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2009.02.13

日本の庭ことはじめ

日本の庭ことはじめ  岡田憲久 2008 TOTO出版

小堀遠州と夢窓礎石の名前ぐらいは聞き覚えがある。
しかし、それぞれの作風を解説したり、庭を見てそれが誰の作であるかを当てるようなことは到底できない。
私は日本の庭についての知識が乏しい。名園なるところを尋ねても、ぼうっと眺める以外の楽しみ方を知らなかった。起源や来歴を知って楽しむことはできても、それは庭そのものを楽しむ楽しみ方ではない。
そういう庭に興味はないとまでは言わないけれども、よくわからないと思っている人に、うってつけの本だ。
写真が綺麗だからと貸してもらった本であるが、解説が充実しており、思わず読み込んでしまった。

神を向かえる場としての庭の機能に始まり、庭の発展史や有名な庭師、あるいは、日本の自然環境など、複合的な視点から解説がなされている。
生きている芸術、日々の変化を余儀なくされている美術であり、作り手の意図を離れてより美しく育つこともあれば、当初の美しさを失う定めにあるものともいえる。なんとも不安定で、だからこその興趣を持つ美。
日本の風土や歴史的・宗教的な背景、中国や朝鮮との関わりなど、庭を支える文化ごと学べることはわかりやすい。それは、昔の人たちが自然というものを、どのように捉え、どのように接し、どのように愛でてきたかを教えてくれる。
つまり、庭を学ぶということは、庭の味わい方を学ぶということだ。

自分なりの味わい方、楽しみ方、好みというものは、そういう知識があって、意識的に文化に浸る中で磨かれるものである。
ぼんやりと眺めて愛でるのも楽しみ方の一つに違いないが、その景色を構成するものの要素に目を留め、先人たちの工夫や知識に感嘆し、彼らのセンスを味わうことができれば、観光地のおまけのように通り過ぎていた庭を、もっと楽しむことができるだろう。
次の旅行のときには、どこかの庭で過ごす時間を組み入れてみよう。そんな楽しみを増やしてくれる本だ。

庭園の写真も多く、それらをぱらぱらと見るだけでも、庭の見方を意識できるようになる気はする。
惹かれた景色は京都北山にあるという廃墟の庭。こういう景色は好きだ。人工物が柔らかな緑に覆い隠されつつある景色。人が自然を壊した爪跡から自然が穏やかに復活していくような再生のイメージを持つ。靄と露に塗れた春の早朝か、雨上がりの夕刻に訪ねてみたい。
下生えの中をツグミかシロハラが歩いて枯葉をめくり、頭上の木々にメジロやヤマガラなどが囀るともなく鳴き交わすような中、私もまた廃墟の一部、木の一本となって、立ち尽くしてみたい。
名もなき神の気配を感じるには、人気のない、忘れられた廃墟がふさわしい。ファンタジーが刺激されるような場の魅力を感じた。

もちろん、「無鄰菴」や「椿山荘」、「孤蓬庵」など行ったことがある場所が出てくると、それも嬉しい見所となった。
そうかー。あそこはこんなところだったんだー。と。
奥が深かったです。ずぶずぶ。

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