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2008.08.18

蒲公英草紙:常野物語

蒲公英草紙―常野物語 (集英社文庫 お 48-5)  恩田 陸 2008 集英社文庫

終戦の日に読んだ。読み終えて、ふさわしい本だと思った。

常野一族という一風変わった一族がいる。
『光の帝国』で、春田の血筋の書見台が一族ではない家に所蔵されていたとちらりと出てきた(p.104)。
その書見台を有していた旧家と集落を中心に、『光の帝国』よりもやや時代がさかのぼって、19世紀末の「にゅう・せんちゅりぃ」を迎えようとする日本が描かれている。
だが、その新しい世紀が戦争の世紀であったことは、現代の読み手にとっては既知であり、描かれる世界が美しいほどに喪失の予感で胸が痛む。

主人公と、その友人である病弱な令嬢。こういった設定からして、『アルプスの少女ハイジ』や『秘密の花園』といった小説の伝統を思い出さされる。
物語としては、梨木香歩『エンジェル エンジェル エンジェル』『家守綺譚』と同じ空気を感じた。

それ以上の感想が、とても難しい。
尊くて、儚くて、美しくて、壊れやすくて。
たんぽぽの綿毛のように。触れると壊れる。
だけど、姿を変えても、種は散らばり、静かに根付く。
そんな感動に、ゆっくりと満たされていくような読後感だ。

人々はおおむね上品であり、不愉快な印象の人にもそれなりの理由があったことまで描かれており、憎むべき悪人は出てこない。
むしろ、人々の善意や正義、「一途さ、無垢さが、吾が国を地獄まで連れていくに違いない」(p.202)と登場人物に語らせる通りだ。
田舎の小さな集落の物語が、日本全体、世界全体を抜きにして語ることはできなくなってしまった。
未知ではなくなったときから世界が狭まり、そのゆえに、ユートピアは失われる。

常野一族の中でも、春田の血筋は、書物や人の記憶を、自分の中に「しまう」ことができる。記憶力のすぐれた血筋である。
そればかりでなく、その思いを「響く」こともできる。響くことは、常の人にはできないことなので、まるで自分のことのように感じる、とでも、言い換えたらよいか。
しまって、響かせる。
通り過ぎる時代も、去り逝く人間も、彼らが憶えていてくれる。それが、人々が喪失の悲しみを耐えるよすがになる。

一人一人が、今、この時、この国を作っている。
誰か大きな力を持つ他者に操られるのでもなく、得体の知れない無人格の主体が支配するのでもなく、主人公のような普通の一人一人が実は世界を作っている。
洞察する力や、共感する力は、強弱や精度の違いはあれど、常野一族でなくても、人はおしなべて持っているのだと私は信じていたい。
本を読み、人と触れあい、気持ちを揺れ動かすことは、日常的に起きていることだ。
そうやって他者を感じる力があるのなら、世界には希望が残されているのだと願いたい。
主人公の最後の問いかけは、読み手への問いかけである。だからこそ、私は、戦争を憶え、平和を覚える日にふさわしい本だと思った。

たんぽぽのように。
一株が枯れても、また違う株が育つ。
出会いは種だ。希望の種だ。
世界に散り、世界を繋ぐ。
命は連綿と続き、また花開く。
そんな祈りを感じる本だった。

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コメント

香桑さん、こんばんは(^^)。
常野の物語、色々なことを考えさせられますね。
・・・といっても私が感じたのは「にゅう・せんちゅりい」が更にもう1世紀過ぎた今、この国はどこへ行ってしまうのだろうか、などという抽象的なことなのですが。
せめて、常野の人々の思い描く世界、そして実現する世界が、いじらしく暖かく美しい世界にならんことを願うばかりです。

水無月・Rさん、こんばんは。
なんだか、まだ余韻が残っています。
記事を書くために『光の帝国』まで読み直してしまいました。
幻想的であるだけではなくて、ずしっと胸に来る感じがあって、訴え方が上手だなぁと思いました。
ほんと、この国はどこへ行ってしまうのでしょう。
世界には美しいものが数あることを見失わずにいたいものです。

こちらにもお邪魔します。
大好きな常野の物語です。
この時代が抱える不安はいまの時代にも通じるように思いました。
どこへいくのだろうという漠然とした思い。
香桑さんのレビューの最後数行が、常野の人々の姿に重なります。常野だけではなく私たちすべてに。
一篇の詩のような美しく力強い言葉に、ほ~っと溜息が出ましたよ。

話変わって、入院されているのですね。
こちらに伺って驚きました。
でも、ちゃんと記事は更新されている。
どうぞお大事に。

雪芽さん、こんばんは。ありがとうございます。お礼だけでも取り急ぎ。

改めまして、雪芽さん、おほめの言葉をありがとうございました!
私自身の言葉を誉めていただくと、おろおろと右往左往じたばたしながら喜んでしまいました。嬉しいです。
おかげさまで、退院いたしました。

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