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2008.05.29

鏡の森

鏡の森  Tanith Lee 環 早苗(訳) 2004 産業編集センター

原題はSnow as White。雪のように白く。
最後まで読むと、邦題が味わい深い。
ずいぶん前に買ったきり、冒頭を読んだだけで長く積んでいた本である。
若桑みどり『お姫様とジェンダー』を読んだので、読み比べてみようと思った。
タニス・リーは、プリンセス・ストーリーをどのように仕立て直すか。

白雪姫を骨子として、あるときは眠り姫、またあるときはシンデレラ、また、赤い靴など、有名なおとぎ話を重層的に絡み合わせながら母と娘の物語が進む。
降り積もる雪のように、うすら白く表面を飾る欺瞞と偽善をはぎ落とし、もともとの物語が持っていたであろう、黒さと赤さを取り戻した物語だ。
より複雑に、より多様に、より曖昧に、より混沌に、より寛容に。
より猥雑に、より単純に、より明瞭に、より純粋に、より……。

知っておかなくてはならないのは、最低限のギリシャ神話の知識である。詳細に知らなくてもよい。だが、神々や英雄の名前や関係を知っていると、人物の配置や役回りがわかりやすくなる。
たとえば、月の女神は処女を守り、英雄を愛しては殺す。英雄は殺されなくてはならない。詳しくは、林道義『日本神話の英雄たち』に解説されている。

大地の女神コイラ-デメトラ(デメテル)-ペルサフェ(ペルセフォネ)。
英雄にして神々への犠牲オリオン-クリメノ-ディアヌス。
三位一体の神々は、三角を描きながら物語を進める。多様で複雑で曖昧な世界という物語を。それは、まるでエディプス・コンプレクスの三角のようだ。
我と鏡の一体化した子ども時代。よき母と悪き母の分離する体験。我の一部を切り落とした部分対象の混乱と抑うつ。
思春期になる頃、三者関係の体験を経て成熟への経路が開かれるように、三角形にステップを踏み踊りながら物語時間は経過する。

ネグレクトや虐待の中で育ち、愛することも、愛されることも知らずに、体ばかりが大人にさせられた二人のヒロイン。
 あなたはわたしに愛させてくれた。わたしにはそれだけで十分よ。
愛することを覚えたときには、既に愛されていた。セックスではない。キスでもない。ヒロインを目覚めさせたのは。
幼い心は、それでもなお、愛し合うことを覚える可能性を持っている。いかなる暴力にも屈せず、簒奪にも負けず、生き抜く力がある。身も心も育ち、大人となり、いつか暴力の連鎖を断ち切るであろう希望が、ここには記されている。
娘であり、妻であり、母である女性が成長していく過程であり、複数の役割の中で幸福を模索する過程であった。

他方で、男性はどう描かれているか。
「王子」は、はっきり言って、魅力的ではない。自称Prince Charmingの胡乱さ。王様もかなりダメダメ。伝統的なロマンス小説には爵位を持っているヒーローが多いらしく、アメリカのヨーロッパ的なものへの憧れを感じたりもするが、その憧れをきちんと砕くような人物設計がされている。
「英雄」は、犠牲の子羊の役割であるが、自らの魅力で選ばれている彼らは、その美しささえも勤労の賜物であり、見掛け倒しではない。チャタレイ夫人のモチーフを想起したが、ハドス(王子/死の神)がペルサフェ(コイラ/カンダシス)を失い、クリメノ(犠牲になった英雄/死者の王)がペルサフェ(アルパツィア)を得る。
「神」の素晴らしさは、外見ではなく、知性にこそある。鍛冶の神は片足が不自由であり、子どもの頃に投げ捨てられ、やがて美の女神の夫となった。

性や障害、種族といった、いかにもアメリカ的な差別に対して、自覚的に自制的に編み直されている。
ちょっと最後のほうが駆け足で物足りない感じがしたが、なかなか興味深いリライトだと思った。
ラストに掲げられた希望もよい。どんな生まれ方をしたとしても、どんな血を引いているとしても、産まれる子どもは雪のように穢れなく白いのだ。

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コメント

香桑さん、こんばんは(^^)。
自分の拙い文章が、恥ずかしくなってしまいました。
神話や伝承、哲学や心理学など、いろんな知識をもってらっしゃいますね。感服いたしました。
私は「ダークファンタジー」な文章に酔って、書き散らしていただけ(笑)。
タニス・リーの描く仄暗い世界は、「ひとの原始的な感覚」に訴えてきますね(と言い逃れておく(^_^;))。

水無月・Rさん、こんばんは。
私の仕事は心理学に関係しているので、物語を感性で楽しむというより、仕事のときのような気分で頭で読んでしまった感じがします。
小奇麗や清潔でもない、地底の地獄をイリュシオン(極楽の意味)と名づけてしまうタニス・リーのセンスは、頭で読むよりも、「ひとの原始的な感覚」で感じ取るほうが正解だと思いました。

ファンタジーに没頭して読むのが下手になってしまったなあ……。

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おしい!非ッ常~におしい!タニス・リーの「ダークさ」が変に緩められてしまってる。白雪姫とギリシャ神話を下地にダークファンタジーを描いてると思うんだけど、何だか、物足りないのですよ。なんだろう、何が足りないんだろう・・・。... [続きを読む]

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