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2008.06.11

私の奴隷になりなさい

私の奴隷になりなさい (角川文庫 さ 47-1) サタミシュウ 2007 角川文庫

SM青春小説って何だ?
裏表紙を読んで首をかしげた上で、タイトル買いした。

 奴隷になるということは自由を奪われるということではない。
 隷属というのは、他のものに対して寛容になるということなのだよ。

このテーゼを証明するための、証明問題の回答のような小説だった。
束縛は責任を預けるという意味での解放であるかもしれないが、同時に怠惰であると考える私には、寛容という言葉に違和感を持ちながら読み始めた。

つくりが凝っている。
ファム・ファタル(運命の女性)との出会い。
再会から最初の出会いへ。
次に出会いの背後にあった、女性側の物語へ。
何重にも、深みへといざなう様に、入れ子型に作りこまれている。
次の層に行くたびに、物語の意味づけが代わるように仕組まれている。
その一番奥底で主人公は、ファム・ファタルを作った男と出会う。

その後の人生をも左右し決定付ける、運命との出会いの物語であるという意味では、青春小説といえば青春小説なのかな。
爽やかさの演出のためだろうか。奇麗事っぽいというか、情緒的な深みはあまり感じない。
こういう風にはまりこみたいのねぇ、と、男の人側のファンタジーを読むのは、それなりに興味深かったのであるが……。おそらく女性側の心情に自分の気持ちを投影することが難しかったことが、私にはつまらなく感じたところであろう。
あんまり小奇麗に美化されてしまうと、性暴力まで美化されてしまうような違和感や不満感を感じて嫌になるのだ。
いろいろ食傷気味だったので、斜め読みですませてしまった。さらっと読んでちょうどいい。

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