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2007.05.31

匂いをかがれるかぐや姫:日本昔話Remix

匂いをかがれる かぐや姫 ~日本昔話 Remix~ 原倫太郎 2006 マガジンハウス

疎通性というのは、他者との相互理解というのは、一体、成り立ち得るのか。
会話というのは、案外、こんな勘違いだらけのチンプンカンプンなものかもしれない。
お互いに通じ合っていると思っているのは、幻想で。
とはいえ、なんとなく通じている部分もなきにしもあらず。言い換えれば、了解可能性というやつだ。

機械的に英語に自動翻訳したものを、機械的に日本語に自動翻訳しなおして編纂したもの。
文章を用いたコラージュで、二番煎じを許さぬインパクトである。
原游が、もとの昔話にはモノトーン、翻訳後の昔話にはカラフルなイラストを寄せており、視覚的にも楽しい。
収められているのは、次の3つだ。

  一寸法師 → A liitle, law mentor → 少量法律助言者
  かぐや姫 → As soon as it smelled, princess →
     匂いをかがれるとすぐに、プリンセス
  桃太郎 → Peach Taro → 桃タロイモ

もとの昔話を読んで、翻訳後の昔話を読んで見比べて、なんでここはこうなる??と英語を読んで、誤訳の過程を見つけることが面白かった。ほとほと機械に頼りきったらいかんねえ。
翻訳後の昔話のわけのわからなさが、いっそ、昔話を神話に昇格させているのではないか。
変容した文章は奇妙な破壊力があって、遠藤徹「くくしがるば」を彷彿とした。

楽しいんだけど、楽しいんだけどさ、いつも、「桃太郎」の絵本を見て不満に思うことが二点。
第一に、鬼は成敗されたという残酷さや身勝手さを伴う結末が、なんで謝ったら許される物語に換えられたんだろうってこと。
第二に、お供のキジの絵を、なんでわざわざコウライキジにして、日本の在来種のキジを画かないのかってこと。

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