赤朽葉家の伝説
女性にとっての自由とは何か。
女性の役割は何か。何を期待されるのか。何を期待するのか。
私は、この小説は、50年がかりの恋愛の歴史だと感じた。
三代を経て、ようやく好きな男と寄り添うことを許された、そういう女性達の歴史である。
1953年。
この前後が、伝説の時代の最後の年であることは、どうやら共通の理解らしい。
だから、この時代を舞台に選んだと、京極夏彦も言っていた(気がする)。
民俗学からは、赤松啓介がそんなことを言っていたような気がする。多分。
そして、近代から現代に移り変わる時代を、駆け足で著者は追う。
そのスピードにいささかたじろいだ。
自分が生まれた年から現在まで。
自分にとってあっという間に感じるとしても、それ相応の年月を要して経験を積み重ねてきた。
その出来事が、限られた紙数の中に折り畳まれて、ほんの数行で片付けられていく。
自分の人生が歴史から削り落とされていくような、自分の存在の些少さをつきつけられるような、不安感におののいた。
自分の生きている時代が、いつか未来において歴史として語られるときには、こんな風になると未来視させられたような体験だった。
淡々と描く文章は、古めかしく堅苦しく見せておきながら、人を食ったような表現をさらりと含み、どきりとさせられたり、笑わせられたり。
もったいぶりながら滑稽を織り交ぜる感覚は、桜庭一樹と森見登美彦は似ている気がする。
桜庭の場合、そのひょうきんさは、特にネーミングに見出すことができる。たとえば、ぶくぷく茶とか鉄砲薔薇とか、しれっとありえぬ存在を生み出して見せる。
人物名とて例外ではなく、毛毬とか鞄とか孤独とか、そんな名前が真剣な文脈にぽいっと放り込まれている。
それでいて、作者は名づけの魔法を踏襲している。名前と運命は不可分である。
トーコの恋人は、ユタカという名前でなくてはならなかったのだ。千里眼奥様の孫娘には瞳子という名前がふさわしいし、豊さんへの思いを託された。
瞳子が婿養子を取らなければ、赤朽葉という名字はこの世から消える。少なくとも、本家の系譜は途絶える。
本家の娘と本家の息子が婚姻して生まれた一人娘の私は、自分が残さぬ名前や血筋のことに思いを馳せる。
わたしたちは自由を手に入れたのだろうか。
それとも、自由の名前を得られなかったように、やはり束縛されたままであろうか。
答えは、おそらく、どちらも正しい。手に入れたものと失ったもの、手に入れたものと手に入れられなかったものがある。
かつて夢を見た人が歌ったように、世界が一つで平和になってはいないけれども、世界はやはり美しいのであるから。
余韻が静かにしーんと胸の中に沈んでいて、言葉にするのが難しい。おそらく、後から後から湧き出てくる思いがあろう。
よい本と出合ったと思った。読み応えがあり、反省も込められつつ希望の残される、よい本だと思った。
***
TBのかわりに……
やぎっちょさんのブログ『"やぎっちょ"のベストブックde幸せ読書!!』 赤朽葉家の伝説 桜庭一樹☆☆☆
何から書いていいのか、まるでわからない。。。 すごく書きたいことが多いような気がして。
藍色さんのブログ『粋な提案』 赤朽葉家の伝説 桜庭一樹
Book Designは岩郷重力+WONDER WARKZ。書き下ろし。日本推理作家協会賞受賞。「このミステリーがすごい2008年版」2位。
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コメント
香桑さんこんばんは♪
名前!そうだぁ。桜庭さんの名前は毎度毎度、ありえない名前なのに読んでいるうちにその名前しかないと思わせるほどぴったりですね。
全作品の中では七竃が一番好きです★
投稿: やぎっちょ | 2008.05.06 01:28
やぎっちょさん、こんばんは。
桜庭さんのつける名前には破壊力がありますね。
鞄には参りました。孤独よりも、鞄のほうが、インパクトが強かったです。そりゃ、アイドルにはなれないだろー、みたいな。
そういえば、万葉の姑にして女恵比寿の奥様タツは、龍ですから、タツがヤマタノオロチ(古い時代の神様)みたいなものだったのかもしれませんね。
投稿: 香桑@室長 | 2008.05.06 01:33
こんばんは。
香桑さんのレビュー読ませていただいて改めて
この物語の深さ、濃さ、未来視というビジョン…
まざまざと突きつけられた気がします。
それぞれに生きてきた時代の雰囲気、移り変わりもリアルでしたね。
いろんなネーミングにも驚きました。
唐突ですが、漫画「あいあん天使」を読んでみたいのは私だけ?
投稿: 藍色 | 2008.05.06 02:37
おはようございまーす!
今日はいつも以上に早起きです(笑)テンションもちょっと高めです☆うふふふー。あとでねー。←あやしい;;;
相変わらずのレビューに「は~なるほど。うん、そうそう。」と頷きながら読みました。自分の中の言葉に出来ないぼんやりしたものを、いつもキチンとした言葉にしてくれるレビューに感嘆。
この作品の奥深さを改めて教えてもらえたよう。
投稿: すずな | 2008.05.06 05:51
万葉の子供の名前のセンスが可笑しかったんですが、言われてみればこれしかないという名前でしたね。
それだけじゃなく、瞳子やタツの名の意味まで考察されてるなんて、深いです。
彼女達が生きた戦後は濃密なものでしたけど、私たちが生きているこの時代が数十年後どのように思い出されるのか、語られるのか興味が湧きますね。
個人的には語るべき何事もなかった、なんてことにならないようにしたいものです(^_^;)
投稿: エビノート | 2008.05.06 17:52
こんばんわ。カキコありがとうございました。
桜庭さんの初読みがこの作品だったのですが、一気にはまりましたね。
読んだ時期的に「華麗なる一族」を思い出しました。
親子3代の壮絶な物語。切なかったですね。
投稿: 苗坊 | 2008.05.06 18:55
香桑さん、こんばんは(^^)。
この一冊に込められた赤朽葉家50年の歴史。
激動の戦後を経て、復興の昭和、斜陽の平成。それでも赤朽葉家の女たちは、力強く生きてきた。
その堂々たる姿に、物語に、深く感銘を受ける一方、脇キャラの奮闘も目を見張るものがあり。
とても楽しめた一冊でした。
投稿: 水無月・R | 2008.05.06 21:53
>藍色さん、こんばんは。
マンガ『あいあん天使』は私も読んでみたいです。紡木たく『ホットロード』より高口里純『花のあすか組!』のイメージです。なんとなく。
>すずなちゃん、今日はお疲れ様でした♪
実は、読んでいる最中から感想を書いていました。読み終える前に、もやもやが消えちゃいそうな気がしたから。
思い返してみても、この本はミステリって感じじゃないです。
>エビノートさん、こんばんは。
名前のことですが、もっと不思議だったのは、「風」の役割だったんです。万葉の輿入れのときに吹いた風はなんだったのでしょう。
人の出入りにあわせて吹くときと吹かないときがあって、古い神の力を封じるモノへの抵抗だと考えてみました。桜庭さんがどのように意識して書かれたのかわかりませんが、想像が膨らみます。
大丈夫です。きっと毎日は、なにかしら起きています。楽しいことも、楽しくないことも。人が生きている限り、なにも語るべきことはない、なんてことはないと、私は信じています。きっと。
投稿: 香桑@室長 | 2008.05.07 00:58
>苗坊さん、こんばんは。
桜庭さんの初読みがこの本ですと、びっくりしてひれ伏してしまいそうです。
これだけの小説を書く、構成力や持久力がすごいです。
未読の本にも、徐々に挑戦していきたいと思いました。
>水無月・Rさん、こんばんは。
脇役には、著者の容赦のなさがひときわだった気がします。真砂と百夜の母娘もたいがいでしたが、泪の想い人三城なんかにも辛らつです。でも、冷たくないのが魅力なのかな。
悲劇とは滑稽なものです。本人とって悲劇的なことは、他者の目から見ると滑稽な喜劇にもなるってことを、桜庭さんはよく御存知なのでしょう。
いやはや、どの人もどの人も、女傑英傑ぞろいでございました。
投稿: 香桑@室長 | 2008.05.07 01:06
こんばんは。
この名前でよろしかったでしょうか(笑)?初めて来させていただきましたが、どの本もすごく深く読んでて、すごいです。私も見習おうと反省しております。
『赤朽葉家の伝説』は初めて読んだ桜庭さんの小説でしたが、すんなり読めて、他の作品も読んでみたいなあと思っています。教えて下さってありがとうございます♪時代の流れとか脈々と受け継がれていくものなどを感じました。そして何より女性が強いなと思います。ある意味強烈でした。
投稿: 多絵 | 2008.06.19 20:50
多絵ちゃん、いらっしゃいませ。
専門書を読んだときに、この程度ずつまとめておけば、後でいつでも論文に使えます。どの情報がどの本に書いてあったのか、記憶しきれなくなってきたですしね。
他の作品もいくらか持っているものはお貸しできますよ。また連絡ください。
あ、連絡先は、杏子さんが知っています。
多絵ちゃんにも強い女性に育ちあがってもらいたいと願いつつ。
投稿: 香桑@室長 | 2008.06.20 00:58