青年のための読書クラブ
あちこちのブログで気になった本だった。私も女子校出身者であり、きわめてマイナーな部活動を逃げ場にしていたものであるから。
桜庭一樹は「辻斬りのように」を読んだときに、あまりいい感じがしなかったので、手に取ってから逡巡。
ぱらぱらとページをめくるうちに、視界に飛び込んできたのが「緋文字」の文字。
ナサニエル・ホーソンとこんなところで出会うとは!
スカーレット・レターというと、デミ・ムーアが主演で映画化されたものとか、ビグズビーのリライト版も思い出すが、罪人の印である緋文字を胸につけられたヘスターの娘の名前はパールである。
聖マリアナ学園という女子校の100年の歴史、それも正史から削除された裏の歴史の断片を切り取った5つの短編は、赤い色に彩られている。
赤煉瓦、赤黒いドア、紅子、アザミ、蕾、薔薇色の顔、鉄色の髪、赤い香水瓶、赤毛、苺の香水、赤の扇子、ルージュ、ルビー、赤面、血、緋文字、紅はこべ、ブーゲンビリア、紅色金魚……。
同じく、黒にも隈取られているのであるが、この赤の色合いが際立つほど、面白い話であったと私は感じたのである。
逆に、第三章「奇妙な客人」の印象がぼんやりとしているのは、桃色の扇子しか持ち得なかったためとしておこう。実は、学生というものはすべて百代の過客であるのだが。
第一章「烏丸紅子恋愛事件」は、川原泉『大天使の乙女』を連想し、次にその映画版と重なり、目を疑った。大天使の乙女のなかに紛れ込んだ、毛色の変わった子羊のように肩身が狭い少女達。映画版では主人公が関西弁になっていたから、余計に似ている。
しかし、この作者、表現がえげつない。そこまでずけずけ言わなくてもいいじゃん……と涙目になりそうなほどである。
かといって、実態をヴェールにくるまれてスポイルされた良家の子女たる少女たちの群れの中に混じることができない青年達に対して、愛情がないわけではない。
群れの規格から外れた醜さは、むしろ、自我を形成し、他から己を屹立させる契機として働く。
タイトルからして、青年のためであり、少女のための読書クラブではない。
主人公達は、なぜ、「僕」という一人称を遣うのか。
それは、既に松村栄子『僕はかぐや姫』について書いたことと重なるため、ここでは繰り返さない。
ことに第四章「一番星」は、『僕はかぐや姫』をひどく連想させるものだった。
第二章「聖女マリアナ消失事件」では南瓜に反応し、第五章「ハビトゥス&プラティーク」では中野ブロードウェイに反応した。
南瓜といえば、松井幸子『日曜農園』。もしくは、トーナスカボチャラダムス『空想観光 カボチャドキヤ』。
中野ブロードウェイって、『サウス・バウンド』に出てきたビルだよね?
最後まで読み終えて、ふと、長野まゆみを思い出した。身体に対するえげつなさはないが、どことなく文章が似ている。男子校ヴァージョンを長野まゆみが書いたら、いろんな意味で対照的な一対になるだろうなあ。
時間がいくら流れ、時代が変わり、人々が入れ替わろうとも、さして変わらぬ人の性。
少しずつ姿を変えようとも、きっと連綿と続いていくのである。それは永遠の唐草模様のように。
この表紙が、不気味で怖かった……。
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コメント
そういえば、”赤”が多かったなぁ・・・とこちらの記事を読んで思いました^^;
表紙の「唐草模様」にしても、改めて思い返せば確かに・・・と思える。
うーむ。目の付け所がナイスですねぇ。
投稿: すずな | 2007.12.11 10:41
ブログで見た表紙はシックで大人っぽいものだとしか思わなかったのですが、アップで見ると少女達が絡み取られて閉じ込められているみたいで……。
面白くないわけじゃないけれど、なんか微妙な、不思議な感じの本でした。
投稿: 香桑@仕事中 | 2007.12.11 17:49
香桑さん、こんばんは(^^)。
あっ!「赤」!うわ~、全然気がつきませんでした。
確かにそうでうすね。
私は、この「えげつない表現」がツボにはまり、笑い通しでした(笑)。「えげつなさ」で、少女たちの生命力をガンガンに発信していた、と受け取ったのですが。
「長野まゆみ」・・そう、あの美文に隠されてしまう「身体へのえげつない表現」は、共通するかもしれませんね。ただ、私は「長野作品の少年=リアル感の薄い無機質」ととらえているので、ちょっと違うかな、という気がします。『青年のための~』の少女たちはすごく生き生きしてましたから。
まあ、個人的な思い込み全開な発想ですね(^_^;)。
投稿: 水無月・R | 2007.12.11 21:20
水無月・Rさん、こんばんは。そう!そうなんです。
長野作品とは、少年と少女の対比だけではなく、おっしゃるとおり、「リアル感の薄い無機質」と生き生きして現実的な「生命力」でも対比ができると思うのです。
似ているが、ベクトルがかなり違う。だから、いろんな意味で対照的な一対になって面白かろうと思ったのです。ここは、私の個人的な思い込み全開な発想ですから。笑
あのえげつなさは、関西のノリを感じます。まさに、女子校らしい。
投稿: 香桑@室長 | 2007.12.11 22:29
香桑さんこんばんは♪
ふぅむ。他の小説と連想できるとまたおもしろさも違うのでしょうね。どの小説も全然読めていなくてちんぷんかんぷんでしたが、そんな風に楽しめるなら読んでいたらよかったです。
桜庭さんは他の作品もなかなかおもしろいですよ。もし良かったら読んでみてください★
投稿: やぎっちょ | 2007.12.12 00:08
やぎっちょさん、こんばんは♪
TBの件でお手数をおかけいたしました。ありがとうございます~~~m(__)m
シラノ・ド・ベルジュラックやマクベスはまともに映画化されているはず。原作を読むより、お手軽かも。緋文字の映画は原作とはかなり違っていたのです。
紅はこべは……今調べてみたら、2008年6月に宝塚で上演予定だそうです。タイムリーでびっくり。主役は五月雨永遠がいいなー。
古典的な作品を読みこなす体力が、もうないです。
積読山が低くなったら、ほかの桜庭作品も読んでみますね。
投稿: 香桑@室長 | 2007.12.12 00:48
こんばんは。
各章冒頭の海外古典文学がそれぞれの事件を象徴してましたが読めてなくて残念。
「哲学的福音南瓜書」は架空の本ですよね?
レビューの連想がものすごくて驚きました。
学園ものとしての桜庭ワールド、時代風俗なども面白く読めました。
投稿: 藍色 | 2007.12.12 03:02
藍色さん、こんばんは。
海外古典文学、私もタイトルとあらすじ程度しか押さえておらず、古いフランス語で書かれた原書を読んでいる女子高生という設定に、「無理! 絶対に無理!!」と叫びそうになりました。アザミ女子はすごすぎます。
「哲学的福音南瓜書」は架空の本ですよね。現代に伝わらない幻の禁書だったということにしておきましょう☆
投稿: 香桑@室長 | 2007.12.12 23:44
逡巡されてたところに、思いがけず香桑さんにとって馴染みのある作品が登場したんですね。
海外の古典文学には馴染みがなかったのですが、桜庭さん上手く自分の物語に取り込んでましたよね。
分からないなりに楽しみました。
「辻斬りのように」は短編では印象薄かったんですけど、その後単行本化された『少女七竈と七人の可愛そうな大人』は良かったです♪
機会があれば、ぜひ♪
投稿: エビノート | 2007.12.13 19:58
エビノートさん、こんばんは。
「辻斬りのように」のような、自分の体験に重なりすぎるものはつらくなっちゃって、引いてしまったのです。
ただ、今回の『青年のための読書クラブ』が楽しめたので、随時、挑戦していきまーす♪
ありがとうございます。
投稿: 香桑@室長 | 2007.12.13 22:01