プリンセス・トヨトミ
お好み焼きが食べたいーーーーっ。
と、読みながら何度も叫ぶこと請け合い。
京都、奈良に続いて、舞台は大阪。三都物語、これで勢ぞろいだ。
これは5月までに、いやが5月末日を迎えるまでに読むことができたら、幸いである。
今までで一番分厚いこの本では、大阪に「仕掛け」が施されており、その緻密さと大がかりなところが大阪城の城壁を彷彿とさせる……かどうかはさておき。
やはり、この「仕掛け」というところが、万城目の面白さであり、一番の特徴であるように思う。
何気ない日常の中に、実は大きな仕掛けが隠されてており、歴史の陰で連綿と受け継がれてきた。それは、ホルモーというオニを鎮める儀式であったり、サンカクを用いた大ナマズを鎮める儀式であったり。仕掛けに支障が出ると、おそらく日常生活もままならなくなるような、ばかばかしく見えるんだけれども実は偉大な仕掛けである。
発売日の少し未来であるという設定のほかに、『鹿男あをによし』とはもう一つ共通項があって、始まりは一人の伝説的な女性である。
雑誌で読んだのは第二章だったと思うが、最初はとっつきにくさを感じたものの、なんとか読んでみると面白くなって、発売を待っていた。
仕掛けが大掛かり過ぎ、全体像が見えてくるまでに時間がかかる。そのため、物語にひきこまれるまで時間がかかった。
もちろん、文章そのものが読みやすく、非常に整った日本語であり、読んでいて危なげない。この筆力、読みやすさは万城目さんらしいが、少し遊びが少ないのかな。硬質な印象すら受ける。
しかし、三章以降、仕掛けが見えてき始めてから、俄然、物語は面白くなる。そこからは本を置くことが難しくなった。
派手な演出があるわけでもないけれど、地味というには語弊があるし、やっぱり奇想天外なんだよなぁ。
破壊と再生のドラマチックな展開があるわけじゃないけれど、胸にじーんと静かに残るような温もりがいい。
これこそ、ヴィジュアル化に向いている作品のような気がする。実写にすると面白そうなのだが。
『群雲、関ヶ原へ』を読んでいる途中でよかった。おかげで、登場人物の名前に見覚えがあって、そこも気持ちが盛り上がった。
真田とくれば幸村、後藤とくれば又兵衛、島とくれば左近、宇喜多、大谷、小西、加藤、蜂須賀、長宗我部、前田、黒田、石田、福島、長束、増田、竹中……楽しすぎる。
豊臣家ゆかりの武将たちの子孫か?と想像すればますます楽しい。対する東軍ならぬ会計検査院からは、松平、鳥居、旭。
当人たちの知らぬ間に、歴史が繰り返されようとしている。そういう物語である。
たとえ名前の由来にぴんと来なくても、主人公大輔の父親の真田幸一のお好み焼き職人としての朴訥とした誠実さ、鬼の松平と異名をとる副長の容赦のない公正さなど、中年男性らの魅力が褪せることはない。両雄引けを取らぬいい男である。
そして、女性たちは実に懐深く、大物である。大阪の女性を甘く見てはいけないのである。ある意味、ルソーが思い描いたような社会である……。
この先、何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。
仕掛けを取り巻く社会は、男性だ女性だという枠組みを少しだけ変えてきている。仕掛けも、時代に合わせて変わりゆくものかもしれないが。
父から息子へ、母から娘へ。数百年間、受け継がれたのは、仕掛けの秘密ではない。秘密に託された気持ちである。
親から子へ受け継がれていく気持ちは、変わらず未来に繋いでもらいたい。誇りと共に。きれいな、力強い眼をして。
お好み焼きは食べたくなるし、大阪城には行きたくなるし。明治期の建築物は大好きだーっ。
ちなみに、ネズミは出てきませんが、大阪女学館高等学校の体育教師南場先生は出てきました。
やはり三都物語はセットでどうぞ。
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» プリンセス・トヨトミ(万城目学) [Bookworm]
じ~んわりと心に沁みた。
万城目作品らしく、ぶはぶはと大笑いする事は無かったけれど、うっかり涙してしまった。 [続きを読む]
» 『プリンセス・トヨトミ』/万城目学 ◎ [蒼のほとりで書に溺れ。]
ほうほうほう。
豊臣家の末裔が、大阪におる、と。
で、その末裔を守るために「大阪国民」が立ち上がる、と。
映画もやってたしね、大まかなストーリーは実は知ってたんですよね。
でも、なんせ「京都」「奈良」ときて満を持しての「大阪が舞台」ですからねぇ。
著者万城目学さんの地元ともいえる、大阪ですもん。期待値高かったです、『プリンセス・トヨトミ』。
そんで・・・、面白かったですよ~、うふふ。... [続きを読む]
たしかにお好み焼きが食べたくなる(笑)
「あれ?今回は真面目路線?」と思ったのは途中まで。大阪城の「仕掛け」が見えてきてからは、同様に私も夢中で読みました。
登場人物の名前にもニヤリとしつつ興奮☆楽しい読書ができました。
次はどこを舞台に「仕掛け」を繰り広げるのかしら~ん?と、とぉーっても楽しみ(笑)
投稿: すずな | 2009.04.28 05:13
すずなちゃんにもぐっときたみたいで、嬉しいです。
中盤からすごくどきどきしながら読んだのです。どーなる?どーなる??って。
『ホルモー』や『鹿男』とはまったく違う面白さで、これはこれで好きです。
最近、父親が『ホルモー』と『六景』を読んで、はまっています。「なかなか勉強している人が書いている」と感心していましたが、『鹿男』は藤原先生が男性なので読まないらしい。笑
私としては、次は、『ホルモー』の続きが読みたいです。もしくは、明治維新前後で書いてくれないかなぁ、と夢見ています。
投稿: 香桑@室長 | 2009.04.28 11:01
香桑さん、こんばんは!
今回の「仕掛け」も大掛かり、そして予想外の場所でした。
突拍子もない仕掛けとは裏腹に、物語の核となる親から子へ何かを伝えていきたいという気持ち、昔もいまも変わらない基本的な思いに一番じんときてしまいました。
お好み焼きも食べたくなりますね~
読んだあと作りましたもん。
さて、次はどこでしょうね。
投稿: 雪芽 | 2009.06.07 20:12
雪芽さん、こんばんは。
ちょうど、本日、大阪の伊丹空港を利用しました。到着時に目を凝らすと大阪城が見えて、「トヨトミーっ♪」と興奮してしまいました。
太陽の塔を見るともりみーを思い出すように、大阪城を見るとマキメを思い出すようになってしまったようです。
次は、また書き下ろしで書いてもらいたい気もします。
万城目さんは作品ごとにかなり趣向を変えてくるので、次がまた楽しみです。
投稿: 香桑@室長 | 2009.06.08 22:13
こんばんわ。TBさせていただきました。
面白かったですね~。
京都、奈良と来て大阪はこうきたのか~と思いました。
本当にありそうで、何だか夢がもてますよね。
私も今度、大阪城を観たら、マキメさんを思い出すと思います。
すみません、変なTBを送ってしまったので、消去してください^^;
投稿: 苗坊 | 2009.06.27 00:06
苗坊さん、こんばんは。
TBありがとうございます。でも、今回も受け取れなかったようです……。残念!
こんなことがあったらいいな、と思わせるのが、万城目氏は上手です。
ないとわかっていても、あったらいいですね。
大阪城の地下のアレとか、練りに練られた壮大な「合図」とか、親から子へと確かに受け継がれる気持ちとか。
読み終えて時間がたちましたが、後から後から好きになっていく本です。
投稿: 香桑@室長 | 2009.06.27 00:41
香桑さん、こんにちは(^^)。
仕掛けのち密さ(一つ一つはささやかなのに)が描かれるシーンが、細かかったですけど楽しかったです。
南場先生も、出てきましたね~♪
大阪の男性も女性も、秘密と思いを抱えて、これからもあのノリでやってくんだなぁ、とちょっとほんのりしたりもしました。
クールなはずの旭が「カタコトの母」になって鳥居を引き取りに行くシーンは、大爆笑でした。やるなぁ(笑)。
投稿: 水無月・R | 2012.10.09 17:40
水無月・Rさん、こんばんは☆
最後の旭の変貌っぷりは、意表を突いてくれますもんね。彼女もやっぱり大坂の女の一人なのですねぇ。やりますね。(笑)
男性も女性も、お互いにちょびっと秘密を抱きながら、相手の秘密にもうっすらと気付きながら、上手にやっていく。
あるわけないけれども、大坂国があったらいいなぁと思ってしまいました。
投稿: 香桑@室長 | 2012.10.09 22:18