できないことから生じるのだ。「個」であるということは、自他の間に越えられない溝があるのを認めることであるから、これを自覚できない人が他人との距離感を測り間違えるのも無理はない。(中略)「個の自覚」とは「人間ひとりひとりが『個』であり、『個』とはすなわち『孤』なのである」という真実に気づくことだ。(pp.161-162)

いつもいつも恋をしている必要などない。ましてや、常に誰かから恋されている必要もない。人間に必要なのは「愛」だ。他者から理解され、大切にされてこそ、我々は自分の価値を実感できる。そして、自分も誰かを理解し大切にしたいと思うのだ。それは「恋」のような密室的な二者関係ではなく、複数の他者と広く関係を築ける感情だ。(p.193)

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コメント

はじめまして、maiと申します。
中山可穂さんを検索していてこちらに辿りつきました。
多彩なラインアップで、幾つかの記事を興味深く拝読しました。
また、著者名索引の「は」行のトップに火浦功さんが挙げられているのには、思わず「おお!」と声をあげてしまいました!
過去の記事もいろいろ読ませて頂きたいと思います。
よろしくお願いします。

さて、中村うさぎさんはエキセントリックなイメージしかなかったのですが、こういう本も書かれていたのですね。
香桑さんが引用された部分に若干思い当たる節もあり…
ぜひ、一読してみたいと思います。

maiさん、こんにちは。コメント、ありがとうございます♪
中村うさぎさんは、いささか露悪的な印象があるぐらいに、買い物依存や美容整形など、御自分の体験を文章化していますもんね。
私もこれで3冊目ですが、徐々に中村さんの思索が深まり、落ち着いて、かっこよくなっている気がします。
読みやすくて考えさせられる良書でした。お勧めです。

中山可穂さんと火浦功さんですか~。
世代が近い方かもしれないですね。
これも何かのご縁。引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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