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2008.07.23

花伽藍

花伽藍 (新潮文庫)  中山可穂 2004 新潮文庫

同性愛者であるということは、現行法における日本では、最愛の人と結婚できないということだ。
5つの短編の主人公達は、同性愛者だ。同時に、幸せな結婚という制度の外から温かな家庭というものに憧れの眼差しを送る、独身女性達の物語と言ってもよいだろう。
だから、この本は、ビアンかヘテロかに関わらず、結婚を諦めつつも砂をかむように孤独を噛み締めている30代以上の独身女性に訴える力を持っていると思う。
しかも、30代も半ばとなれば、生殖の限界が差し迫ってくる。妊娠出産が、自分の意思に基づく「未」から機能に基づく「不」に移るとき、「非」は喪失の苦しみを孕む。

それでいて、短編となると、この作者の身も心も切り裂くような息苦しい痛みを描くには足りない紙数になるのか、むしろユーモアの面が浮き上がってくるように感じる。
穏やかに読み勧めることができたのは、地に足が着いた生活感だったり、猥雑さを軽々と取り入れるユーモアの感覚のおかげだと思う。
5つの中で1つを選ぶなら、私は「七夕」が好ましく感じた。

「鶴」は、人妻との情事を描く。恋愛や性愛は同性の間にわかちあえても、生殖には関われない悲しみが、痛い。
愛する人の生活を壊すことはできない。それが愛する人の一部であり、それを取り除けばその人ではなくなってしまう。

「七夕」に描かれるのも、美しい夫婦の関わりへの憧れである。憧れるが手の届かない関わり。だからこそ不可侵のままに守りたくなるような関係。
礼儀正しくしつけられた大型犬のような男性というのは、まさに私の好みのタイプでどきりとした。いろいろと心を見抜かれたようで、居心地悪いぐらいだ。
健康的に家庭を営み、家族を大事にしている男性に魅力を感じる。しかし、性愛の関係になりたいとは思わぬ男性でもある。なぜならば、その男性は家族を大事にしていることが魅力であるのだから、家族を裏切ったら魅力を失うのだ。健やかな家庭や美しい夫婦は、遠めに見守るのが楽しい。
それでも、疲れて、疲れ果てて、どうしようもないとき、自分よりも大きな胸にすがり、自分を包む腕に慰めてもらいたいときがある。無力で弱々しい小さい存在となって、守り、励まされ、慰めてもらいたいときだってあるのだ。

「花伽藍」は、夫婦関係が壊れた後の、再び独りで過ごす女性が主人公となる。後半生を考えたときの不安感には、共感を持つ。
さりとて、別れた夫とよりを戻すことはできない。その人との生活を続けていたら、どんな人生だっただろうと思い描くことをしても。
この先を共に生きる家族は、結婚以外の繋がりで結ばれる可能性を指し示す。どこか希望のある短編だ。

「偽アマント」は、失くした恋人を思う、切ない夜を描く。失くして悲しいのは、恋人か、恋人の思い出か、飼い猫なのか。
恋人を失うということは、その人と過ごしてきた生活を失うことであり、その人と過ごすはずだった未来をも失うことだ。
そして、失うことは、つらく悲しいことのほうが多い。
嫉妬すれば相手に疎まれる。そう思えばこそ堪えれば、嫉妬すらもしてもらえぬと嘆かれる。
愛すればこそ、受け入れるべきなのか。それとも、泣いてすがりつけばよかったのか。

愛する人を失うことには耐えられないから、愛する人よりも先に死にたいという人がいる。
愛する人を最後まで見守りたいから、愛する人よりも後に死にたいという人がいる。
どちらも大きな愛に違いない。
「燦雨」は、雨のように、惜しみなき降り注ぎ、染み入って潤う、愛の理想の物語だった。
こんな風に愛し合うことを、愛し抜くことを、願える相手と出会えた人は幸いである。

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コメント

香桑さん、こんばんは(^^)。
中山作品なのに、「七夕」の男性像にやられてしまいました。
不器用な優しさがいい、と思ったのですが、香桑さんのおっしゃる、
>家族を大事にしていることが魅力であるのだから、家族を裏切ったら魅力を失う
というところに、納得しました。

「燦雨」は、深い愛情の行く末がとても印象的でした。
思わず自分を振り返って、ちょっと困ってしまいましたが(^_^;)。

TBしようと思ったのですが、何故かこちらの記事のトラックバックURLを見つけられませんでした・・・。

水無月・Rさん、すみません!! この記事をアップした直後、いかがわしいサイトからのTBが多かったので、TBを受け付けない設定にしていました。それを解除したので、今は大丈夫なはずです。
私が書いたのは、自分への抑止力というか、「ブレーキ」みたいなものです。礼儀正しくしつけられた大型犬って、わしわしと撫で回したくなるじゃないですか。苦笑
私は「偽アマント」状態のことが多いので、「燦雨」に至るためには竹林に貼紙をするところ始めなくては……。

香桑さん、こんばんは(^^)。
TBの件、お手数おかけしました。

やっぱり時代は竹林ですよ!
是非ともその際には、大量の貼紙をお忘れなく。
そして、捕獲の方ヨロシクです(笑)。

水無月・Rさん、こちらこそお手数をおかけしました。
ありがとうございます!

やっぱ、貼り紙っすか。
「締切次郎3匹求む」と書き忘れないようにしておきたいと思います。
私と水無月・Rさんとすずなさんと1匹ずつ♪

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» 『花伽藍』/中山可穂 ○ [蒼のほとりで書に溺れ。]
中山可穂さんの描くビアンの恋愛は、本当に、激しいなぁ・・・。我が身を切り刻むかのような、肉を削ぎ落として白骨化するかのような、激しく燃え尽きる恋愛。或いは、静かに埋み火のように燃え続ける、密やかに続く愛情。 短編集だったせいか、いつもの激しさはやや薄い感がありますが、それでもやはり、強い痛みと歓びを感じさせますね。 水無月・Rのセクシュアリティはノーマルですが、中山さんの描く、女性同士の恋愛には、全く拒否感がないです。... [続きを読む]

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