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2008.03.17

ジゴロ

ジゴロ (集英社文庫)  中山可穂 2006 集英社文庫

愛人のために尽くす女。夫から全面的に関心を持たれなくなった女だった。
手紙を送る女もいた。その女も、人妻であり、母親だった。
高校生の最初の体験は、初々しく、微かな痛みが切ない。トランスジェンダーである人。
カイは、最愛の人を最愛の状態で愛し続けるために、女遊びを続けている。

新宿二丁目の路上で出会う、カイを中心とした女性達の恋愛や情事を描く連作短編集。
こういう作品は、それぞれの短編同士との絡み合いを見つけるのが楽しい。ここがあそこに繋がっている、この人はあそこに出てきた、と。
爪弾くギターは、フラメンコギターで、女同士の恋や悲しみを歌い上げる。著者のラテン好きは、どうやら「バンドネオンを弾く女」を収めた最新刊に繋がっていくらしい。

恋愛ではない情事だけの関係は、時に苦しく、悲しい。
心中は情事ではなく、恋愛がもたらすもの。ジゴロは、恋愛ではなく情事を重ねるもの。
であるから、この短編集は、作者が得意とするような命を賭す恋愛の緊張感ではなく、むしろユーモアさえ交えながら描かれる。
悲壮な体験や、人生の悲哀は、他者から見るとどこか滑稽なときがある。そこに、セクシュアリティやジェンダーは関わりない。

ただし、情事は情事と割り切れる人ばかりとは限らない。恋情や愛情を求めてしまいたくなるのが、人の情というものだ。心と体は切り離せるものではないのだ。
カイがジゴロたりえるのは、徹頭徹尾、メグだけを愛しているからだ。魅力的でありながら、揺らぐことがないからだ。
だから、間違えてはならない。誰もがジゴロになれるわけではないということだ。
魅力も覚悟もなしにジゴロになろうとしても、恨まれるだけである、と。

あとがきによると、この本は著者が肩の力を抜いて書いたものだという。
『白い薔薇の淵まで』『マラケシュ心中』のような、ぎりぎりの愛情の限界に挑むような息苦しさはない。
だから、裏表紙の「女を愛する女たちの激しく狂おしい感応と恋を鮮烈に描く」という文言にかなーり違和感があった。
『弱法師』と同様、短編になると、作者の遊び心が活きてくるようだ。
それにしても、著者の紡ぐ言葉は、相も変わらず私の心を突き刺す。お見事。

 ***

自分は鉄壁の孤独を手に入れてしまった。どこまでいっても孤独からは逃れられない。どこまでいっても自分自身からは逃れられないからだ。自分の人生にはもう恋愛の機会は訪れないだろう。ひとりで充足する愉しみを知ってしまった人間は、幸福とは縁のうすい場所にいるのかもしれない。一皿の料理を分け合うことを、おそらく世間では幸福と呼ぶのだ。(p.163)

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