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香桑の近況

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2009年11月

2009.11.30

武士道エイティーン

武士道エイティーン  誉田哲也 2009 文藝春秋

とうとう、ここにたどりついた。最後の夏。18歳の、高3の夏。
なーのーにー、なんでそういうことが起こるかなぁ?
やきもきしながら、2人の成長を見守ることになる。
彼女達は変わらず、元気で一生懸命で、だからこそ爽やかで、好感が持てる。

香織と早苗。人によって、どちらに自分を託すか、それぞれだろう。
『武士道シックスティーン』『武士道セブンティーン』と、これまでは香織と早苗が交互に語られる形で進められてきたが、『エイティーン』では合間に、早苗の姉や桐谷先生の若かりし頃、あるいは、吉野先生の伝説「実録・百道浜決戦」といったスピンアウトが差し挟まれることで、群像劇といった趣もある。
でも、こんなにローカルでいいのかな。プラリバとか、それって何?って思われないかなぁ。

いろんな人の、いろんな人生、いろんな歴史、いろんな思いが積み重ねられ、織り込まれ、より合わさり、今この場にたどりつく。
一人一人は、どこでどんな因縁があったかを知るべくもないが、それでも、あるべくして、なるべくして、今がある。
その不思議を、物語の中だけど、感じることができた。

少女達は高校を卒業し、大学へと進学する。
確かに、18歳というと、高校3年生の途中から大学1年生(あるいは浪人1年目)の途中までだ。
高校三年間での剣道にかけた生活は、大会が終わった時から、就職や進学へと視界を転じることが要求される。
いつまでもいつまでも、剣道の高みだけを目指すことが誰にでも許されることはない。
やればできるとか、願えばかなうというのは、どこか嘘だ。
剣道をするにも、どこで、どのようにするかを考えなくてはいけない。高みというのは、どの高みだ? 大会か? 技術か? 指導か? それとも、収入か?
生活の糧を得ることを考えなくてはならない。仕事をしていくならば、剣道を活かすのか、まったく違うのか。自分の身体や能力が、それ以上の高みを許さぬこともある。
剣道のみならず、どのようなスポーツであっても、プロとなる道があるスポーツであったとしても、どこかでそれ以外のものを見つめなくてはいけない時がつきつけられる。

道のりは人によって違えることもあるだろう。異なる道に進むこともあるだろう。
だけれども、目指すところはきっと交わる。一つになる。どこかできっと通じ合う。
たとえ、真横にいなくても大丈夫。どこか遠くにいる人が、同じように頑張っている人がいることか、きっと支えになる。
香織と早苗にはもちろん、レナや田原など、すべての頑張る女の子達に応援を送りたくなった。
これからも頑張れ。この先も人生は長い。ずっとずっと、頑張れ。あきらめるな。
君は一人じゃない。きっと頑張れる。大丈夫だよ。

武運長久を、祈る。

2009.11.27

クォン・デ:もう一人のラストエンペラー

クォン・デ―もう一人のラストエンペラー (角川文庫)  森 達也 2007 角川文庫

フエに行ったことがある。ベトナム戦争の爆撃の跡が残る王宮を歩き、幾つかの王廟を訪ねた。
また行きたいのはハノイだけど、忘れられないのはフエだ。
とてもとても暑い日のこと。その景色を遠くに思い出しながら、ページを繰った。

私は、この王子のことを知らない。聞いたことがあるような気もしたが知らない。
ベトナムへの興味があり、その興味は韓国の近代史への興味とリンクしており、だから手にとってみた本だった。
韓国の近代史を扱った、どの本だったか。韓国人は『ヴェトナム亡国史』を読み、学ぶべきであるという一文が出てきた。
その『ヴェトナム亡国史』を書いたのは、ヴェトナムの革命家ファン・ボイ・チャウ。
ファン・ボイ・チャウが日本において、中国から亡命していた革命家に、祖国の現状を伝えるのが書き起こしたものが『ヴェトナム亡国史』だったそうだ。
そんな時代のエピソードを盛り込みながらつづられる本書は、もちろん、研究書ではない。著者は、著者自身の主観がまじえられていることを否定していない。著者がドキュメントの手法で再構成した、クォン・デという人物を巡る物語だ。

19世紀、フランスの植民地とされていたヴェトナムが、ヨーロッパからの独立を探る他のアジアが憧れたように日本に憧れ、東遊運動が起きる。
ファン・ボイ・チャウは独立の旗印として王族の若き王子クォン・デと接触し、中国人に扮して王子と共に日本に密航する。
若いヴェトナムからの留学生達は、革命後の政治のための学問を身につけるよりも、武力蜂起を目指し、そして、何度も蜂起の芽はつぶされる。
やがて日本はアジア主義から大東亜共栄圏思想に変節していく。日本が第二の満州国を作るならば、クォン・デは手放せないカードになる。フランスにとっては好ましからざる人物であり、ヴェトナムにあっては困るカード。
日本から動けなくなった王子は、祖国においても一旦は英雄視されるが、ホー・チ・ミンの率いるヴェトナムからは見限られ、やがて忘れられていく。
45年間。漂泊の末に死んでいった一人の人物の、王族として生まれながらも無力な凡人の、その存在の軽さが読後に苦い。

歴史はあざなえる縄のようだ。禍福いりみだれて、大きな流れに誰もが飲み込まれる。善悪こみあって、一面的に断じることなど、誰にもできはしないのだ。
随所にさしはさまれる、著者の息苦しさ。そこがちょっと余計に感じてしまい、自分で驚いた。
ついで、そのような息苦しさ、最近の自分は感じていないなぁ、と、思った。
前はあった。時折は感じる。でも、いつもではない。
何でかなぁ?と考えてみると、今の道を自分が見つけたからに相違ない。
私は私で、できることをやるだけである。やれることがある限り、息苦しさに潰れてはいられない。

この本を読み終えて、もう一度、自分がヴェトナムに行った時の日記を読み返した。
著者が、ヴェトナムでの取材で、なぜか無条件に日本への憧憬や親愛を与えられたことを書いていた。
私自身も、日本に所属していることがそう悪いことではないのだと、ヴェトナムの人に教えてもらった。
伊勢崎賢治『自衛隊の国際貢献は憲法九条で』を読んだ時にも真っ先に思い出した、シクロのおっちゃんとのつかの間の会話。
それで許されたと思う私が楽天的すぎると、能天気だと言う人もいるかもしれない。でも、そのときのおっちゃんの言葉を、私の記念として書いておこうと思う。
とてもとても暑い日のことだった。

 ***

――私はinternationalな人は好きだ。海外に旅行する人はinternationalな人だと思う。Internationalな人は、平和を作ることができる。あなたもここに旅行に来ているのだから、internationalな人だ。
――欧米人も多い。アメリカ人であっても、internationalな人ならばいい。けれども、いつもお客さんをすべて笑顔にできるわけではない。
――私は海外に行ったことはないが、いろんな国の人たちと会っている。みんなが平和にしようと思ってくれたらいいのに。
――私は以前、歴史の本を読んだ。私は憶えている。日本は、アメリカから大きな爆弾を二つ落とされたはずだ。ヴェトナムでは使われなかったような大きなものだ。たくさんの人たちが殺されたと聞いている。つらい思いをしたのは、日本も私たちと同じじゃないか。

2009.11.09

アガルタ・フィエスタ!(4):祭りの終わり

アガルタ・フィエスタ!〈4〉祭りの終わり (電撃文庫)  三田 誠 2007 電撃文庫

最終巻である。
やっと借りることができ、順番を繰り上げて読んだ。
そして、終わっちゃったー。

ここまで来て、80年代頃までの日本のSFを思い出した。私が読んでいたのは、小説じゃなくてマンガだったのであるが。
真っ先に思い出したのは、神坂智子のシルクロード・シリーズだ。
ほかにも、水樹和佳『イティハーサ』であったり、山田ミネコのハルマゲドン・シリーズなんてものもあった。
エスニックな舞台と、過去と未来が交錯し、地上と天上が交流する。
壮大な世界観を背景に、滅び行くものの微かな退廃と倦怠と憂鬱をにじませる空気。
懐かしいなぁ、と思った。

主人公まどかと、そっくりさんの早鬼。一巻から始まった対決に決着がつく。
まどかをサポートするのは、詩奈、クロード、グラコス。
別働隊は、雛乃さんにラサ。援軍?はククルカンと伯爵。
人質となっているのは、イセリアとアルシア。
早鬼に味方するのは唯一、水蓮だけ。
登場人物が勢ぞろいして、まどかと早鬼の根源と、アガルタの結末が、それぞれ明らかになっていく。

相変わらず、父親不在の物語だ。
三田さんの話は父親不在がデフォルトなのかな?
不在の父親に対抗して、エディプス期を乗り越えて成長していくことはできるのか。
まどかにとって、ある意味、父親の代替となったのが早鬼であったのかもしれない。

今はもう失われて取り戻せない、あの時、あの場所から。
そこから紡がれる祈りは未来へ。
そこへと振り返る祈りは聖地へ。
誰もが幸せになりたくて祈る。その力が、困難を乗り越える。
とてもハッピーな終わり方が、この明るくて元気のよい物語にぴったりだった。

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