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2009.02.18

群雲、関ヶ原へ(上)

群雲、関ヶ原へ〈上〉 (光文社時代小説文庫)  岳 宏一郎 2007 光文社文庫

やっと読んだー。読み終わったー。
達成感もひとしおの分厚さ。
でも、まだ、上巻だけなんだけど……。

それはまだ太閤秀吉が生きていた頃。しかし、関白秀次は既に死を与えられ、秀頼はまだ幼い。にも関わらず、秀吉には老いが、その先には死が気配を濃くしつつある。
徳川家康、上杉景勝、前田利家といった大大名を描くところから、この本は始まる。
日本全土の四方八方から群雲が湧き上がるかのように人々が歴史の表舞台に登場する。
その群雲は、おのずから、みずから時代の風に流され、やがて関ヶ原へと集まっていくのだ。

著者は複数の、かなりたくさんの史料を調べたようだ。それらをひもときながら、ひきながら、それぞれの雲を丁寧に描写する。
関ヶ原へと至る出来事を追う筋よりも、武将らの人物像を抽出することに重きを置いている。が、その人物描写を積み重ねるうちに、徐々に物語が進んでゆくのだ。
子どもの頃のエピソードやその後の末路を付け加えることで、登場人物たちは生身の重みを持って動き出す。
武将たちというのは、それぞれがエピソードに富んでおり、それぞれにファンがいるのも然りというほど、人間臭い魅力を持っている。
著者は、秀吉に次のように言わしめる。

熱病なのだと秀吉は思った。そして、ひとたびその病にとりつかれた男は親でも兄弟でも容赦なく殺すだろう。天下とはそれほど魅惑にとんだものであり、武将とはそれを求めないではいられない男たちの別の呼称なのだ、と秀吉は思った。(p.141)

佐伯真一『戦場の精神史』などを読んでから、武士道というのは一種のファンタジーであることを知った。明治以降になって倫理的な価値観を投影された武士道が登場する。
それ以前の、いや、江戸時代の安寧を迎える前の、戦場に実際に臨む武士たちのメンタリティは、義や仁、情もあろうが、もっと現実的、実際的なものだった。
そうでなければ一族の治領は守ることができない。そうでなければ戦場で生き延びることができない。

その点、著者が描く武将達は非常に人間臭い。多くの武将達が、正義の人や偉大な人に変に美化されていないところがいい。
捨て身になって命を捧げる美談もあるが、平気に裏切ることもある。日和ることもあれば執念深く恨むこともある。ころころと態度を変えて、どれが本音かわからないほどのこともあろう。
そういう生死をかけたところで生きざるをえない人たちの狡猾さや欲深さ、計算高さや、おちぶれゆく愚鈍さや不器用さなど、嫌味なく描かれている。
増田長盛らが「保身は保身、仕事は仕事」(p.631)と割り切るところが、かえって爽快である。その姿にアクチュアリティを感じた。

登場人物数がとにかく多い。
台詞のある武将80人以上、名前の出てきた武将は数百は出てくると聞かされた。
名もなき兵や町の人の一人一人を加えれば、万の単位の人々の生死が編まれている。
上杉景勝や直江兼続あたりを目当てに読む人もいるだろう。
石田三成や毛利輝元、前田利家など、徳川家康や豊臣秀吉を除いても、有名どころは数知れず、日本史の悪夢再びの気分。
複雑な婚姻関係で結ばれているので、誰と誰がどう繋がっているのか混乱し、そのうちに世代交代し始めて誰が誰だかわからなくなってくる。
毛利さん家の一族とか、前田さん家の一族とか、グループで把握するように切り替えて、なんとかしのいだ。どっちか長男で、どっちで次男とか、ほんと憶えられん。

しかも、私、ヴィジュアルイメージがないと読書スピードが落ちる。ドラマの人物像よりもはるかに慣れ親しんでいるゲームのキャライメージで読み進め、妙に楽しくなってしまった。あのキャラがこうなるって、なんか変。知っている人が出てくるとやっぱり楽しい。
私は、もともと戦国時代から安土桃山時代は嫌いではない。結構、好きなほうだと思う。
自分がその時代に生きていたかったわけではまったくないが、上杉といえば景虎、直江といえば信綱という読書履歴を持ちつつ育った。
今もヴィジュアルイメージに思い出したような戦国武将をモチーフにしているゲームを、時々、引っ張り出してきたりもする。
B.G.M.はCANTAの「1400km/h」で。こういう音が戦国時代にはしっくりする気がする。やっぱり、BASARAの影響かなぁ。

群雲は大阪に集い、時は関ヶ原の前夜である。歴史は西軍の勝利を許さぬが、しかし。
短い章立てであるためにいつでも横に置ける本であるが、だからこそ余計にはまりこんでしまった。
さて、下巻も同じ分厚さである。続けて読むか、どうするか。

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