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2007.03.26

となり町戦争

となり町戦争 三崎亜記 2006 集英社文庫

戦争は、日常の延長線上にある。
世界に境界線はないのに、誰がイノセントでありうるだろうか。
無邪気でいることはできたとしても、その手は無垢でも、ましてや無実ではない。
私はそんな綺麗事は言わない。私は私の手の汚れを認識していたいと思う。

私の生活は、どこかで誰かの戦争に寄与しており、依拠している。
環境問題に置き換えたほうがわかりやすいだろうか。
私がここでこうして、PCを立ち上げ、ネットにつなぎ、文章を書く。ここで費やすエネルギーが、地球の温暖化に繋がっているのだ。
私が生存していることが、環境を壊す。このことに思いを馳せるとき、私は息を止めたくなり、同時に、喉をかきむしりたくなる。

地方公務員による戦闘行為といえば、有川浩『図書館戦争』と共通するのに、となり町との戦争は、主人公にとって、非日常的で非現実的で、いつのまにか、どこか遠くで起きているかのように見えない。
いたって周囲は普通に日常の生活を営んでいる。戦争の報道は何もない。主人公も戸惑うが、戦争は主人公の妄想というオチになるんじゃないかと心配になるぐらい、戦争の影が見えない。
ここで想起するのは、1939年9月から40年4月までのドイツに対するフランスの「奇妙な戦争」の状態である(桜井哲夫『占領下パリの思想家たち』)。
そして、日々のニュースで、ネットで見てきた、イラン・イラク戦争であり、カンボジアやコソボ、アゼルバイジャンや東ティモール、アフガニスタン、そしてまたイラクの、挙げきれないほどの場所、数えきれないほどの人々の映像。
その遠さ。物理的な距離ではない。心理的な距離を保ちうる。私の身は安全であるかのように錯覚できるほどの遠さ。

作者が福岡生まれと書いてあったので、都市高速から見える空港の景色には福岡空港、対岸の島に砂嘴が繋がる湾は博多湾を、古い倉庫街のある港には門司港の景色を連想した。
海辺のホテルには、ロッシのデザインしたホテルを。その一室を。一夜ばかり肌を重ねた人を思い出しながら、読んだ。
明日があるとは限らないのに。次があるとは、誰が言えるのだろう。
静かな男女の繋がりの描写が美しいと思った。
隣にいるのに、肌を触れ合わせてもいるのに、わかりあうことがない。まるで、レヴィナスが描く愛撫のようだと思った(熊野純彦『レヴィナス入門』)。

隣国で起きることが隣町で起きていたとしたら、日常の延長線上に戦争があることを想像することが、できるだろうか。そういう想像力を要求する本なのだと思った。
主人公の無自覚さを際立たせるように、本編は砂を噛むような行政の論理以外に説明が少なく、リアリティを感じられないというリアリティに溢れている。
文庫版だけの書き下ろしというサイドストーリーでは、企業の論理が、個人の感傷を駆逐する。この別章では、本章の狙いがよりわかりやすく呈示されている。

静かで息苦しい。目をそむけることを許さない。
けれども、この目に見えないのだ。
戦争の実存性。戦争による喪失。目を閉じて、感じる。
振り向かずにいることは、果たして幸せなのだろうか。

 ***

 夜が明けて、み使たちはロトを促して言った、「立って、ここにいるあなたの妻とふたりの娘とを連れ出しなさい。そうしなければ、あなたもこの町の不義のために滅ぼされるでしょう」。彼はためらっていたが、主は彼にあわれみを施されたので、かのふたりは彼の手と、その妻の手と、ふたりの娘の手を取って連れ出し、町の外に置いた。彼らを外に連れ出した時そのひとりは言った、「のがれて、自分の命を救いなさい。うしろをふりかえって見てはならない。低地にはどこにも立ち止まってはならない。山にのがれなさい。そうしなければ、あなたは滅びます」。(中略)
 主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった。
(創世記第19章 口語訳聖書)

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コメント

おぉ!やっとメンテナンスが終わった(笑)

聖書の抜粋、どうもありがとうっ!!
・・・と思うのは私の思い違いではないよね、たぶん^^;

単行本を読んだので、文庫版だけのサイドストーリーを読み損ねてて。
「ま、いっか~」と思ってたのに、ここを読んで気になってしまった・・・^^;;;

では、今度、文庫版をお貸ししますね。買わずにお待ちくださいな。

ソドムとゴモラのエピソードは長いので、全文の引用はやめました。この最後の行が、アレとコレの元ネタと思われます。
久しぶりに聖書を読みました。ロトの妻の死はどういうことなのだろうと考えこんでしまいました。引用箇所に続くロトの娘達のその後も悲しく切ないものでした。

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怖かった。淡々と綴られる文章に、恐怖を感じる筈の無い文章に感じた恐怖。誰かに追いかけられるとか、殺されるとか、そういう恐怖ではなく、心に冷水をあびせられたような感じ・・・といえばいいのか。... [続きを読む]

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