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2008.05.20

お姫様とジェンダー:アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門

お姫様とジェンダー―アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門 (ちくま新書)  若桑みどり 2003 ちくま新書

女性というだけで、一くくりに語られるのは嫌いである。自分の女性性とつきあうために、私には私の苦労があった。
フェミニズムは、男女差別とは別の次元から、女性を一くくりにする言説に陥りがちになるのが困ったもんだ。

本書に違和感を随所で感じるのは、いくつかの理由があるだろう。
第一に、赤松啓介の次に読んだことで、両者の立場や見解の相違が、予想以上に隔たって感じられたことがある。家父長制度へのアンチテーゼとしての母性原理の再評価というロジックについては、一般的なフェミニズム論は過度に欧米スタンダードに陥っている印象を受けた。
第二に、私が20代のときであれば好ましく感じていたことが、今の年齢になるとそうでもないことがある。
いや、今でも、そうそうそうであると読みならが頷く箇所もある。が、そうかな?と首をかしげる箇所もある。
「結婚して家庭を持つことが幸せ」という伝統的スローガンを著者が否定するのと同様に、「職業を持ち社会的に成功することが幸せ」という著者のイメージを私は否定しよう。それだけが幸せのイメージであるとしたら、エコロジカルではない。
第三に、本書が書かれて5年以上が経ち、社会的な環境の変化が、著者の予測する方向性と必ずしも重なっていない点にあろう。現在首相である福田氏が官房長官として登場しているのが象徴的だ。

フェミニズムは少子化には貢献した。
しかし、少子化対策には貢献するのだろうか。
フェミニズムは家事労働に従事することを苦行として捉え、抑圧であり、差別であるという。
そうすることによって、家事および育児に対するネガティヴ・キャンペーンを行なってきた。
自己実現は、結婚によって行なうものではなく、社会的・職業的なキャリアによって果たされるべきであるというバイアスを、この本に感じる。

著者は結論では、結婚は収入を理由に行われるべきではなく愛をもって成就されるべきであること、家庭と仕事の両立を男女共に果たせるように、と理想を掲げる。
しかし、著者は失念していないか。家事にしろ、育児にしろ、知識だけで解決するものではない。技術には習熟が必要である。習熟には訓練の時間が必要である。その時間を、女性も、男性も、人生のどこで設けろというのか。
そして、終わりのない家事労働は片付ける端から生じ、時間をかけようと思えばいくらでもかけられる。その時間を、女性も、男性も、生活のどこで設けろというのか。
両親の介護や、家族の病気などが生じれば、当然、家庭と家族に関わる仕事量は増える。出産のみならず、老病死も人生に訪れる。そのあたりを充分に考慮されているのだろうか。
エコロジカルな面でもエコノミカルな面でも自力で丁寧に生活すること。そういうものに魅力を感じはじめたのは、とりもなおさず、自分が年を取った証左のようで、書いていて少々複雑であるが……。

もちろん、ジェンダーについて学ぶことは有意義である。
与えられた知見も多く、私の人生への影響は少なくない。その恩恵を、私は受け取っている。10代から20代にかけて、学ぶ機会を持てたことは幸いである。
それでもなお、あえて、現在の私は、自分はえせフェミニストでよいと思っている。

なぜか。
フェミニズムは「男女の固定的な性役割意識」をターゲットにしており、中でも「男女の性役割」を崩そうとしてきたと思う。しかし、私は成長にはモデルが必要であり、モデルを失うことで全員が全員、自分探しの旅に出された結果、迷子になったり、遭難した人たちがひきこもりおよびひきこもり予備軍として現れてきているようにも感じている。
私は「固定的な役割分担」をゆるめて、フレキシビリティを獲得することにはかつてから賛成であるが、枠組みを壊滅させることには手放しでは賛成できない。その都度、その都度、枠組みを作り直す労力を、これから成長していく子ども達に強制することになってしまう。
私は大人の一人として、自己実現という課題に立ちすくんだり、恐れおののいている子どもたちへの援助を模索したい。

久しぶりにかちっとした、ジェンダーを扱う本を読んだため、本書の感想そのものからずいぶんと離れてしまった。
「白雪姫」「シンデレラ」「眠り姫」の3つのディズニーのアニメを取り上げた講義の記録が本書の中核であり、学生たちの感想は興味深い。
個人的には、ディズニー・アニメでは『美女と野獣』が好きだったりする。なぜなら、主人公が読書好きだから。知性と勇気を持つ女性である。『木蘭』は絵が苦手で観ていないが、おとなしく待つだけのヒロイン像ではまずいかも?という意識はディズニーもあるんじゃないかと思ってあげたい。文化的多様性とフェミニズムへの配慮の結果として、ヒロインの再生産が難しくなり、ディズニー・アニメは頭打ちになった、とも。
他方で、プリンスもまた行き詰っているとも感じており、考えたが、いい加減長くなってきたので割愛する。

新しいヒロイン(女性の登場人物)像は既にいくつも登場している。妥協点はいくらでもあり、達成点はいくらでもあるだろう。
有川浩『図書館戦争』では、主人公が憧れの人を「王子様」と呼ぶ。彼女は典型的にプリンセスストーリーに毒され、ロマンチックラブの伝統に絡めとられているのであろうか。
しかし、『図書館戦争』を読んだことがある人なら、主人公がただのお姫様ではないことをよく知っているあるである。なにしろ、笑顔に返り血の似合う女性だから。笑
あるいは、キャサリン・アサロの描くソズ。マーセデス・ラッキーの描くタリアやケスリー、ケロウィンら。
ファンタジーをファンタジーとして楽しんだり、伝統的な性役割をも含みこみつつ、なおかつ、その人らしさを楽しむ余裕を持つ地点は、まだ遠いのだろうか。
他者に心配りする心性と技術を軽んじることなく、未来へと繋いでいきたいものだ。

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