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2007.12.31

弱法師

中山可穂 2007 文春文庫

「弱法師」「卒塔婆小町」「浮舟」の3つの中篇のタイトルを見て、気づく人はわかるのだろう。
私は「弱法師」を知らず、「卒塔婆小町」は三島由紀夫、「浮舟」はもちろん源氏物語を想起した。
間違っていたわけではないが、これらのタイトルに共通するのは、能である。ちなみに、三島由紀夫は「弱法師」も翻案していたことを後で知る。ぎりぎりまで削ぎ落とされた恋愛小説は透徹として美しく、そんなところが能の空気であるのかも。
この短編集で三作に共通していたのは、不可能な愛であり、バッハやシューベルトやモーツァルトのクラシックの音楽だ。

後書きによれば、性描写を書くことに飽きたことで、性描写抜きにエロスを表現することに取り組んだ連作とのこと。
これまでの小説とはその点で一線を画すことを企図したとはいえ、「弱法師」には驚いた。中山可穂の小説で、男性が主人公になるものがあったとは。
主人公の鈍感さに皮肉を感じるけれども、それでも驚いた。面倒な女性にうんざりする様子など、どこかにいそうな男性像である。
エリート医師が恋のために人生を投げ打った物語と言えばありがちかもしれないが、一筋縄ではいかず、なんとも皮肉なラストだった。

「卒塔婆小町」は絶品。小町の魅力は、ここにきて顔立ちだけではなく、内面も伴うものとなった気がする。
女性にとって共感することができる伝説の美女の造詣など、生半にできるものではなかろう。
愛を捧げても足らず、命まで捧げた小説家の深町よりも、その愛を受け取れぬことで人生を狂わされた編集者の百合子のほうが、よほど気の毒だ。
じゃがいもを選べと言われても、たださつまいもが好きだっただけなのに。なにもひどくはない。なにも怖ろしくはない。
愛の名の下に振りかざされる暴力を、弾圧を、強制を、拒絶しただけのこと。彼女は彼女の自由を守ろうとしただけのことを。

これも素晴らしかったが、「浮舟」も素晴らしく、どちらもどんな感想を書いてもありきたりになりそうで、難しい。とてもよかったとだけ書いておこう。
自分を受け留めてもらうような温もりを感じた。愛を自分の辞書から削除せねばならない人生や、身も心も切り刻んだ恋愛と喪失の想い出に、そうっと寄り添うような優しさと励ましを私は感じた。
気持ちが大きく揺り動かされて、後まで余韻が漂うのが中山作品の魅力だ。

これらはどれも心中物ではないか。『マラケシュ心中』の後書きを思い出した。
3篇とも、愛する人と死出の旅路を歩むのではないが、不可能な愛と心中する物語だ。
愛すれば愛するほど、身を引かざるを得なくなる。かなわぬから身を引くのではない。身を引いてこそ、この愛はまっとうするのだ。
ただただ恋ゆる人を得るために。死してなお愛するために。愛する人を守り、許し、幸せを祈り、私から解放するために。
死してからこそ愛されるのは切ないが、我が身を賭して相手の人生に私を刻み込むことになる。
不在が永遠の余韻となる。

それでもなお、愛していたのだ。

 ***

求めても得られないものはいつしか求めなくなるものだ。わたしはこうして諦めてきたのだ。愛という言葉を自分の辞書から葬ってきたのだ。そうして独りで生きることに決めたのだ。(pp.181-182)

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コメント

香桑さん、こんばんは(^^)。
まさに、「不可能な愛と心中する物語」を描いた、熾烈な愛の物語したね~。
中山さんの作品は、かなり息苦しい、過剰なまでの表現が、読者を鷲掴みにしていますね。
>不可能な愛と心中する物語
という、香桑さんの表現に非常に胸を衝かれました。この3篇は本当に、愛ゆえに狂おしくも乱れる感情が、津波のように押し寄せてくる物語だったと感じています。

水無月・Rさん、ありがとうございます。
中山可穂さんの小説は、自分が普段の生活で押し隠している傷の、かさぶたを遠慮なくべりりっとはがしてくるような痛みがあります。
でも、読まずにはいられないのは、自分の心情の一番近くまで迫るような共感を持つからなのです。
しかも、年を経るごとに、暖かくて、たくましい。揺るぎなさが感じられるようになってきました。
全作品制覇はしていないので、ゆっくり味わいながら読んでいきたいです。

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書評に「過剰な愛の果ては死さえ甘美」とあって読みたくなった、『弱法師』。中山可穂の作品を読むのは、初めてだと思います。能の名作をモチーフに描いた三篇からなっていますが、能の知識はなくても、困ることは全くありませんでした。... [続きを読む]

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